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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第五章 譲れないもの
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第81話 蘇生魔法

「番野、さん……? そんな、うそ、ですよね……?」


 夏目が、力無く倒れている番野を見てまるで懇願するような口調と声で言った。

 すると、その様子を見ていたマクスが憐れみを帯びた目で夏目を見る。


「嘘だと? そんな物は無い。ここにあるのは真実だけだ。これが真実だ。此奴は死んだ。私の手でな」

「いいえ。番野さんは死んでいません」

「死んでいない? 此奴がか?」

「そうです。番野さんは死んでなんていません……!」

「ふん」


 その言葉をマクスは鼻で嗤う。


「ならば理由を聞こうか。これだけの材料が揃っていて、どうしてお前は此奴は死んでいないと言うのだ?」


 問われた夏目は、目の端に涙を溜めて力強く答える。


「番野さんは、必ず美咲さんを助け出すと誓いました。それに、必ずあなたに勝つとわたしと約束してくれたんです。だから、番野さんは死にません。こんなところで死ぬはずがないんです!」

「暴論だな」


 しかし、マクスはその一言で一蹴した。


「何故、この状況を見てもなお此奴がまだ生きていると思う? この出血の量を見ろ。確実に致死量だ」

「そんなことは…….」

「そうか。では、己が身で確かめてみると良い。こちらに来い」

「っ……!」


 マクスは、現実を突き付けても食い下がる様を見せた夏目にそれではと夏目自身に確かめるよう促した。

 それにはさしもの夏目も予想外だったらしく、戸惑いを見せる。


 そんな様子の夏目をマクスはさらに追い詰める。


「どうした、自信が無いのか? 他人の死を受け入れるのが怖いのか?」

「……わかりました。わたしが、証明します」


 そう言うと、夏目は石川を地面に静かに横たえて番野の下へ歩き出した。


 一歩、また一歩と夏目は歩を進める。

 するとその時、ビシャリ、と夏目の足が湿ってぬかるんだ地面を踏んだ。


(まさか……)


