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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第五章 譲れないもの
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第86話《英雄》に謁見す

「おおおおおお!!」


 番野は走る。全力で、全開で。一秒でも早く、美咲の下へ行く為に。


 速く。速く。速く。

 もっと。何よりも、速く。


 ただの一秒ですら、今の番野は無駄にできない。

 その一秒間に、心臓を貫く事、首を落とす事は実に容易な事なのだ。

 故に。

 もう、番野の心中から夏目の「心に余裕を」という言葉は消え失せてしまっていた。

 ただ、頭にあるのは美咲を救い出す事、己の役割を果たす事のみ。


 そして、白亜の城壁までのおよそ八〇〇メートルの距離をたったの一五秒で走り抜けると、瓦礫の中から自分の剣を回収した。


 遂に城の前に到達した番野は、城門の守護はおろか、城の周りの見張りの兵が一人としていない事をどこか不審に思った。


(城の周りはおろか、城門の前にも誰一人として守護の兵士を置いてないとはな。余裕こいてるのか、はたまた……。向こうにも魔法使える人間がいるようだし、こっからは用心するに越した事は無いな……)


 そして、番野は実際の距離よりも長く感じられる道を歩いて、城門の前までたどり着いた。

 その瞬間、番野はぞわりと震え上がりそうな程の怖気を感じた。


「…………!!」


 ここから先は、もう敵の本拠地(ホーム)なのだ。

 一体どんな罠や仕掛けが施されているかも定かではない。それこそ、あれだけ大規模な認識阻害の魔法を扱える魔法使いを《英雄》は擁しているのだ。この城門がフェイクでないという保証は無い。


 しかし、番野は立ち止まらない。立ち止まれない。役割を果たす為に、立ち止まれない。


(あれだけの大規模魔法を使える奴がいるんだ。もしかしたらこの城でさえ偽物なのかもしれない……。でも、それでも俺は、こんなとこで立ち止まってはいられない。何が待っていようと、俺は絶対に美咲を救い出さないといけないからだ……!)


 そう、目の前に立ちはだかる巨大な城門から感じるただならない雰囲気に番野は今一度気を引き締める。


 木で出来た城門に手を掛けると、ギィ、と年代を感じさせる音を響かせた。


(少々音がしてしまったが、どうせ後で暴れるんだ。もうこっから引っ掻き回してやるぜ!)


 そう考え、両手で門に触れた番野は、門を力任せに開け放った。


 門は、バァァァァン!! と壊れてもおかしくないような音を立てて開かれ、その音は城中に響き渡った。


 番野は突然溢れ出した光に思わず目を覆い、ゆっくりと城内に足を踏み入れた。


 そうして徐々に目が慣れ、番野の目に光が飛び込んでくる。


 しかして、番野の前に現れたのは、光の国に相応しい巨大なシャンデリアに照らされた絢爛な玄関ホール、そこに飾られている高級そうな彫刻や像の数々。そして、その只中にあってなお色褪せぬ“異彩”だった。


 歳はニ〇代半ばぐらいだろうか。“それ”は夏目の物とは違う(おもむき)の、露出がほとんど無く、未だあどけなさの残る服装とは違い、魔法使いと言うよりは魔女に近い服装と雰囲気を醸し出している。

 黒を基調とした布素材の服を着込んでおり、肩を大胆に露出し、その豊満な胸元を覆う布面積も心許ない。下半身を紫がかった黒く長い布で覆い、腰の位置で赤い布で纏めている。そして、魔女らしい鍔広(つばびろ)のとんがり帽を被り、その下からは紫に光る双眸(そうぼう)が妖しく覗いている。


「ーーよく、いらっしゃいました」


 そう言って、女は艶のある黒い長髪を揺らしながら丁寧にお辞儀をした。


 瞬間、番野の意識が突然微睡みに似た感覚に陥った。


(あ、……れ……? 頭が……急、に……)


 ぼんやりとした視界の中、番野は目の前にいる女の紫水晶のように透き通った瞳が己の眼を捉えている事に気が付いた。

 そこでようやく理解した。今、自分はこの女の術中にある事に。


(こ、れは……、マズイ……!!)


