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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第五章 譲れないもの
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第79話 少しの期待

「第二ラウンドってか? 望むところだ。今度こそ決着つけてやるぜ!」


 番野は剣を抜き放つ。

 それに呼応するようにマクスも地面から鎌を離して両手で構える。


 いつ何時弾けるか分からない緊張感が両者の間から漂う。


「……ふぅ〜」


 番野は、その緊張に呑まれて即座に動き出せない事態を避ける為、長い息を吐いて緊張を調節する。

 それによって、濃度の高い緊張感で強張っていた番野の筋肉の柔軟性が復活し、それでいて柔らかな温かみを持った戦闘に最適なコンディションへと変化した。


(確かに今のあいつの様子はさっきまでのとは全然違っている。まるで別人になったような感じだ。何をしてくるか分からないのが少し怖い……。十分注意する必要があるな)


 そう思い、番野はマクスの挙動を絶対に見逃すまいと目を光らせる。


 しかし、


(隙が全く見えねえ……。間合いに入った瞬間にあの鎌の餌食になる予感しかしねえぞ……!

 ーー訂正だ。『別人になったような』じゃなくて、これは『全くの別人』だ)


 番野がゴクリと唾を飲む。

 番野には、その音が嫌に大きく聞こえた。


 その時だった。


 まるでそれを契機にしたかのように、マクスが一歩、足を踏み出した。


(動いた!!)


 それを機に両者を隔てていた壁が静かに崩れ、そして死闘の幕が上がった。


 まず仕掛けたのは、初めに動き出したマクスだ。


 マクスは恐るべき勢いで地を蹴って間合いを詰めると、挨拶代わりと言わんばかりに番野の首へ必殺の一撃を叩き込む。


「うおおお!?」


 事前に緊張感を調節していた事が功を奏したのか。

 マクスの速攻に動揺しながらも、番野はしっかりとその凶刃を剣で防いだ。


 今の一撃で番野の首を落とすつもりだったらしいマクスが番野の対応に感嘆の息を漏らす。


「ほう。今ので素っ首落とすつもりだったのだがな。流石の対応だ、褒めてやる」

「うるせえ! 上から目線で余裕振りまくんじゃねえ!」


 怒号と共に、番野は剣を強引に振って競り合いを終わらせる。


 職業(ジョブ)の補正で強化されている番野の腕力にマクスは為す術無く後方に飛ばされてしまう。


「……なるほど素晴らしい力だ」

「おおおおお!!」

「それにーー」


 と、ぶつぶつと呟きながらマクスは難無く番野の追撃を止めてみせる。


「ーーッ!!」


 しかし、番野の攻撃は終わらない。


 袈裟斬りにしていた剣を、受け止めた鎌から離さずにそのまま刺突に切り替える。

 タイミング的にも完璧な切り返しだ。


 が、それは一般的な立会いにおいての話。


「マジかよ……ッ!?」


 無言で、首だけを曲げてそれを避けたマクスに番野は驚きの色を隠せないでいた。


 すると、そこで一瞬気が抜けた番野の腹部にマクスの蹴りが突き刺さり、番野の体がくの字に曲がる。


「が、はッ!!」


 続けてマクスは鎌の柄尻で番野の顎を容赦無く打ち上げる。


「ゴ、……!?」


 鳩尾をモロに蹴られ、ショックで無防備になっていたところにさらに常人であれば即死は免れない攻撃を受けた番野は軽々と宙を舞う。


 番野の体はそのまま空中で一回転してうつ伏せの状態で乱暴に地面に着地した。


「なかなか素晴らしい剣筋だ。それに加えて磨けばまだ光るぞ」

「か、がぁ……」

「まあ、磨ければだがな」


 脳を揺らされた事で前後不覚になっている番野は未だ立ち上がる事が出来ないでいた。

 マクスはそんな番野の前髪を掴むと、ちょうど首を刈り易い位置まで引き上げる。


「ぁあ、あ……」

「無様だな。もう少し楽しめると思うたが、まあこんなものか」


 そっと番野の首に白刃が添えられる。

 あとはいつものように引くだけ。


 だが、


「番野さんっ!!」

「ーーハッ!?」


 突然響く、まるで懇願するように叫ぶ少女の声が、番野の意識を急覚醒させた。


「何ッ!?」


 意識を強制的に呼び戻された番野は若干の吐き気に顔をしかめるが、それを瞬時に振り払う。


 そして、番野が取った行動は、


「もらったあ!!」


 マクスより力で勝る番野は、マクスの右手首を思い切り握って自分の髪から手を離させると、そのまま手首を捻り上げた。

 それも、ただそうするだけでなく、自らの体もそれに合わせて移動する事で回転力を上乗せしたのだ。


(こいつに手加減なんか必要無え。ついでに肘が折れればラッキーだ!)