 夏目は恐る恐る足元を見る。


「これ、は……」


 茶色い土を塗りつぶすように広がっている大量の血が地面を濡らしているのだ。

 よく見れば、夏目の靴にはそこから跳ねた血液が付着している事が分かる。


 それらが、夏目をさらなる不安へと陥れる。


「くっ……」


 しかし、歩みは止めない。

 自分の身で確かめるまで、止まれないのだ。


 そして、


「さあ、確かめるが良い」

「…………」


 数キロにも感じられた道を歩ききった夏目は番野の頭の側に跪いた。

 そっと、首筋に手を当てる。


「っ……!」


 それから十数秒、夏目は動かなかった。


 やがて、夏目は顔を伏せたまま言い出した。


「わかっていました」

「?」

「あの血の量を見た時点で、そうなのではないかと気付いていました。だって、あんなの絶対に死んでしまうじゃないですか」

「では何故、先程これを嘘だと言ったのだ? 私には分かりかねる」

「そうですね。わたしにもわかりません」

「は?」


 マクスは予想だにしなかった夏目の言葉に唖然とする。

 そこに、夏目が「ただ」と付け加える。


「ただ、あなたの言葉だけでそうだとは思いたくなかったのかもしれません」

「たったそれだけの為に、私に嘘を言ったと?」

「はい」


 即答した夏目に、マクスは呆れたように首を振る。


「分からんな。やはり人間とは不可解な命だ。だが、そこが美しくはあるのだが。

 で、お前は今からどうするつもりだ? 敵討ち、とやらでも試してみるか?」

「それも良いですね。今わたしは、悲しいのを通り越してとても怒っているんです……!」

「そうか。では、お前もすぐに送ってやろう」


 そう言って、マクスは夏目に向けて大鎌を振りかざす。


「知っているか? (死神)に鎌を振りかざされた者は必ずその命を絶たれるのだ」


 常人が晒されれば気絶必至の濃密な殺気が放たれる。


 しかし、夏目は震え出しそうになるのを無理矢理に抑え込んで、まっすぐにマクスを見据える。

 最後の仕返しだと言わんばかりに。


「良い目だ。だが結果は変わらん」

「ところで、あなたは知っていますか? 死神の鎌は、他人の命を捧げることで避けられるんです」

「それが、最後の言葉で良いのだな? まあ、よく知っていたなと褒めてやる。勤勉で何よりだ。

 それでは、向こうで此奴と仲良く暮らせ」


 ピシャリと言い放ち、死神(マクス)が非情にも鎌を振り下ろした。


「ーーそいつは、良い事を聞いたな」


 その時、二人の間に一つの影が割って入った。


「なにッ!?」


 それは、してやったりと顔に笑みを浮かべ、死神の鎌を持っていた剣で受け止める。


「それならもう、条件はクリアしてるよなあ死神様?」

「番野、護、だとおッ!!?」

「夏目!」

「跳びます!」


 夏目の一声で、番野と夏目の姿がその場から途端に消える。

 そして現れたのは、先程まで夏目がいた場所だった。


「番野さん!」

「うおっ、と」


 そうして跳躍が終わるなり夏目が嬉しさのあまり番野に抱き付いた。

 番野はそんな夏目の頭を優しく撫でながら言う。


「悪い。心配かけたな」

「心配かけたな、じゃないですよ! 本当に死んでしまったのかと……」

「ああ。死んだぞ、一回」

「ええっ!? ど、どどどういうことですか!?」

「まあ、あれだ。向こうにも同じ事聞きたそうな奴がいるからそれと一緒に話してやるよ」


 そう言って、体を向けた番野に死神が吼える。


「何故だ。何故貴様が生きている!! それでは、その娘が我が大鎌から逃れた理由が説明できんぞ!!」

「説明ならつくさ。なんせ俺は一度死んでるんだからな。失血死ってやつだ」

「何を言っている!! では、何故貴様は今生きているのだ!!」


 その疑問に、番野はあっさりと、とても簡潔な一言で答えた。


「『蘇生魔法(リサシテイション)』。アンタなら知ってるだろ?」

「な、に……。貴様、それは……!!」


 その返答を聞いた死神の顔を驚愕が支配する。

 番野の答えは、人の営みの一端を管理する死神にとっても意外で衝撃的だったのだ。


「それは、禁忌の魔法だぞ! かの有名な異端の魔女アラハーナの編み出した、神の決定をも覆す絶対禁忌の魔法! 故にアラハーナと共に永久凍土に封印された筈だ! なのに何故貴様がそれを扱える!」

「へー。禁忌の魔法なのか、これ。ま、そうだよな。生き返れて、欠損部分から小さな傷まで全部なおーー」

「質問に答えろ!」

「言ったろ、俺の職業(ジョブ)は《フリーター》だ。って、そういやまだ“アンタには”言ってなかったな。

 俺の職業(ジョブ)は、俺が一度でも見た事がある職業(ジョブ)になれる特殊能力があってな。それでちょっと《魔法使い》ってやつになってみたんだよ。まあ、魔法自体は教えてもらったんだけどな。

 どう? これで納得?」

「そうだな。だがーー」


 死神は一度肯定し、再び番野に質問を投げかける。


「貴様、禁忌を犯すとはどういう事か、正しく理解しているのか?」

「どういう事か、ねえ。そんなの知るかよ」

「何?」


 その答えに死神は唖然とする。

 目の前の少年は、『禁忌』とはどういう物なのかを理解していない。理解せずに、そのまま前に突っ走っている。その先に、一体何が待ち受けているのかも知らずに。

『禁忌』とは何であるかを知っている死神には、番野護という少年の本質が分からなくなっていた。


 だが、それでもたった一つ。それだけは、その感情だけは、死神の渇ききった心に浮かんでいた。


(美しい……)


 番野は、自分の答えを突き付ける。


「どういう事なのか知らなくても、自分の欲望や、大切な人を護る為になら禁忌だろうが何だろうが使えるモンは何でも使う! そして、運命だって捻じ曲げてやる!

 それが人間だ! それが俺だ!」

「ハッ。何とも愚か。後先考えず、欲望の為にひた走る。その上運命も変えると来た。何という傲慢。だが、そこがどうしようもなく美しい。

 私は、貴様のような人間を待っていた」

「随分と楽しそうじゃねえか。何年ぶりだ、そんなに楽しそうに笑ったのは?」

「そうさな。貴様のような若僧に言ったところで到底想像もつかぬ年数よ。それより、早く始めようではないか。久方ぶりに高揚してしまった所為で今にも斬りかかってしまいそうだ」

「ああ、そうかよ。んじゃ、こっちも始めますか」


 番野がぽんぽんと夏目の頭を軽く押さえると、夏目は素直に番野の体から手を離す。


「体の中まで傷は一つもありません。本当に全て元通りです」

「おう。検査ありがとな。あとは石川の治療に専念してくれ」

「はい!」


 元気な返事をして、夏目が石川の治療に戻ると、番野は改めて死神に向き直った。


 その手に握るのは(覚悟)。その胸に滾るのは闘志。

 その手に握るのは(決意)。その胸に滾るのは歓喜。


「武修創己流免許皆伝。《フリーター》、番野護」

「四方四カ国同盟独立執行官。《裁定官》、マクス=ジャッジウェル」


 背負う物、思う物の違う二人が再び激突する。


「「最終ラウンドだ!!」です!!」

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