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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第五章 譲れないもの
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第77話 贖罪

「ーーッ!? なんだ、今の音! 爆発か!?」


 突然森の奥から響いてきた轟音に思わず思考を中断させられる。

 それによって番野は石川とマクスの戦闘で何か変化があった事を理解した。


(あいつ、まさか戦ってるのか? あんだけ戦うなって言ったのに!)


 そこで急に浮かび上がってきたマクスの石川を追い掛け始める直前に向けてきた醜悪な笑みが余計に焦燥感を募らせる。


 しかし焦燥感が募っていくにつれて未だ能力の謎が解けないでいる自分への苛立ちも増していく。


「くっそおおおお! 動け、動けよ俺の体!! 今動かねえとダメなんだろうが!! 今動かねえと俺は、また大事な物を……!!」


 失ってしまうと、泣き出しそうになりながら縫い止められている体を前に出そうとする。


 目の前で今も戦い続けている夏目、決死の思いで時間を稼いでいる石川、そしてどこか番野の知らない場所で待っている美咲達に手を伸ばすように。


 その時だった。

 どんなに力を込めてもピクリとも動かなかった番野の体が、番野の意図した通りに動いたのだ。


 まるで、縫い目が解かれたように。


 しかし、それがあまりにも唐突過ぎたせいで番野はそのまま前のめりに倒れ込んでしまった。


「あ……?」


 地面に顔を着けて土の匂いを嗅ぎながら番野は困惑する。


 何故、マクスの能力が解けたのか。

 時間制だったのか?

 自分がいつの間にか条件をクリアしていたのか?


 だが、今の番野にそれを知る由は無い。


(今は考えても仕方ねえか。なら、まずは夏目の安否を確認だ。大丈夫だよな、夏目……!)


 番野は不安な表情を浮かべながら眠り続けている夏目の下に駆け寄った。


 そして不安と期待の入り混じった手つきで夏目の口元に手をかざす。


 僅かに。本当に僅かにだが今にも消え入りそうなか細い息がかざした掌にかかって少しだけ番野を安心させた。


 だがその安心も一瞬だった。


 今の安心は、番野が既に夏目の息が途絶えているという最悪の状態を想定していた為に生じたに過ぎず、夏目自身の状態は今も変わらず悪化していくばかりだからだ。


(何で俺はマクスの能力から解放されたのに夏目のは解けないんだ? 俺に使ったのとは仕組みが違うって言うのかよ!)


 どうすれば良いんだと、番野は歯噛みした。


 ふと夏目の顔を見やると、先程よりも苦しそうな表情をしているように見えた。


 悔しさに、思わず地面を殴りつけていた。


 鈍い痛みが左手の感覚を支配する。

 皮膚が裂け、割れた拳からは血が次々と流れ出る。


 すると、そうしている番野の脳裏に先刻にマクスが口走ったセリフが過ぎった。


『助かるかどうかは、彼女次第でしょうねえ』


「夏目次第、か。そうだよな。その通りだ。夏目の過去()を贖罪できるのはあいつ自身しかいない」


 そして、そこに自分が介入するのは無駄で余計な行為なのだと番野は心中で理解していた。


「だけどな、それでも俺は夏目を信じる。ちゃんと過去と向き合って帰って来いって応援する。それが、今の俺にできる事なんだからな!」


 ガシッと夏目の手を握る。

 細く華奢で、白い雪の結晶のように繊細な手。これ以上力を込めれば砕けてしまいそうなほど弱々しい。


 過去、そんな夏目の身にどのような災厄が降りかかったのかを番野は知らない。

 そのせいで夏目が元の世界でどんな思いをしてきたのかも知らない。


 しかし、番野は無礼にも夏目の過去()に寄り添う事を決めたのだった。


「頑張れ、夏目! 俺だけじゃねえ。石川もお前が目を覚ますのを信じて頑張ってくれてんだ。だから、帰って来い! 夏目!!」


 言って、期待の押し付けにも程があるだろうと自責する番野。


 だが、その言葉は確かに夏目の過去()に光を灯した。


 ○ ○ ○


 物陰から出てきたわたしにジロリと無言の視線が向けられる。


 先生も信じられないような顔をしてわたしを見る。パクパクと何か言いたそうに口を動かしているけれど、なぜだか言葉が出ないらしい。


 きっと嬉し過ぎて言葉が出ないんだなと、わたしは思った。


「…………」


 男は依然として何も語らないが、それでもその瞳が「好都合だ」とでも言いたげに伏せられている。


 やはり、初めからわたしが狙いだったようだ。


 ならば一石二鳥ではないか?

