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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第五章 譲れないもの
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第84話 英雄の国

 世界が反転する。


 目の前の景色がぐにゃりと歪み、さながらビックリハウスにでも入っているような感覚を番野は感じた。

 足元も妙に切ない。まさしく宙に浮いているような浮遊感を感じる。


 これも何度目の空間跳躍だろうかと番野が考えていると、突如として目の前に開けた平原が姿を現した。

 空間跳躍が完了したのだ。


「ここは?」


 すると、その誰に問うたともつかない番野の問いに夏目が答える。


「《英雄》の治める光の国『リュミエール』です。四方四カ国の中心に位置する国で、四方四カ国同盟成立の直接的な要因となった国でもあります」

「直接的な要因?」

「リュミエールが余りにも強大で圧倒的な武力と国力を保持しているため、それを脅威に感じた近隣の四カ国がいざという時に備えて結成したのが四方四カ国同盟であると言われています。

 詳しい事はわかりませんが、リュミエールが強大で圧倒的な武力と国力を保持しているという話は真実です」

「と言うと?」

「先程もわたしが述べた通り、この国は《英雄》が治める国です。同時に、王である《英雄》の存在がリュミエールの武力が他に勝ると言われる所以でもあるのです。

 一説では、《英雄》の力は一国の軍隊を遥かに凌ぐと言われています。過去にこの世界での東西の強国である『イステム』と『ウエステナ』の間で生じた世界を巻き込んだ大戦争において、開戦から間もなく颯爽と両軍の睨み合う戦場の中心に現れたかと思うと、たった一人でこの大戦を喧嘩両成敗という形で終結させたと言われています。

 すべて人から聞いた話なので確証はありませんが」


 と、夏目は初めてみる土地を不思議そうに見渡しながら言った。


 番野は周囲に警戒を払いながらそれに応答する。


「だが、火の無いところに煙はたたない。その噂もまったく根拠が無いままに立った物じゃねえって事だ。だとすると、やっぱりそう簡単にはいかないって訳だが……」

「ええ。ですが、番野さんならきっと大丈夫ですよ」


 そう、微笑んで言う夏目を見て、石川がいやらしい笑みを浮かべる。


「おいおい、イチャイチャするのは後にしなよさっちゃん」

「なっ、別にイチャイチャなんて! そして、さっちゃんって何ですか!?」

「ただのニックネームだ気にするな。まあ、あれだ。ここってもうリュミなんとかって国の中なんだろ? だから、いつ襲撃されるかわからないってーー」



「伏せろっ、石川ああああ!!」



「は、ふぁいっ!?」


 会話の途中で番野が突然叫び、石川はそれに驚きながらもその場に即座にしゃがみ込んだ。


 番野はそれを確認するなり高速の手捌きで剣を鞘から抜き放ち、一閃する。

 その一撃は、一見して誰もいないように見える石川の背後の空を切ったかに思えた。

 しかし、鳴り響く鋭い金属音と、宙に舞い上がった真っ赤な液体がそこに何者かがいる事を証明していた。


「がああああ!!」


 悲鳴の後、ドサリと何かが地面に倒れる音がして、美しい草花のカーペットに血と血のように赤い染みが浮かび上がってくる。

 その兵士が着ているのはリュミエールの軍服で、色による戦意高揚と王の通った後の道を意味して作られた物だ。


(鎧を着ていない。隠密重視の装備という事は、こいつはリュミエールの暗殺部隊と言ったところか)


「あ、ありがと……」


 と、今しがた番野に命を救われた石川が恥ずかしそうにしながら番野に言った。


「おう。ま、こんぐらいどうって事ねえよ」


 番野はそう言いつつ石川を安心させるように微笑んで見せた。


「…………!」


 そして、番野は視線を戻してその若い男の兵士に問う。


「おい。お前のあれ、透明になってたやつ。どういうカラクリだ?」

「はっ……。そんな事、敵に教えるわけ、ないだろう」

「ま、そりゃそうか。それにーー」


 と、番野は言葉の合間に剣を逆手に持ち替え、自分の背後に剣を突き出した。

 すると、


「おぐっ……」


 またも何も無かった空間から声がして、番野の眼前の兵士と同じ格好をした人の姿が浮かび上がった。


「バカな……! 貴様、見えるのか……!?」


 それを見た男の兵士は信じられない物を見るような目で番野を見る。


 番野はなんの事はねえさと剣を引き抜いた。


「お前の目見てたらよく分かったよ。無意識なんだろうが、お前の目が俺の背後をまるでそこに“何かがいる”みたいに追ってた。お前の“それ”がバレて焦って注意が散漫になってたんだろうな。ま、襲ってくるときに殺気がほとんど感じられなかったのは評価してやる」


