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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第六章 己の本心
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第88話 良い話と悪い話

「……あ」


 明るい。

 目を覚ますと、少年はまずそんな感想を抱いた。

 ここはどこなんだろうと思った少年は、とりあえず体を起こして周囲を見回した。


 そこは何やら細やかな意匠が施されている高級感のある家具が揃えてられている、言うなれば城の客室のような部屋だった。

 少年は、こうして今自分が座っているベッドもとてもふかふかで、かなり上質な素材が使われていると理解した。


 そうするとますます少年の中で疑問と不安が増す。

 ここはどこなのか?

 自分は眠る前何をしていたのか?

 これは誰かの策謀なのか?

 だとしたら、自分がこれまで恨みを買う行いを働いたのは、いつ? どこで? 誰に?


「分からない」


 そして、少年の中でそれらの疑問を押し退けて、ある大きな疑問が浮上した。


 それは、


「俺は、誰だ?」


 自分が誰か分からない。

 そのただならぬ恐怖に、少年は押し潰されそうになった。


 何か頭の中でモヤモヤとする何かがあるのは少年は感じていた。

 それが何なのか、少年には分からない。

 ただ、それが何なのかが分かれば、今の状態が何とかなるかもしれないと思った。


「行か、ないと……」


 どこに? そんな物は少年には分からない。ただ本能の、感情の赴くままに自らの体を動かす。

 その先にある『光』を手にする為に。


 ドアのノブに手を掛け、開いた。


 その時。


「ーーお、うわっ!?」


 ゴン、という何かがドアに当たる音と共に、しっかり芯は通っているが、なんとも間抜けた女の声がドア向こうから聞こえてきて、少年は驚いた。


「だ、大丈夫ですか!?」


 しかし、少年は向こうに何かないか確認するようにドアを開けると、すぐさまその女に心配の声を掛けた。


「あい、たた……」


 女はその流麗な金髪を掻き分けるようにして額を押さえながら立ち上がった。

 女は少しの間、額の痛みに眉を寄せていたが、やがて痛みが引いたのか少年の顔を見ると安堵したように微笑んだ。


「ああ、良かった。目が覚めたんだな。そうとなれば、早くあのサボリ症に報告しなければな」


 そう言うと、女は踵を返してどこか弾むような足取りで何処かに行こうとした。


「あの、すみません!」

「ん?」


 しかし、少年に呼び止められた事で女は歩みを止める。

 少年に向き合うと、女は心配そうな声音で少年に問うた。


「どうした? まだ、どこか痛むのか?」

「ああ、いえ……そうではなくて、ですね」

「どうした? 何か用件があるなら聞くが」

「はい。では、お言葉に甘えて……」


 少年は女の気遣いに甘えて、それを口にした。


「俺は、誰ですか?」

「……なんだと?」


 女は、人生でこれ以降は無いだろうと言える程、素っ頓狂な声を上げた。


 ○ ○ ○


「おやおや、これは……うーん、これはぁ……」


 城内のとある一室で、やけにわざとらしい女の困り声が響く。

 その女は所々に花飾りがあしらわれた華やかなドレスを着ており、その出で立ちの上品さも相まって一目見ただけで高貴な身分だと分かる。

 そして、今は彼女のまるで誰かに見せつけるような可笑(おか)しな芝居のせいで非常にシュールな画が出来上がっていた。


「…………」


 その傍らでイスに座っている青年は先程からの女の様子に額に手を当ててなるべく無視していようと努めているようだった。


 すると、男が何も反応を示さないと見るや、女はくるくると舞うように移動し、男の両肩に肘を置いて見せた。


「これはぁ〜、かなりぃ〜、よろしくない状況にぃ〜、なってますねぇ〜」

「…………!」


 続けざまに女は青年の耳元でそう言った。


 これには流石の青年も無視し切れなかったのか、忙しなく動かしていたペンをペン立てに戻して空いた手で女の額にデコピンを食らわせた。


「あたっ!」


 ピシッと小気味良い音が鳴り、女が額を押さえて後ろに仰け反る。


 そして、男が呆れたようにため息を吐き、女に言った。


「で、お姫様よ。その、『かなりよろしくない状況』ってのはどういう事だ?」

「本当、女性に手を挙げるのはあれだけ良くないと普段から言っておりますのに。女性の方からモテませんわよ?」

「うるせえ。そもそもの原因作ってんのはお姫様だろうが。んな事より、早く説明しろよ」

「……ええ。貴方には後で一国の王に対する礼儀作法から勉強していただくとしましょう。それでは、まず良い方からお話ししましょうか。あの方が、番野護様がお目覚めになりました」

「なんだと!? そりゃあ、本当なのか!?」

「はい。誠にございますよ。(わたくし)の『影』から見た確かな情報です」

「は、はは。ああ、そうだよな。あいつはやっぱ、そう簡単に死ぬようなタマじゃねえって事だよな」


 そう言うと、青年は安堵したようにイスに背を預け、女に見えないように小さくガッツポーズを取った。


(それで(わたくし)から隠したおつもりなのでしょうか? ですが、たまに見せるこういう所がまた可愛らしいのですけれど)


 そして、女はこほんと咳払いをして話を続ける。


「続けて、悪い方のお話ですが……。少しだけ、お覚悟をなさった方がよろしいと思いますわ」

「どうした、そんなに神妙な顔をして? お姫様らしくもない」

「し、失礼ですわね! (わたくし)だって真剣になる時だってあります! もう……。まあ、出鼻は挫かれましたが、お話ししますわね」

「ああ」


 青年は、その時は正直な所まったく覚悟をしていなかった。

 しかし、この次の瞬間、女の言う通り覚悟しておけば良かったと後悔する事になるのだった。


「先程お目覚めされた番野様ですが、どうやら見た所……記憶を、失くしておられると思いますわ……」

「は……?」

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