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 とある国に住む青年。彼の仕事は地下に住む魔女の世話。彼は魔女よりも十ばかり年上だった。

 世話と言ってもやることはただ一日三回食事を与えること。そして感情を育ませるために書物の類を届けること。それ以外はやらなくていいと言われた。よけいなことは何もするな、と。

 地下にはもう一人、その魔女よりも二つ年上の魔法使いもいたが、こちらの世話は別の人間がやっていた。

 暖かな太陽の光も、透き通るような空の青さも、日ごとに季節の風も知らない彼女と関わっていくのは、日々の楽しみでもあった。


 「ごはんだよ」

 彼はいつもそう言って地下を訪れる。すると年齢のわりに発育の悪い小柄な彼女は大きな目をいつもこちらに向けていた。

 魔法を生み出すことはとても体力がいることだと聞かされていた。この国に唯一の魔女。そんな彼女が力尽きてしまわないように彼はいつも彼女の健康に気遣っていた。

 そんなある日、いつものように絵本を持って地下を訪れた彼に、一つの質問が投げかけられた。

「あなたは『人間』、私はニンゲン?」

 開いていた本から顔をあげ、彼女は首をかしげていた。

 先日自分が『人間』だと名乗ったことで、彼女に一つの疑問が生まれたのだろう。彼女の疑問に答えてやることは、容易だった。しかし、その疑問に答えることで、どんな感情を彼女に感じさせるのか、彼女に何かしらの感情や心の動きがなければ、このコミュニケーションすら許されていないものだった。

「僕は『人間』、君は『人間』じゃない。でも、僕も君の『ヒト』だよ」

 彼のそんな受け答えに少し困ったような表情をしていたが、やがて同じ「ヒト」であることを知ると、ほっとしたようにはにかんだ。嬉しいという感情がしっかりと芽生えてきているようだった。

 

 青年には一人の親友がいた。共に遊び、学び育ってきた。その親友の彼は今研究所で働いている。

 魔法使いが作り出した魔法をいかに有効活用させるか、そんな研究。そして、魔法を無効化させるような研究や、魔法をさらに強力につかえるよう改良する研究など、手広く行っていた。

 親友の所属する研究所をよく訪れてはどんな研究をしているのか問いただしていた。魔法を有効活用する研究であれば興味はさらに湧き、寝食を忘れて共に研究することもあったが、逆に悪用するような研究をしている場面に遭遇すれば親友と対立することもままあった。

 「外の世界が見たいの?」

 ある日青年は魔女に聞いた。魔女は絵画を眺めていたのだった。

いつの間にか魔女は目の前に住まう魔法使いと仲を深め、様々な話をしたようだった。

 きっと彼女が次に覚える感情は「愛情」であろうと青年は思った。

「外、の世界?」

 「外」という言葉の意味が正しく伝わらなかったのかもしれない。彼女にとって世界はこの地下牢で完結しているのだから。「外」とはこの地下牢の柵の向こう側、わずか人が一人か二人通れる道幅の通路。これが彼女にとっての「外」の世界なのだ。

 だから青年は約束をした。

 小指をたて、彼女の目の前に差し出す。きょとんとしている彼女の細く透き通るような小指を自分の指に絡ませて、柔らかく微笑んだ。

「僕が外の世界を見せてあげるよ。だから待ってて」

 魔女は大きな目を瞬かせるばかりで何も言わなかったが、青年はゆっくりと小指を離すと地下牢をあとにした。



 「外の世界を見せるだぁ?」

 薬品臭くなった友人が声を荒らげた。

「何言ってんだよ。そんなことしたらお前……第一バレずに出すなんて無茶だぜ?」

「だから君に頼んでるんだよ。研究所にいる人たちは研究の為にいつでも地下に行けるようにって鍵を持ってるだろ? 僕は食事とか運ぶだけだし、鍵は返しちゃうんだよ。協力してくれないかな?」

「バレたら俺の首も飛ぶじゃんよ」

 友人は寝癖の激しい頭を掻きむしった。

「大丈夫だよ。何かあったら僕が勝手に君の鍵を奪ったことにする。第一かわいそうだよ。あんな小さな子が空も知らない、太陽も知らない、なんて」

 自分が失敗する可能性なんて数ミリも思っていない、そんな瞳が友人ポケットの中に入っているであろう鍵をとらえた。

「……ったく。やるなら夜にしろ」

「ええええーそれじゃぁ太陽が」

「馬鹿か。真昼間なんて無理だ」

 そう言って鍵を放り投げた友人は反対のポケットの中から葉巻を一本取り出すと、火もつけずに口にくわえた。

 もう、知らん。そうとでも言うようにそっぽを向いた友人の背中に向かって青年は「ありがとう」とつぶやいた。


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