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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第六章 己の本心
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第94話 感情を伝えるには

「……行ったか」


 そう、乱暴に開かれたままになっているドアを見つめて八瀬は呟いた。

 その呟きは、開きっぱなしのドアに吸い込まれるように消えていった。


「ーーまったく。自分からこうなるように仕向けておいてよくもまあそんな残念そうな声と言葉が出せるものだな」


 すると、そんな無念の篭った言葉に、それまで室内にはいなかった何者かが呆れたような声で水を差した。

 八瀬はゆっくりと顔を声のした方に向け、あからさまに驚いた風に言う。


「おお、シュヴェルト。いつの間に来たんだ?」

「変な事を聞くな。回答が分かっていて相手に尋ねるのは君の悪い癖だ。治す事を勧める」

「善処する」

「それは結局やらない者の常套句なのだがな……」


 シュヴェルトは、額に手を当てて、やれやれと首を振る。

 そして、壁から背を離して八瀬の前に歩み出た。


「なんだ?」


 と、ペンと書類を整理しつつ片手間で聞いてくる八瀬の態度に、シュヴェルトは眉をぴくっと跳ねさせて語気強めに言う。


「わざわざ彼をあの様な行動に至らせたのだ。もちろん考えがあるのだろうな……?」

「何そんなに怒ってんだよ。あいつの扱いに何か不満があるって言うのか?」

「それも無い事は無い。だがそれよりも、私は君のその態度に腹を立てている! もっと重役らしく毅然とした態度をだなーー」

「今はその時じゃねえだけだ」


 などと(やか)ましく説教を始めたシュヴェルトに、八瀬はどっかりと背もたれに寄り掛かって言った。


 説教をしてもなおこの様な態度を取る八瀬に、シュヴェルトは何か言ってやろうかと口を開くが、やがて何を言っても無駄だと判断して長いため息を吐いた。


(どうして私はこんな男に負けてしまったのだろうな……)


「な、なんだよその目は。ちゃんと考えはあるって言ってんだろうが。もっと信用しろよ」


 と、シュヴェルトから送られてくる訝しみの視線が耐えられなかった八瀬は、一度はそうして虚勢を張って見せる。


「…………」

「ぐ……」


 しかし、絶えず続けられる攻勢に、その牙城もとうとう落とされる時が来た。

 八瀬は、机を叩いて立ち上がった。


「だーもう分かったよ! 分かってるよ! だが待て! まだ動くべき時じゃないんだ、本当だ!」

「……なら、いつ動くと言うんだ?」

「とことんだなお前は……。まあ、あともう少しの筈だ」

「何? それは、どういう……」


 八瀬の判然としない言い方に、シュヴェルトはなおも不信感の感じ取れる声で言った。

 その反応に対して八瀬は「見てみな」とでも言う様に自分の背後の窓を指し示す。

 シュヴェルトは、それに従ってその窓から外を見た。

 するとその時、シュヴェルトの目には中庭を走り抜けて行こうとする一人の人影が映った。


「あれは……ツガノか? それに、あの方向は……」


 そこで、シュヴェルトは何かを察したのか八瀬の方に振り返った。


 八瀬はシュヴェルトと目が合うと、さながら悪の参謀の様な極悪な笑みを浮かべた。

 そして、シュヴェルトが見ていた窓を開けて言った。


「ま、大体お察しの通りだ。だから、“あの場所”まであいつに気付かれねえように運んでくれ」

「君という男は……。あまりにも計算尽くなせいでたまに気持ち悪くなるぞ」

「そいつは俺にとっちゃ最高の褒め言葉だな」


 シュヴェルトは、ふんと鼻を鳴らした後、八瀬の脇に手を回した。


 その次の瞬間、室内から、スパーク音が鳴り響いたのと同時に二人の姿が消えた。


 ○ ○ ○


 番野は走りながら考えていた。

 自分は、これからどうなってしまうのだろうか、と。

 やはり、八瀬の言う通り自分一人だけでは無意味なのだろうか、と。


(いや、違う。あいつらが動かないのなら、俺が動くしかないんだ。俺が助けないと、意味が無いんだ……!)


