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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第五章 譲れないもの
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第82話 死闘、決着

「行くぜ……!!」


 直後、ズドン、という爆裂音と共に地面が弾け、番野の姿が搔き消える。


「ッ!?」


 踏み出す瞬間の一瞬に全力を注ぎ込んだ番野のスタートダッシュの初速は音速を超えた。


 到底そんな速度を目で追える筈もなく、死神は突如姿を消した番野に対して驚きを隠せない。


(正面か、左か、右か、背後か、上か。さあ、どこから来る……?)


 その時。


「ーーそこ、足下注意だぜ」

「なっ」


 ストン、と死神の体が“落ちる”。

 その両足下には小さな穴が空いていた。


「これはーー、ぶッッ!!?」

「っらああああああ!!」


 と、死神が足下に気を取られた一瞬の隙を突いて、移動速度を上乗せした痛烈な右ストレートが死神の顔面に突き刺さった。


「ぐおおおおおお!!」

「……ふう。なんとか、上手くいったな」


 空中で二回転、三回転しながら吹き飛んで行く死神を尻目に番野は初めて成功した瞬間的な『転職(チェンジ)』の手応えを確かめるように拳を握る。


(あいつに教えてもらった通り、《罠師》にもちゃんとなれた。ぶっつけだったが上手くいったぜ)


 しかし安堵するのも束の間、死神の鎌が、本人が吹き飛んだ方向から猛烈な速度で飛来して来る。

 それを視認した番野は驚いて声を上げる。


「まっ、あいつ自分の鎌を投げたのか!?」


 不意は突かれた。が、《勇者》の身体能力補正が掛かっている今、その攻撃は恐るるに足らず。

 即座に回転を見極め、落ち着いて受け止める。


「ーーッ!!」


 しかし、番野にその鎌が考えていたよりズシリと重かったなどと考える暇は与えられなかった。


「返せ」


 死神が、己の象徴たる大鎌を取り返そうと眼前にまで迫っていたからだ。

 それに対し、番野はにやりと笑って返す。


「返せって言われて返す奴がいるかよ……!」

「そうか。ではーー『そいつを返せ、罪人よ』」

「な、っ」


 途端に突進して来る死神から距離を取っていた番野のバックステップが止まる。

 しまった、と番野は動かない口で言う。


 番野ははっきりと忘れていた。

 この男の、《裁定官》の持つ最も恐るべき能力。

 罪人は、その罪を測り裁定を下す《裁定官》には逆らえないという強力無比な能力。


 その上、番野は未だ能力の仕組みを理解できていない。

 つまり。


(対抗策が無い!!)


「ああ。それで良い」


 手渡してはダメだと何度も自分に言い聞かせるが、既に支配権を奪われている番野の身体は死神に従順に従ってしまう。


(く、そが……。やられたぜ……)


 死神の手で小指から順に鎌を持つ手が外されていく。


「本当は、使いたくはなかったのだがな」


(何がだ。思いっきり使ってんじゃねえか)


 まるで能力を使った自分を責めるような口調で言う死神に番野は内心で文句を言った。


「だが、そうだな……。何と言えば良いのだろうなあ」


 死神は番野の右手中指に手を掛けながら詩でも詠むかのように詠嘆する。


 次でとうとう鎌が死神の下へ帰ってしまう。


「そうだな。俗っぽく言うのなら、どうしても勝ちたくなったと言うのかもしれぬな」


 そうして最後の人差し指が鎌から外され、鎌が持ち主の下へと帰った。

 最早これで、番野の生死は完全に死神に握られた。


(これって、絶体絶命のピンチって奴か?)


 体が妙な寒気を抱いたのを番野は感じた。

 数分前のように突然訪れた物でなく、改めて対面したが為に番野の本能が恐れたのだ。


(やっぱ、怖いな……)


 先程は上手くいったが、今回はダメかもしれない。もう一度死んだら、もうあの魔法でも復活できないかもしれない。


 そう思うと、今ここで無様に暴れて、喚き散らして命乞いをしたくなってしまう。


 しかし、そんな局面に遭って番野はにやりと笑ってみせる。


「どうした。改めて死を間近にしておかしくなったか?」


 怒りに顔を(しか)めながらも極力感情を抑えて言う死神。

 自らの目的のために死の運命を乗り越えてみせた番野との戦いを率直に楽しんでいた死神にとって、番野がその程度で壊れてしまうのが耐えられなかったのだ。


 だが、その考えは間違っている。


 人間は死を間近にした時、そこから死に至るまでの一瞬でで己の人生の全てを垣間見ると言われているが、実際はそのとき人間の脳は覚醒しており、普段の数十倍の思考速度を誇る事が証明されている。