「ぐおおおお!!」


 普段曲がらない方向に腕を曲げられたマクスは堪らず宙を舞って地面に叩きつけられる。


 無論、それだけで終わるほど番野も甘くはない。


「はあッ!!」


 仰向けに倒れたマクスの喉元目掛けて放つのは己の爪先。

 人体の急所の一つである喉を潰し、敵を確実に絶命させる為の古武術の技だ。


(これはマズイッ!!)


 後頭部を強打した痛みに表情を歪めながらも視界の端でその動作を見たマクスは咄嗟に左手で防いだ。


「っ、ぬううう!!」


 ミシミシと骨に食い込む感触が番野の足を伝う。

 軽くてひびが入ったと番野は確信を得た。


 しかし、それがアドバンテージになり得る程、この戦いは甘くはない。


「捕らえた」

「え?」


 マクスは一瞬油断した番野にほくそ笑むと、今も握り締められている右手を自分の方に引いて番野を引き寄せる。


 マクスの左腕の事で注意が散漫になっていた番野は、ぐらりと体勢を崩す。

 危険だと思って踏ん張るが、既に遅かった。


 マクスが負傷した左手で懐から取り出したのは、丁寧に磨きをかけられた刃渡りの小さな短剣だった。

 マクスの本来の狙いはバランスを崩した番野がそのままこれに倒れこんで来る事だったが、


(僅かでも前のめりになったのならばそれで十分!)


 マクスは渾身の力で番野の足を払うと、目一杯腕を伸ばして左腕を一閃。狙いは胸。


「うぐっ……!」


 鋭利な刃が皮膚を裂き、肉に食い込んで繊維を断ち切っていく。

 熱さにも似た鋭い痛みが番野を襲った。


(久し振りだぜこの痛み……。シュヴェルト以来だ……)


 胸を切られた番野は痛みから反射的に後ろへ下がってしまう。


(好機ッ!!)


 番野の拘束からまんまと逃れたマクスは右手で鎌を取り直し、起き抜けに一撃を加えた。

 普通の剣より遥かにリーチの長いマクスの鎌は後退した番野をその射程に易々と収める。


 だが、番野も素人ではない。

 追撃が来ると見るや、鞘の剣に手を掛けてすぐさま防御に移る。

 そして、マクスの攻撃を受け止め、こちらが攻勢になるーー筈だった。


(右腕が……!!)


 番野の体の筋肉が、斬撃を受けた為にショックで一時的に硬直していたのだ。

 硬直してしまった筋肉は、咄嗟の素早い動きには対応できない。


「ッ、が……」


 結果として、下から切り上げるようにして振るわれた一撃は、番野の左腕を付け根から斬り飛ばした。

 その瞬間、切断面からドボリと大量の血液が流れ出した。


「う、ぁぁ……」


 想像を絶する痛み。これまでに経験した事も無い、筆舌に尽くしがたい痛みが番野に悲鳴を上げさせる事すら忘れさせる。


 一度に大量の血液が失われたせいで、番野の意識が一瞬途絶える。

 ドサリと前向きに倒れて、頭部が地面に打ち付けられる。


「ガ、ッ……!」


 しかし、幸いにもその衝撃で番野は意識をなんとか取り戻した。


 意識を取り戻した番野は、恐る恐る左肩のあたりに目を向けた。

 そして、目の前にあった光景に思わず吐き気を覚えてその場にうずくまった。


 目の前で赤い水溜りを作り出している番野に、マクスは非情に問いかける。


「左腕、失くしてしまったな。どうだ、血液が失われる感覚は? 反応を見る限り、そこまでの深手を負ったのは初めてだろう」

「はぁ……はぁ……」


(体から力が抜ける……。立とうとしてるのに、それすらもままならない……。だんだん、ボーッとしてきた……)


 失血によって番野の息が荒くなり始める。

 死が近付いてきた証拠だ。


「力が抜けて、徐々に眠たくなってくるだろう? どうだ、それが『死』だ。番野護。それが貴様の運命だ」

「……れ、の、……えい……」

「そうだ。結局、あれだけ『皆を護る』『皆を助ける』などと大口を叩いておきながら何も為す事ができない。それこそが貴様の運命だったのだ」


 既に言葉の発音すらも危うくなっている番野に、非情に、そして無常にマクスは言った。


『マクス』は天を仰ぐ。

 かつて自分が居た場所を思い浮かべながら、同じように退屈に繰り返してきた毎日を思い出す。


「人間は定められた運命には抗えない。これまで裁いてきた者共もそうだったが、皆一様に運命が終わると同時に死んでしまう。此奴もまたそれらと同じよ」

「番野さああああん!!」


 少女の嘆きの叫びが『マクス』の耳朶を打つ。

 しかし、それよりも『マクス』の心には悲嘆の感情が浮かび上がっていた。


「やはり人間は、運命には抗えぬ。少しだけ。本当に少しだけ、期待していたのだがな……」


 《勇者》が、死んだ。

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