 何とかして気付けをしなければと番野は今にも御されようとしている右手をなんとか持ち上げ、渾身の力で自分の顔を殴った。


「…………、ッ()えじゃねえか!!」


 想像以上の痛みに逆ギレした番野を、女は信じられないような顔をして見る。


 番野は女の淑やかで品のある声と妖しくも妖艶な立ち居振る舞いに釘付けにされそうになったが、済んでのところでその呪縛から逃れたのだった。


「あら」


 女は番野が未だ己の虜になっていないと見るや、柔和な笑みを浮かべて番野に言った。


「やっぱり、あなたがそうなのね? あなたがあの娘を取り戻しに来たって言う男の子。ええと、確か名前は……」

「番野護だ」

「そう、番野護君だ。うんうん。やっぱり、思ってた通りのカッコ良さね。惚れちゃいそうだわ。ねえねえ。早速だけど、お姉さんの物にならない?」


 頬をほんのりと染めて、まるで誘惑するように番野の胸を指でなぞる女。

 が、番野はその誘いに冷ややかな返事を返す。


「悪いが、時間が無い。早く要件を言ってくれ。アンタがどんな役に就いてるか知らねえが、ここで俺を出迎えたからにはご主人様から何か指示があったからだろ?」

「あら、クールなところも素敵ね。ええそうよ。あの御方からは“客人をもてなすように”との指示を受けているのよ。……それじゃあ、『魅了(チャーム)』掛けて手っ取り早くお姉さんの物にしようと思ったけど、もうダメみたいね。仕方ないけれど、お仕事しましょっか」


 そう、名残惜しそうに言って、カツンと持っている杖で床を一度突いて、もう一度お辞儀をした。


「ようこそ、いらっしゃいました。此処はリュミエールの王城。かの《英雄》と称される御方が君臨しておられる聖地です。(わたくし)の名はソーサレア=マナチャイルド。王の側近にして国の首席魔法使いです。

 ーーどうぞ、(わたくし)について来て下さいな。王が、あなたの到着を楽しみに待っておられますので」

「な、それってーー」

「はい。あなたを我が王の元へ案内して差し上げます」


 ソーサレアは、妖艶な笑みを浮かべて言った。


 ○ ○ ○


 ーー城外・城壁前広場ーー


 そこでは、夏目と石川がある問題に直面していた。


「おいおいなんだよあいつら……! 急に出てきたぞ!」

「まさか、認識阻害の魔法……!? わたしの『解呪(ディスペル)』を上書きしたと言うのですか!?」

「それにあの数だ……。一〇〇や二〇〇じゃ収まらないぞ!! 私ら、完全に番野と隔離されちまった!!」


 そう。先行した番野を急いで追いかけようとした二人の前に突如として槍や剣を装備し、重厚な鎧を身に纏った大軍が現れたのだ。

 完全に想定外の展開に流石の夏目も動揺を隠せなかった。

 しかも最悪な事に、リュミエールの重装兵団は一人一人が一騎当千の猛者である事で有名で、その兵団長たるルキウスは魔法にも秀でた優秀な騎士であると言われる。


 すると、先頭の、馬に騎乗している青髪短髪の長身の男が二人に大声で呼び掛けた。


「聞けッ!! そこの二人の少女達よ!! 其方(そなた)等は何の為にこの場所に立ち入らんとしているのだ!!」


(あの人は……。あの人が、あの兵団のリーダーなのでしょうか……?)


 それに、夏目が精一杯の声で返す。


「わたしたちは、あなたの王様に囚われている仲間を助けに来たんです!!」

「そうか……」


 その返事を聞き、男ーールキウスが残念そうに呟いた。

 しかし、すぐにルキウスは夏目に向かって言い放つ。


「だが、それは叶わん!! 何故ならこうして、我等が其方等の前に立ち塞がっているからだ!! 其方等の力では我等を突破する事は出来ない!! どうか立ち去られよ!!」


 ルキウスは半ば懇願じみた口調を交えて言った。


 だが、その最後通牒にして最大の願いは、少女達には受け入れられる事は無かった。


「それは無理です!! あなた方が立ち塞がると言うのならば、わたし達は意地でもそこを突破します!!」


 その決死の覚悟を聞き、ルキウスは祈った。


 どうか、我等にあの幼き命を討たせ給うな、と。


 ○ ○ ○


「こちらです」

「こ、こが……」


 番野はその部屋の前に立った時、その佇まいに息を飲んだ。

 その扉の前に立った時、番野は次元が変わったのかとさえ思った。

 しかし、それがただこの部屋の中にいる《英雄》から発せられた存在感であると気付いて、戦慄せずにはいられなかった。

 俺は、今からこんな奴と戦う事になるのか、と。


 足が、後ろに下がりそうになった。


 だが、踏ん張る。もう、後ろは向かないと決めたのだから。


(行くぞ……!!)


 そう自分に言い聞かせて、目の前の扉を開いた。


(美咲はッ……!?)


 そして部屋に入るなり、番野は美咲の姿を捜して周りを見た。

 しかし、あるのは何も無い殺風景な空間と正面に座する《英雄》のみ。


「無様な姿を晒すで無いわ、戯けめが。此処は王の間であるぞ。それに相応しき態度を取らぬか」


《英雄》は、実に愉しそうにそう言った。

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