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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第六章 己の本心
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第91話 歓迎したい女達

「ふう〜。パンが食べ放題だったからって、つい食べ過ぎちまった……」


 朝食を済ませ、皆の自己紹介を受けた後、少年ーー番野護は割り当てられた自室に戻って主にパンで膨れた腹をさすっていた。


 番野は、あの場で全員の自己紹介を受けるのと共に記憶を失くす前の自分の名前も教えられていた。


『番野護』


 そうやって、全く身に覚えの無い名前を教えられて、「これがお前の名前だ」と言われても何ら違和感を感じず、むしろしっくり来たというのはやはりこれが本当の名前だからなんだろうかと、番野は考える。


(だとすると、記憶は完璧に頭の中から消え去ったって訳じゃないって事になる。この考えが正しいのなら、記憶を取り戻すのに一筋の光明が見えたって言えるんだが……)


 そうして番野が思案していると、部屋のドアが少し乱暴にノックされた。


 そこで番野は考えるのを中断してそのノックに応じる。


「どうぞ」


 すると、番野が答えるなりいつかの時と同じようにドアが蹴破られたような勢いで開いて、そこから一人の少女が入って来た。


「やっと見つけたああああ!!」


 そして、少女は番野の姿を見つけるなりラグビーのタックルよろしく番野に全体をぶつけるように抱きついた。


「ど、おわっ!?」


 突然タックルを食らった番野は不覚にもベッドに尻餅をついてしまう。

 少女は番野の膝に乗って真下から番野の顔を見上げる。

 番野は、少女の顔が至近距離にあるために視線が泳ぐ。


(えーと、この子の名前は確か……)


 番野は先の自己紹介の場での事を思い出す。


(確か、夏目って子がまだ一人来ていないって言ってたな。……確かにあの場にこの子みたいな茶色っぽい髪の人はいなかったな。ということは、この子がーー)


「ーー石川、つぐめ?」

「……っ!?」


 その声はとても不確かな物で思考につられて口にされたと言っても過言ではなかったが、少女ーー石川はそれまで番野の胸に埋めていた顔をハッと上げて涙で掠れた声を出す。


「番野、お前……まさか、記憶が……」

「…………」


 石川はまるでそうであってほしいと懇願するような口調で言った。

 しかし、番野はそれにすぐに答える事ができない。

 目の前の少女に何を言ってやればいいのか、どんな言葉を返すべきか分からないからだ。

 中途半端に言うと石川をさらに悲しませる恐れがある事は番野は理解している。こういった場合はハッキリと言うのが最善である事もある。


「…………」


 しかし、今、番野はそのどちらかを選ぶだけの勇気も無かった。故に、無言のままに首を横に振ったのだった。


「そっ、か……」


 石川は、その最悪の返答に対して悲嘆するでも憤慨するでもなく、ただ告げられた真実を飲み込むように俯いた。

 それから少しの間、石川はそのままの状態でいた。

 その間、番野は石川に何もしてやれずに今にも泣き出しそうなその小さな頭を見守る事しかできなかった。


(情け無いなぁ、俺……。こんな小さな女の子が泣きそうになってるのに支えになってやる事もできないなんて……)


 そうして、番野がなけなしの勇気を振り絞って、せめて石川の頭を撫でてやろうと手を葛藤に震わせながら伸ばす。


 ーーガチャッ。


「げっ……!」

「…………」


 そこで、番野はドアを開けた人物と目が合って思わず動きが止まってしまう。

 そして、なにやら弁解しようとしたものの、パニックで言葉が出ず、開口したまま固まっていた。


 ベッドに腰掛けた年頃の少年の膝の上に未だいろいろと未成熟な少女が座って、少年の胸に頭を埋めているという弁解のしようも無い完全なる事案。そんな状況を目にした夏目は、番野とは違う原因で言葉を失っていた。


「………………」

「ち、違う! 違うぞ、夏目……! これはまったくそういうのとは違うからな!」

「……………………」


 しかし、夏目は弁解を受けても一向に目の色を変えず、感情の無くなった瞳で番野を見る。

 そんな夏目の反応に番野はさらに焦りを感じて逃げ出したい衝動に駆られるが、まずは膝上の石川をどうにかしないければならない事に気付いた。


(だが、どうする……!? 退かせるにも、どうすれば良いのか分からん! 抱えれば良いのか!?)