 男の願望も果たせて、先生の願いにも応えられる。


 男は手慣れた所作でわたしの首を鷲掴みにした。


 苦しい。息がしにくい。


「…………」


 男は何も言わない。


 男はわたしの首を握っているのとは反対の手でナイフを持ち、これ見よがしに振り上げる。


 狙いは首か、胸か、額か。


 何れにせよ、もうわたしが死ぬ事は決まっている。


 ーーそう、思った時だった。


『帰って来い! 夏目!!』


「……ッ!?」


 男が突然たじろいだのだ。


 わたしは驚いて見上げると、男のナイフに光が反射しているのがわかった。


 恐らくは、いや、確かにあの反射光が男の目を一瞬焼いたのだろう。だけれど、今の時間帯はこの教室に光が入って来る事なんてあり得ない。


「なんで……?」


 そして、その次の瞬間に起こった出来事をわたしはきっと忘れないだろう。


「逃げなさいっ!!」


 先生の大きく荒げた声。


 先生は、男がたじろいだ一瞬の隙を利用して男をわたしから引き離したのだ。


「どうして……?」


 ますます訳がわからない。


 その行動はまるでわたしを助けようとしているようじゃないか。

 このままでは、わたしは助かってしまうじゃないか。


 わたしは先生の願い事を叶えてあげようと思っていたのに。これでは果たせなくなってしまう。


 心の中ではそう思って、また男に捕まりに行こうとしたけれど。


 どうしてわたしは、泣いているんだろう。


 男を羽交い締めにしていた先生だけど、やはり力負けしてすぐに振り払われる。


 苛立ったのか、男は優先順位をわたしから先生に変えた。


 無防備な先生の背中にナイフが突き刺さる。


 でも、先生は悲鳴を上げなかった。

 それどころか、まっすぐにわたしを見つめて微笑んだ。


 痛いはずなのに、苦しいはずなのに、叫びたいはずなのに、それでも先生は微笑むのを止めなかった。


 そうして、先生は微笑んだままわたしに言った。


「生きて」


 これが、あのとき聞こえなかった言葉だったのか。

 そう確信した時、わたしの足はもう動き出していた。


 積み上げられた段ボール箱の山をかき分け、出口を目指す。


 男は慌ててわたしを追おうとするが、わたしの方が速い。


 ノブに手を掛け、回して開く。


 わたしが外に出ると、そこにはたくさんの警察官が集まっていた。


 飛び出してきたわたしを、警察官の一人がとても驚いた表情で保護してくれた。


 続いて聞こえたのは幾つかの発砲音。


「……先生、ありがとう」


 きっとそのお陰で、警察官にわたしの呟きは聞こえなかったのだと思う。


 こうして、わたしの贖罪は終わったのだった。



 《報告》

【当事件に於ける犠牲者の数、五〇人。生存者は女子児童が一名のみ。

 犯人は江口勝之(えぐちかつゆき)、四二歳。無職。六歳の一人娘を育てるシングルファーザー。

 犯行動機は自分の娘が生存者の女子児童に何らかの口論で言い負かされた事に対する逆恨み等が判明している。

 また、園内に残されていた大量の銃器等から協力者がいるものと思われる。これについては、引き続き聴取や捜査を行う方針である。

 以上。

 ※一部、情報の開示を禁ずる】


 ○ ○ ○


「うぅ……。番野、さん……?」


 弱々しい声。

 だがそれは番野が今最も求めていた物だった。


 番野はうっすらと目を開けてこちらを見る少女に言う。


「ーーッ!! 夏目、目が覚めたか!?」

「はい、なんとか。それと、あんまり強く握られると手が痛いですよ」


 言われて意識を向けてみると、握る手にいつの間にかかなりの力が入っていた事に気付き、番野は慌てて緩める。


「あ、ああ。そ、そうだよな。悪い」

「いえ、番野さんが謝る必要はありません。元はと言えばわたしがあの術に掛かってしまったのが悪いので。

 それと、わたしが眠っている間、もしかしてずっと手を握っててくれたのですか?」

「いやあ、ずっとって訳じゃないんだが、まともに動けるようになってからだな。握ってたのは」

「そうなのですね。では、あの光は……」

「お? どうした?」

「いえ、なんでも。とにかく、ありがとうございました。番野さんのそれはとても力になりました。それが無かったら、わたしは今ここにいないかったかもしれませんし」

「そうか。そいつは良かった!」

「ふふ」


 言って、にっこりと微笑んでみせる番野。

 そこに何かの面影を感じたのか、夏目の表情もどこか安心したようにほころんだ。


 夏目が目を覚ました事で差し当たっての目標は達成されたが、ゆっくりと感慨に浸っている時間は生憎と無い。

 番野はマクス、そして石川の事に思考を切り替える。


(あとはあの二人だ。

 マクスの奴は俺が相手をするのが一番だろうな。夏目や石川には到底手に負えない。軽い援護くらいなら頼めるか?

 石川は、さっきの爆発が気になるところだが、やはり俺はあいつを信じよう。あいつならきっと無理せずに上手く逃げ回ってる筈だ)


 と、真剣な表情で考え事をしている番野に申し訳なさそうな声が掛けられる。


「あ、あの、番野さん」

「ああ。どうした?」

「その、手……。もう、大丈夫ですよ……?」

「おおう。そういやそうだったな! 悪い悪い」


 手を離した番野は、なんとかこの微妙な空気を改善しようと話題を変える。


「そういや夏目。お前、確か信号弾みたいなの使えたよな?」

「あ、はい。使えますが、一体何に使うのですか?」

「ちと諸事情で物理的に動けなかった俺に変わって今石川がマクスを一人で引きつけてくれてんだ。だから、もう大丈夫だって事を伝えねえといけないからな」

「そうだったのですか。あの人が……。わかりました。今すぐ打ち上げますね!」


 夏目は早速立ち上がって魔法の準備を始める。


 が、それよりも早く、そこに人影が現れた。


「信号弾なんて打ち上げる必要は無い。私はもう、ここにいるのだから」


 番野はその姿を見て、雷に撃たれたような衝撃を受けた。


「マクス……! 何で、お前がここにいる……!」


 問われた死神は、ただ顔に禍々しい笑みを貼り付けるばかりだった。

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