 そこまで考えて、先程“偶然”手に入れた腰の剣に触れる。


 そもそもの問題として、今の自分はこれを上手く扱う事ができない。精々が無闇やたらに振り回してたまたま当たるのが関の山だろう。

 だがそれでも、番野はあの話を聞いて動かずにはいられなかった。動かなければならないという強迫観念にも似た感情を覚えた。

 だから、どれだけ己が現時点で戦闘において役に立たないとしても、行く。そう、思った。


「そうだよなぁ。確かに、美咲はお前が助けてこそ意味がある」

「ーーッ!!」


 その声は己の背後から聞こえてきた。

 番野は、声に吸い込まれる様に後ろを向く。

 しかし、そこには何者の姿も無い。


「こっちだよ」

「また……ッ!!」


 今度は先程まで向いていた方向から。番野はまたしても声に吸い込まれる様に向き直った。

 すると、番野がいる地点から三メートルほど離れた所に、八瀬の姿はあった。

 そうして立っている様子は、どう見ても番野の行く手を遮っている様に見える。

 だが、番野は敢えて問う。


「どういうつもりだ?」

「あえて答えるなら、わざわざ死にに行こうとしてる馬鹿を止めるつもり、だな」

「退いてくれ、と言ったら?」

「アホか。それじゃあ俺がここに立ってる意味が無えだろうが」


 だよな、と番野は内心で呟いた。

 実際、何かあるのではないかと思っていた。

 あのような、走っていたら“偶然”剣が壁に立て掛けてあるなどという事は、普通ならある筈が無い。いや、あってはならない。


 そう。すべて、番野の目の前にいる八瀬という男が仕組んでいた事だったのだ。

 シュヴェルトが番野を剣の修練に連れて行こうとする事をすら見抜き、己の計画に組み込んだ。


「ま、真相はこんなとこだな。そして、まんまとお前はこの場所まで招かれたって訳だ」

「く……」


 番野は、自分の不用意さに唇を噛んだ。

 同時に、八瀬の智略の凄まじさに恐怖した。


 八瀬は、特にこれといった構えを取る事無く番野に言う。


「お前には、リュミエール攻略の重要な戦力としてもだが、その前に(ダチ)として、つまらねえ犬死だけはして欲しくないんでな。何としてでもお前をここで止める。もっとも、それでも行こうってんなら、“そいつ”で俺を殺してから行け」

「っ……」


 クイッと、八瀬はアゴで番野の腰の剣を示した。


 番野の腰に差してある剣が、持ち主の動揺に合わせて揺れる。『使えよ』と、番野に言っているかの様に。


(でも、あいつは仲間だ。仲間に剣を向けるなんて、そんな事しても良い筈が無いじゃねえか……)


「…………」


 すると、未だ剣を抜こうか迷っている番野に、八瀬がさらに煽り立てる。


「どうした! お前の覚悟は、テメエの障害すら除く事もできねえ程チャチなもんなのかよ!? 戦わねえで、テメエの望み一つ叶えようなんて甘い事言ってんじゃねえよ!」

「……ッ!!?」


 八瀬の気迫に、番野は思わず一歩後退(あとずさ)ってしまった。


 確かにその通りだと番野は思う。


 戦わずして己の望みを叶えようなどと言うのは、何とも虫の良い話である。


(そんなのは、ただの理想に過ぎない。“理想”は、手が届かない物だからこそ“理想”なんだ。理想を語るだけじゃあ、何も得られない)


『自分がこうするんだって決めた事は、最後までやり切らないとダメだよ。たとえ、その途中でどんな困難に遭ったとしても。諦めなければ、きっとそれは、叶うんだから』


「これ、は……?」


 その時、ふと番野の脳裏を、昔誰かに言われたそんな言葉が過ぎった。

 誰に言われたのかは、もちろん今の番野には分からない。

 けれどもその言葉は、どういう訳か番野の心に自然と深く浸透して行った。


 まるで、家族の幽霊にでも諭された様な気分だ。


 番野は、そう思った。


「……まあ、そのお陰で決心着いたんだけどな」


 呟いて、腰の剣に手を伸ばす。


 番野の心には、もう、迷いは無かった。


(俺が八瀬に勝てる可能性なんて、万に一つ、億に一つ程度の物だろう。それでも、これが乗り越えるべき困難だと言うのなら、俺はーー)


 剣を鞘から抜き放つ。


「俺は、お前をここで倒す」

「ふん。その目だよ。やりゃあ、できんじゃねえか」


 八瀬は、番野の瞳が再び輝きを取り戻したのを見て取った。


(それでこそ。それでこそなんだよ、お前は。これでやっと、心置き無くやれる様になったって事だな)


 そんな事を考えて、八瀬は僅かに笑みを浮かべた。


 そんな時だった。


「なあ、番野。よく『ケンカ』なんて言葉が使われてるけどよ、個人的にその意味は、言葉では言い表せねえ感情や意志をぶつけ合うもんだと思ってんだよ」

「は?」


 番野は、何を言い出しているんだと言いたげな声を出す。


 その事は、八瀬自身も疑問に思った。

 何故、自分は今こんな事を言い出したのか、自身も判然としなかった。


 だが、今そんな事を考える必要は無い。

 何故ならーー


 八瀬は言う。


「ケンカ、しようぜ。番野」

「ああ。望むところだ」


 ーーそんな、言葉に言い表せない感情は、こうしてぶつけ合うに限るからだ。

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