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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第五章 譲れないもの
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第76話 何度も繰り返して

「いただきます!」


 殺戮者の狂った雄叫び。

 奇妙なまでに並びの良い歯が歪な口腔から覗く。


 そして、若く豊潤な魂を喰らわんとギラリと不気味に煌めく刃が石川の首を刈ってーー


「させーー」


 命の危機にさらされ、焦りと次々と流れていく走馬灯を堪能しながら石川はおもむろにポーチに手を突っ込んで、


「るかよおっ!!」


 投げた。


「あ……?」


 まさかの行動にマクスは一瞬呆気に取られる。

 しかし、鎌のスピードは依然として落ちず。


 結果として、石川の首よりも前にあった謎の球体が先に刃に襲われる事になった。


 変化は、次の瞬間起こった。


 球体が真っ二つになった瞬間、世界が真っ白に染まったのだ。


 光量約一〇〇万カンデラ、音量約一七〇デシベル相当の閃光と大音が世界を支配していた。


 マクスが切り裂いた物。

 それは、異世界の天然素材で作られた石川お手製の音響閃光弾(フラッシュバン)だったのだ。


「ごっ、あ、がああぁぁあああッ!!?」


 それをまともに、距離にして三メートルも無い至近で食らったマクスは人とは思えないような悲鳴を上げる。

 さしものマクスもこれは堪えたらしく、僅かに鎌の軌道が逸れる。


「くっ……」


 僅かに直撃コースから外れた鎌は石川の首の皮を薄く裂いただけに止まった。


 鎌が通過すると同時に石川が初め放っていた鉤爪が近くの木を捉え、石川はそれをフック代わりにしてその場から逃走した。


「貴様ああああああ!! 殺、してやるぞおおおおお!!」


 一時的に全感覚が死んだマクスが、奈落へと落下しながら呪詛の雄叫びを上げる。


 石川はそこから放たれる狂ったような殺意を背中で感じ取り、まったく止まる様子の無い冷汗を拭った。


 とはいえ、石川も決して無傷であの場を切り抜けた訳ではなかった。


 石川は直前に目と耳を防御していた為、マクスよりかは多少ダメージが少ないものの、距離があまりにも近過ぎた。


 炸裂した瞬間に発せられた熱が左腕を焼き、耳は今も中に針を通されたような鋭い激痛が走っている。三半規管も少しダメージを受けており、気を抜けば危うく転落しそうになる。


 しかし、命は拾った。


 結果としては先の攻防は自分の勝利と言えよう。


 石川はある程度距離を開けると手近な木の枝に腰を据え、感覚神経の回復を始めた。


(あれだけまともに食らったんだ。いくらあのバケモンみたいな奴でも、しばらくはロクに動けねえはず。

 それにこの高さだ。受身が取れてねえとしたら、奴は相当なダメージを負ってるはずだ)


 そのまま五秒、十秒と経って、ようやく感覚がハッキリとしてくる。


 石川はそこで立ち上がった。


(よし。じゃあこのままとっとと逃げおおせるとすーー)


 瞬間。思考が、止まった。


 石川は、現実を見せ付けられる事になる。


 ドズッという重い音。


 石川の真横、年月を重ね立派に育った樹木の幹に今しがた生えた枝は罪人の魂を一片の容赦も無く刈り取る断裁の象徴。


 そして、その持ち主の見える筈の無い眼が奈落から狩るべき罪人を視界の中心に捉えた。


 狂笑(わら)う。


「ふふ、フ、ふふふふフフフふハハハハははははッ!! ああ見つけた……。見つけましたとも、そこにいるのを。ならば、もう逃がさん。罪深きタマシイよ!!」


(お、い、ウソ、だろ……? 人間なら、死んでもおかしくねえ……いや、確実に死ぬ高さだぞ!? 本物のバケモンになったとでも言うのかよ!)


 ふらりふらりと今にも倒れてしまいそうな足取りでゆっくりとマクスが迫る。


(本、当のバケモン……?)


 その光景に、石川は計り知れない怖気を覚え、同時にある考えに行き着く。


(まさか、呑まれた……? 確証は無い。ただ、奴から感じる気配が、明らかに人間のそれじゃねえ。

 けど分かるのは、奴はもう《裁定官》である前に人間を辞めちまったって事だ)


 目の前にいるのは最早同じ人間ではない。


 本当の死神だ。


 尋常でない事態に発展しながら、世紀の大怪盗(石川つぐめ)の逃走劇は第二幕を迎える。


 ○ ○ ○


 ずっと同じだ。


 何度繰り返したかわからないけれど、この光景だけはいつもわたしの胸を締め付ける。


 わたしが物陰に隠れていて、部屋の様子を見ていると、男の人が入ってきて先生を殺してしまう。


 その時の、先生の表情と言葉。


 言葉と言っても、先生は声を出していないから声は聞こえない。

 でも、口の動きで何を言っているかはわかる。

 それができるくらい、わたしはエライから。


 いつも先生は苦しそうな表情でわたしに『死んで』と言う。

 でも、わたしはその頼みを聞かなかった。聞けなかった。


 多分、それがわたしの罪。拭いきれない罪の記憶。


 思えば、わたしを一番よく構ってくれたのはこの先生だ。

 幼稚園の頃からエラかったわたしは、周りの子達とどうにも話が噛み合わなくて友達が一人もいなかった。


 他の先生達も、優しくはしてくれるけど、ちょっとそっけなかった。


 だからわたしは一人になった。


 そしてある日、この先生が新しく入ってきた。


 教室の隅っこで一人で遊んでいたわたしにこの先生はいつも話しかけてきた。


 初めは疑った。どうせこの先生も話している内に離れていくんだ、と。

 だからわたしは、わざとエラぶって話した。


 でも、この先生は他の先生みたいにうざったそうな顔をしなかった。むしろ笑顔で「偉いんだね」とわたしを褒めてくれた。

 不思議な感覚だった。


 気付けば、こうして先生と話すのが日課になって、日常になって、理由になっていた。


 今のわたしがあるのも、この先生のおかげだ。


 だからこそ、その“お願い”は衝撃だった。


 男の人が怖いのもあったけど、動けなかった一番の理由は驚きが、悲しさが大き過ぎたからだ。


 だけど、今はもうそんな物わたしには無い。


 何度も何度も何度も何度も何度も何度もなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんども……。


 繰り返し過ぎたせいで、今のわたしには何も無くなっていた。


 何も。なにも、かも。


「だからね、せんせい。こんどはちゃんと、“おねがい”聞けるよ?」


 これはエライ選択だから、先生はまた褒めてくれる。

 いつもよりずっと、ずっと「エライね」って。


 わたしは笑顔で、物陰から出た。

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