第85話 城で待つ《英雄》へ
「ふう。なんとかなったな」
リュミエールの放った暗殺部隊を魔法で焼いた番野は焼け野原の中心で、ほっと息を吐いた。
すると、そんな場違いな光景に夏目が思わずツッコむ。
「こんな殺伐とした状況下で安心したような息を吐かれると相手が番野さんでもなんだか一種の狂気を感じますね」
「やめろ。誰が死体群の真ん中で安心するシリアルキラーだ。死んでねえよ。ちょっと酷めのヤケド負ったくらいだ。治療すれば治る」
「でも一応人を焼いておいてそんなさらっと済ませる辺りちょっと何か外れてますよね、番野さん」
「うるせえ。て言うかお前、結構余裕あるじゃないか。もっと集中すれば時間短縮できたんじゃないのか?」
思わぬところを夏目にツッコまれた番野は仕返しと言わんばかりに夏目に言った。
それに対し夏目は魔法の準備を進めながらフフンと自慢気に胸を張るようにして答える。
「何事も心に余裕を持って行動した方が成功率が上がるのです。急がば回れ。師匠もそう言っていました」
「そうかい。それじゃ、なるべく早めに頼むよ」
「もう。だから、心に余裕をとーー」
しかし、それでも焦りを消す事ができないでいる番野に夏目は一抹の不安を覚える。
(焦りは何もかもを狂わせる。それを知らない番野さんではないはず……。少し、気をつけないといけませんね)
そう思い、夏目は自分の隣にいる石川に番野には気付かれないように視線でその事を伝える。
「……(オーケー!!)」
それに石川は小さく親指を立てて返した。
そして、夏目は確認するように頷いた。
(あとは、なるべく何も起こらないように祈るだけ……)
そうして夏目は目を閉じる。
なるべくなら、このまま何も起こらずに全て終わりますようにと切に願いながら。
魔法陣の限界展開が完了する。
その大きさは、リュミエールの国土を覆い尽くしてしまうほどの超巨大な魔法陣だ。恐らく、一国土の半分に『解呪』を掛けられるのはこの世界では夏目を置いて他に片手の指程度の人数しかいないだろう。
夏目は番野に言う。
「魔法陣の展開、終わりました!」
「おう、分かった! そんじゃ、全部引っぺがせ!」
「いきます!『解呪』!!」
途端、リュミエール全土を眩い光が包み込み、例の如くガラスが割れるような音が響き渡った。
そして、それまで番野達の見ていた景色が一変する。
「な、あ……」
「これは……」
「マジ、かよ……!」
番野達三人は、一様に突如として眼前に現れたそれに目を奪われ、絶句した。
今、番野達三人のいる場所の、その目と鼻の先に番野がアウセッツ王国で見た王城とは比較にならない豪華絢爛さを誇り、且つ圧倒的な威圧感を放つ巨大な白亜の城が現れたのだ。
いや、正しくはそこにあった。
(それだけじゃない。こいつの城の周りを覆う壁の形。まるで星を象ったような特徴的な形はーー)
「五稜郭、ですね」
「ああ。あの星型の先端に大砲を置けば敵がどこから来ても十字砲火ができるって当時は相当信用されてたらしいが、大砲の発射角度がバレたら終わりっていう事以外にもいろいろ問題がある事が分かってる。ハッキリ言って決定力に欠ける戦法だ。だが、敢えてこれを選ぶ程その《英雄》様は自分に自信があるらしいな」
そう言いながらも番野は自分の頬を冷汗が流れているのを感じた。
(なんてプレッシャーだ……。ここから城まで五〇〇メートル以上は離れてる筈なのに、あの城にいる奴のプレッシャーをバリバリに感じる……。こりゃ、一筋縄でいく相手じゃないな)
今度はどんな強敵なんだろうか?
用いる武器は?
どんな戦法なのか?
姿形は?
声は?
自分の技がどれだけ通用するのか?