 本当になんの事も無さそうに、当たり前だろうとでも言いたげにほとんど表情を変えずに言う番野に、目の前の兵士はガクガクと膝を震わせながら怯えた様子で言う。


「き、貴様、何者だ……!!」



「囚われのお姫様を助けに来た《フリーター》御一行様だ」



 さて、と視線を外した番野は構えを解かないままに夏目に問う。


「夏目、周囲から魔法の反応はあるか? 俺達にだけ見えない透明化となると、道具よりもそっちの路線の予感がする」

「……、はい。確かに番野さんの言う通り、周囲にいくつもの魔法の反応が点在しています。どうされますか?」

まとめて剥げ(・・・・・・)。お前なら出来る筈だ」

「承知しました。半径一〇メートル圏内に『解呪』(ディスペル)を掛けます!」


 言うや、夏目は杖を構えて足下に魔法陣を展開させる。

 すると、魔法陣は一気に面積を増し、巨大な物になった。


「効果圏内の魔法を根こそぎ削ぎ落とします! 『解呪』!」


 次の瞬間、魔法陣が眩い光を放つと共にガラスが割れた時のような音が随所から鳴り響いた。


「な、あれ?」

「まさか、透明化が?」

「怯むな! 人数は我々の方が多いのだ、数で潰せ!」


 そこで番野は周囲を見回して人数を確認する。


「ふんふん。なるほど。とりあえず今ここにいるのは四〇人ってとこか。意外と少なかったな、ーーん?」


 そうして周囲を見回していると、それまで草花が茂っていた場所に石畳のような物が現れているのを番野は発見した。

 ふと、番野の頭にある考えが浮かぶ。


(今までこいつらには俺達だけ(・・・・)に見えない透明化の魔法が掛けられていたと思っていたが、それは違う! 俺達(・・)に見えなくてこいつら(・・・・)には自分達の姿が見えるって事と、『解呪』の後でいきなり現れたあの石畳……。

 ……ああ、だいたい分かったぞ)


 番野は問題を解消できた喜びを噛み締めながら夏目に言う。


「夏目、もう一度『解呪』を頼む」

「あ、はい? もう一度、ですか?」


 番野の二度目の『解呪』の要求を受けた夏目はその意図が汲めず、きょとんとした様子で聞き直した。


 番野はそれを気にせず続ける。


「ああ。ただし、今度は限界まで効果範囲を広げてくれ。その場合、展開し終わるまでの時間はどれくらいかかる?」

「あ、えと、二分くらいですが?」

「了解だ。んじゃあ、俺が時間を稼ぐから最大範囲で『解呪』を展開してくれ。そして、展開が終わったら教えてくれ」

「あ、ああ、わかりました。最大効果範囲で『解呪』を展開します」


 夏目は未だ番野の意図を汲み取れていない。

 しかし、それでも夏目が番野には何か考えがあるのだろうと思っている事から二人の間に生まれた信頼の深さが伺える。


『わたしは、番野さんなら絶対に大丈夫だって信じていますよ』


 ふと、そんな夏目の脳裏についその場の勢いで口走ってしまった言葉が浮上してきて、夏目は恥ずかしさのあまり真っ赤になった顔を隠すために俯いた。


(わたし、なんであんな事言ってしまったのでしょうか……。聞きようによってはあれは……、ああもう! 取り消したい……!)


 その傍らで当の番野は姿が露わになったリュミエールの兵士に睨みを利かせていた。


「さあ、どうするお前ら。自慢の透明化が解かれた様だが、それでもやるか?」


 番野の言葉にリーダー格と思しき兵士が答える。


「当然だ。我々はリュミエールの誇り高き兵士。貴様ら蛮族になど初めからソーサレア様の魔法など必要無かったのだ!」

「へえ? そうか。それじゃあ、見せてもらおうじゃないか。リュミエールの誇り高き兵士の実力を。そうだなあ。俺はウチの優秀な《魔法使い》を護りながら戦うから、丁度良いくらいのハンデだろ」


 すると、番野のその不遜な物言いにリーダー格の兵士がギリリと怒りに歯を噛み締め、こめかみに血管を浮かべて怒声を上げる。


「貴様、我々を侮辱するのか!! 初めは捕らえようかと思っていたが、もう構わん!! この身の程知らずの蛮族共を討て!!」

「上等じゃねえか。来いよ……!」

「なあ、私も手伝うぜ!」


 と、石川が戦闘態勢に入った番野に言った。


「そっか。だが、やる気満々なとこ悪いがその場から動かない方が良いぞ」

「おう、分かった! ーーって、なんでだよ!?」


 と、見事なノリツッコミを決め、番野の袖に掴み掛かった石川は番野が浮かべているまるで悪戯好きな子供が悪戯を考えている時のような笑みを見て、この後何が起こるかをにわかに察した。


「かかれええええええ!!」

『おおおおおお!!』


 リーダーの掛け声と共にリュミエールの兵士、四〇人が四方八方から一斉に番野に襲い掛かって来る。


 それに対し番野は、


「『転職(チェンジ)ーー《魔法使い》』


 一言呟き、その装いを変えた。

 勇ましくも未だ未完成である《勇者》から、人の達し得る魔道の極致に到達した《魔法使い》へと。

 魔力を伝導し、形にする機能を有する魔木(まぼく)の最高峰に位置する『マギアルボス』の杖を構え、《魔法使い》番野は魔法を詠唱する。


「ーー繁栄の証にして始原の恐怖。

 ーー生命の根幹に刻まれし煉獄と焦土の炎よ。

 ーー今、その恩恵で我が身に降りかかる災厄を焼き払い給え!

 ーー『原始の炎(イグニース)』!!」


 次の瞬間、番野達三人を護るようにして地面から噴き出した始まりの炎が全方位を焼いた。

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