 では、その時の脳の状態で一つの物事に対して考えるとすれば、どれほど容易に解決できるだろうか。


 それは恐らく、先程に死を経験したばかりの少年が証明してくれるだろう。


(こいつの職業(ジョブ)の能力は、他人の『罪の記憶』を引き出して『罪人』とする事で発揮される。

『罪』を『罪悪感』と捉えると、対象者が一番罪悪感を抱いている記憶を引き出してそれを『犯した罪』として『罪人』に仕立て上げる、と。

 ……ああ、分かった。見えたぜ、答えがよ)


 答えは導き出した。が、実行に移さなければ意味が無い。答えが分かっていても、それを解答欄に書かなければ0点になってしまうのと同じだ。


(だが、やっぱ動かねえ……。口さえ動かせれば良いのに……!!)


 段々と焦りが募る。

 その焦りが、思考を乱す。


 その悪循環に苛まれている番野を見下し、死神は冷たく言い放つ。


「興が冷めた。運命を乗り越えた貴様ならば或いはと思ったが、貴様も所詮は脆弱な人間と同じだったという事。だがせめて一時は私を楽しませた返礼として、私の能力は使わずに直々に逝かせてやる」


 死神は武器を構える。


 番野に死への重圧がのしかかる。

 体の動きは完全に封じ込まれ、恐怖に身を打ち震わす事も叶わない。


 今度こそ、番野は本当に死を覚悟した。


「逝け」


 死神の無感情な声が発せられる。

 その得物が自分の首を落とすのは何秒後だろうと考え出したーーその時だった。


「っ、誰だ!!」


 ガキンと金属音が鳴り、死神が何者かに吼えたてる。


 その何者かは、夏目に抱かれながらもしてやったりといった表情を浮かべた。


「ちょっと良いとこ、盗みたくなっちやった……」

「死に損ないの小娘めが……!!」


 死神の意識が完全に石川へと移る。


「……ッ!」


(拘束が緩んだ。行ける!!)


 唱える。


「『ソウル・パルフィケイション』!」


 唱えるのは精神異常を回復する魔法の上位クラス。

 たとえ呪いによって魂が(けが)れていたととしても、その呪いを祓い、魂をも清らかに浄化する高等魔法。


 その魔法は『罪悪感』という個人の心の内奥、深層心理に作用する《裁定官》の能力も例外無く無効化する。


 地面に張り付けられたように動かなかった体に自由が戻る。

 拳を固く握り締める。

 剣は使わない。

 ただ、この一撃で決める。番野はそう決意した。


「なっ、貴様どうやってーー」


 自分の能力が無効化された事に気付いた死神は今にも殴り掛かろうとする番野を見て狼狽する。


 これならば勝てると、これさえ使えば勝てると、そう信じて疑わなかった、人の無意識に働きかける絶対的な能力が破られた。


(……だが、私も伊達に永く生きてきた訳ではない)


 ムキになって、人と同じ様に叫ぶ。


「こんな衝撃なぞ、幾度と無く経験しておるわあッ!!」


 激昂し、力任せに大鎌を振る。


「もう遅いッ!!」


 しかし、番野はこれすらも予見していた。

 それは、相手が強者であるから。これまで数え切れない場数をこなして来たであろう強者が、あの程度で手詰まりになるとは思えなかったから。

 それは、ある種の尊敬とも言えるだろう。


 番野は一層強く地面を踏み込み、動きを急加速させた。

 それは攻撃を避ける為でもあり、相手の狙いを狂わせる為でもある。


 瞬間、死神の視界から番野の姿が消える。


(奴は、どこにーー)


 気付いた時には、もう遅かった。


「ーーーーッ!!!!」


 ミシリと鈍い音を立てて、番野の拳が死神の顔面に突き刺さる。


 その時、死神は悟った。

 私は負けたのだ、と。


「らああああああああ!!」


 番野は思い切り、容赦無く拳を振り抜く。

 そして、地面に強く死神の体が叩きつけられる。


「……………………」

「……勝った」


 ほう、と息を吐いた番野が見つめる先には地面に小さなクレーターを作って横たわる死神の姿があった。


「やりましたあ!!」

「まあ? 私が居たから勝てたようなもんだよな?」


 その様子を見た夏目と石川が口々に歓喜を口にした。



 だが、これからが本当の試練だという事は、三人はまだ知らない。

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