その全てを考えるのが番野は楽しかった。
元の世界ではほとんど実戦と呼べる物を体験していなかった番野にとって、この世界での実戦が楽しみの一つだった。
楽しくて、楽しくて、いつも大声で笑い出してしまいそうだった。
しかし、今だけはそれは違っていた。
ただ倒すために、番野は思考する。自分の大切な人を攫った敵を倒すためだけに思考する。
護らなければならなかった。護らなければならないという自分の役割の邪魔をした敵を倒すために。
「スーー、ハーー」
一度大きく深呼吸をし、番野は遂に一歩踏み出した。
その瞬間、城壁の一部が発光したかと思うと、ズドンという大砲の大きな発射音が鳴り響いた。
それをいち早く攻撃が行われたと理解した夏目は叫ぶように言う。
「砲撃です! 魔法による軌道補正、砲弾の加速、威力強化が認められます!」
「てゆーかあの砲弾、まっすぐ飛んできてないか!? 普通大砲って山なりに撃つもんじゃないのかよ!?」
「だから、それをしなくていいように魔法で無理矢理軌道を曲げてるんですよ! ダメッ。もう詠唱が間に合わない……!」
そして、夏目は詠唱を破棄してとっさに防御障壁を前方に展開する。詠唱破棄による若干の効果減衰の影響があるため、夏目は瞬時に命中までの時間で展開できるだけの障壁を展開した。
その数、十枚。
その一瞬後、二発の砲弾が夏目の防御障壁に命中した。
「ぐーーッ!!」
一枚、二枚と砲弾は防御障壁を易々と突き破り、とうとう四枚目を破壊したところで同時に爆発する。
それによって五枚の防御障壁が一度に吹き飛ばされた。
そうして残った障壁はたった一枚のみ。それも、もう崩壊寸前だ。
夏目はその恐ろしい威力に戦慄する。
「そんな……、なんて威力なのですか……!? こんな物を何度も撃ち込まれたら勝ち目が無いじゃないですか!」
「いや、勝ち目ならある。今、思い付いた」
しかし、夏目に相反して番野は冷静に言った。
「簡単だ。撃たれて困るなら、“撃てないようにすればいい”」
番野は剣を抜いた。
そして、自分達の侵入を阻まんとする白亜の城壁を見据える。
「よし。多分、あそこだな」
そう言って、番野は剣を構えた。
だが、その構え方は異様だった。
いつものような中段ではなく、上段でもなく、はたまた短刀を持つときのような逆手でもない。それはまるで、野球のピッチャーの投球フォームのようだ。
番野は左脚を高く振り上げた。
そしてそれを勢い良く前に下ろし、全身の筋肉を一気に稼働させ、
「っけえええええ!!」
右手の剣を、白亜の城壁に向けて全力で投げた。
全力で投擲された剣は電光石火の勢いで城壁めがけ一直線に飛翔する。
そして、剣はその速度を維持したまま鉄壁を誇る白亜の城壁に突き刺さった。
「『転職ーー《魔法使い》』
『転職』で《魔法使い》になった番野は、剣が刺さっている場所に狙いを定める。
「『最大出力・破壊の鉄槌』!!」
そして、放たれた魔法は番野の剣に収束されていく。
「ぶっ壊せッ!!」
次の瞬間、黄金色の魔力光が壁の亀裂に入り込んだ。
そして、一瞬の後に番野達のいる場所まで振動が届く程の大爆発を引き起こした。
ほとんど密閉された状態で炸裂した爆発は、その何倍もの威力を誇る。
その証拠に、今の爆発で白亜の城壁の一角が吹き飛んだ。
また、内部から破壊された事もあってか、城壁の破片が壁上の砲兵を襲う。
「道が開けたぞ」
「かなり強引だったけどな」
「いいや、爆発の原理を上手く応用した合理的で効率的な方法だ」
「ですが、あの鉄壁と称される城壁に剣を投げて突き刺すあたりがかなりゴリ押し感が満載でしたが」
「お、お前らなぁ……」
最良と考えていた突破方法を両方からツッコまれ、番野は嘆息した。
(だが、心に余裕を、って点でのこいつらなりのフォローという事か。でも、そんなの今の状況じゃ意識してもできねえよ……)
しかし、そう思いながらも番野はそれがただの言い訳だと自覚して悔しそうに歯噛みする。
すると、その様子を見た夏目が番野に心配そうに言う。
「番野さん、大丈夫ですか? どこか、まだ傷が残っているのですか?」
「あ、いや、大丈夫だ。傷もどこにも無いぜ」
「ですが、絶対に無理はしないでくださいね。一旦退くという選択肢もあるのですから」
「おう! 『帰ろう。帰ればまた来られるからな』ってやつだ!」
「なんでお前そんな言葉知ってるんだよ……。まあ、無理し過ぎないように頑張るさ」
と、夏目と石川のフォローを受け取った番野は、今やその防御に無様な風穴をさらけ出している城壁を見据えた。
「さあ、今からそっちに行くぜ《英雄》様。速攻で俺の仲間を助け出して、お前の顔面吹っ飛ばしてやる!」
そう言って拳を握るや、番野は《英雄》の座する城めがけて最高のスタートダッシュを切った。
「あれ……?」
「…………」
だが、その展開はその場に残された二人には想定外だったようで、揃ってあんぐりと口を開けている。
「まさか、先行するなんて……」
「ああ。完全に私らのこと忘れてんじゃないのかってレベルのスタートダッシュだったな……」
そして、それから数秒の間、二人はそのままの状態で固まっていた。