 などと思い立って石川を抱え上げようと番野は石川の両脇に手を差し込む。

 すると、


「ちょ、ドサクサでどこ触ってんだよ……」

「ああ、わ、悪い!」


 石川がぴくっ、と体を震わせて潤んだ瞳で上目遣いに番野を睨んだ。


(どうすりゃいいんだよぉぉ……!)


 石川の予想外過ぎる反応に番野は困り果てた様子で天を仰ぎ見る。

 前門の虎、後門の狼とはよく言ったものだが、今番野の置かれている状況はまさにそれだろう。


(膝上の石川を退けようとすれば睨まれ、もし退けられたとしてもあんな状態の夏目に弁解しなきゃいけない! 俺に生存の道は残されてないのか!?)


 そうして、万策尽きた番野がとうとう泣きそうになった時だった。


「む? 君達、三人で何をしているんだ?」


 果たして天使か悪魔か。廊下を通りすがった金髪の麗人、シュヴェルトが部屋を覗きに来た。


「ふーむ……」


 シュヴェルトは部屋内の様子を見るなり、口元に手を当て、どう言葉を発するべきか思案を始めた。


(最悪だあ! 敵に回したら一番物理的にマズイ人に見られたあああ! いやいや、あの人ならちゃんと説明すれば分かってくれるかも……?)


 そう思い、番野はシュヴェルトの顔色を伺うが、


「むぅ……」


(さっきより険しくなってんだけど!? どうしよう、俺このまま記憶取り戻す前に死んじまうよ!)


 眉間にしわを寄せて二人の様子を唸りながら見るシュヴェルトに、番野の涙腺は今度こそ崩壊しそうになる。


「うむ。よく分かった」


 と、シュヴェルトが何かを納得したように一度頷いた。


 そして、ついに番野の命運が決定する。


「ツグメよ。番野が困っている。そろそろよしたらどうだ?」

「え……?」


 すると、シュヴェルトに指摘された石川がニンマリと悪戯っぽい笑顔を浮かべて番野を見上げた。


 番野はその笑みを目の前にして初め何の事だか分かっていなかった様子だったが、時間が経つにつれて徐々にシュヴェルトの言った意味を理解し始める。

 そして、それとつれて怒りと共にこんな少女に弄ばれていたという事に対しての羞恥が湧き上がった。


「こ、の……」

「おっととっ」


 番野が怒り出そうとすると、身の危険を察知した石川がいち早く番野の膝から飛び降りた。


「なっ……!」


 頭を軽く小突いてやろうかと考えていた番野は対象を失って悔しげに拳を握り締める。


「やれやれ」


 その様子を見ていたシュヴェルトが呆れた表情で言う。


「まったく、悪戯が過ぎるぞツグメ。いくら番野が目覚めた時に自分は眠っていたからといって歓迎し過ぎだ」

「ね、寝てた訳じゃねえし! 散々私らに心配かけやがったこいつにどうやって落とし前つけさせようか考えてただけだし!」

「本音がダダ漏れだぞ」


 石川はまたもシュヴェルトに指摘を受け、今度は恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めた。

 だが、そのお陰で番野は石川の真意を知る事になった。


(そうだったんだな……)


 それを聞いた番野は拳を収め、石川に頭を下げた。


「悪い。心配かけた」

「ん。分かれば良いんだよ分かれば……」


 番野の謝罪を受けた石川は、ぷいっと顔を背けた。

 すると、番野はどこか安心したように口を綻ばせる。


(なんだ。素直でかわいい性格してるんじゃないか。根は良い奴タイプなんだな)


「ふふ」


 二人の様子に、シュヴェルトもつられて微笑んだ。


 そうして一通り場が和んだ後、そういえばと番野がシュヴェルトに問いかける。


「そういや、シュヴェルトさんはどうしてここに?」

「すっかり忘れていた」


 問われたシュヴェルトは手放しで驚いた。もっとも、声にはほとんど抑揚がついていなかったが。


「そうだった。憲兵達の訓練を見に行ってやろうとしていたのだった」

「ああ、そうだったんですね。それじゃあ頑張ってください。憲兵の練度が上がれば、その分国の安全もーー」

「ーーそこで提案なのだが」


 と、番野の言葉なシュヴェルトが割り込んだ。

 シュヴェルトは、実に親しく優しい笑顔で言った。


「君も一緒にどうだ? 久し振りの運動だろう。私も喜んで付き合うぞ?」

「あ、あれ……?」


 その瞬間、石川と夏目が同時に自分に向けて手を合わせたのを番野は見た。

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