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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第六章 己の本心
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第89話 記憶を失くした少年

 その頃、客室では少年が再びベッドに戻され、二人の女性から質問を受けていた。


 一人は先程の女だが、もう一人はその女をそのまま小さくしたような、愛らしくも大人びた雰囲気を感じさせる柔らかな金髪の少女だ。


 そして、今は二人共が質問の度に少年から帰ってくる答えに頭を悩ませていた。

 名前を聞いても、出身地を聞いても、ほとんど何を聞いても、「分かりません」の一言で答えるという状態がずっと続いているためだった。


 しかし、そんな少年でも唯一反応を示す単語があった。

『美咲叶』という名前だ。

 とはいえ、少年自身もそれが誰の名前であるか分かっていない様子で、聞く度に頭を抱える始末だ。


(さあて、どうしたものか……)


「あの、すみません」

「なんだ?」


 女が次の手を考えていると、少年が小さく挙手して切り出した。


「俺は今、まったくと言って良いぐらいに自分の記憶がありません。なので良ければ、今どういう状況になっているのか教えていただけませんか?」

「いや、駄目だ。ただでさえ記憶を失くして混乱しているところにさらに“今の君が知らない記憶”を無理矢理ねじ込んだところで頭に入らないのは目に見えているし、より混乱してしまうだろうからな」

「いえ、そんな事は……」

「いいや、駄目だ。そんな状態の君に、まだ教える訳にはいかない」


 そう言って、女は少年の手を見る。

 少年の手は小刻みに震えていた。


「…………」


 少年は手を隠すように反対の手で覆った。


「まあ、そういう訳だ。落ち着くまでそこでじっとしているんだ」


 女の声はどこまでも冷静で、冷たかった。


「はい……」


 その言葉に、少年はただ沈むような小さな返事を返す事しかできなかった。


「…………」


 その様子に女は申し訳なさそうに目を伏せた。


(本来なら、こういう時はもう少しかけてやるべき言葉という物があるのだろうが、どうも私にはこれ以上の言葉が浮かばん。許せ)


 そう、女は胸中で己の不器用さを謝罪した。


 すると、その心中を察した夏目が慰めるように女の背中に手を置いた。


「サツキ……」


 女は、はっとして少女を見る。


(ああ。済まんな。私は前を向いておかねばならんのにな……)


 そして、女は気をとりなおした様子で少年に言った。


「では、そういう事だ。この部屋で大人しくいているんだぞ」


 そう言って、女が立ち上がろうとした時だった。

 部屋のドアが勢い良く開かれ、そこから二人組の男女が入って来た。

 女がゆったりとした動作で入って来るのと対照的に青年の方は急いで少年の所へ駆け寄った。

 すると、青年は少年の肩を掴んで問い詰めるような勢いで言う。


「おい。お前、本当に何も記憶が無えのか!? 俺や、こいつらの名前はおろか、自分の名前すら覚えてねえのかよ!?」

「え、あ……」

「あの女の子。美咲の事すら忘れちまったのか!?」

「み、さき……」

「ああ、そうだ! 一緒に、この国変えるために戦ったじゃねえかよ!」

「国を、変える……?」

「そうだよ! お前、あんなに美咲と仲良かったじゃねえか! それなのにーー」

「まあ、そこまでにしておけ団長よ」


 と、思わずヒートアップしてしまった青年を制した。

 そして、青年を少年から引き剥がすと、女は諭すように青年に言う。


「彼とて、たった今目覚めたばかりで体調も完全には戻っておらんだろうし、そもそも今の彼は以前とは幾分状態が異なる。事を急いでも状況を悪くするだけだ」

「だがーー」

「だが、ではない。君も少しは落ち着いたらどうだ? 普段あんなに冷静沈着としている君らしくもない」

「…………」


 女の控えめな言葉ながらも有無を言わせない雰囲気に青年は不満そうな顔をして引き下がる。

 それを見て女はうんうんと頷いた。


「それで良い。時には他人の意見を聞く事も上に立つ者として重要な事だ。さて、では今日ももう遅い。彼も疲れているだろうし、今日のところは休ませてやろう」


 女はそう言うと青年の背を押す。


「さ、出るぞ出るぞ。続きは明日だ」

「あ、おいーー」


 そして、押されるがままに部屋の外に出された青年に続いて、女、少女、最後に王女風の女が優雅に礼をして部屋から出て行った。


「…………」


 少年は、一人になった。


 はあ、とため息を吐いてベッドに横たわり、目覚めてからあった出来事を反芻する。


 記憶を失くし、名前も忘れ、仲間だった人達の事も忘れてしまった。

 頭に引っかかる事はいくらでもある。モヤモヤして気持ち悪い事はいくらでもある。

 しかし、その中でも一際少年を揺さぶったのは、やはり。


「みさき、かなえ……。一体、誰なんだ……?」


 反復する度に己の頭を引っ掻き回すその名を呟きながら、少年は再度眠りについたのだった。

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