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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第五章 譲れないもの
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第74話 信じる事

(か、体が……、動かねえ……?)

 無理矢理動こうとしても、まるで体が地面に縫い止められたかのように一ミリも動かない。

「いかがですか、私の能力は?」

「最悪だな。カラクリが分からないのもだが、お前みたいな奴に命令されてその通り行動しちまってるところに余計に腹が立つ」

 番野は試しに指や動かしてみるが、やはりピクリともしなかった。

 それに加え、先程から僅かに感じる息苦しさは呼吸すら封じられようとしているからか。

 こうして敵を眼前にしても敵の攻撃を回避する事はおろか、ただの移動ですら叶わないのだ。

 だが、辛うじて目が動かせる事で自分の首を刎ねんとする刃が見えるのだけが救いだろう。

 状況はまさに絶望的と言う他なかった。

 だから、この状況を打開する為には何としてもマクスの能力の正体を暴く必要がある。

 ヒントは非常に限られているが、それでも何とかして解き明かさねば命が無い。

 死を間近にした番野の頭は不思議と混乱も無く隅々まで冴え渡っていた。

 闘っている夏目の事も、居場所も未だ知れない美咲の事すらも一度全て忘れて思考の流れを妨げる要素を除く。

 そして記憶から必要な情報のみを引き出し、回転が始まる。

(引き伸ばせ。とにかく考える時間を稼げ。そして暴き出せ。あいつの能力の正体を!)


 ○ ○ ○


 わたしはどこにいるんだろう?

 わたしはなにをしてるんだろう?

 顔を上げる。

 今は時間帯で言えば昼間の筈なのに、わたしのいる場所は嫌に冷たくて、恐ろしくなる程暗い。

「ああ、またここですか……」

 わたしの呟きは、深い闇に呑まれた。


 ○ ○ ○


「そういえばそこのお嬢さん、贖罪を始めてから三分ほど経ちましたか」

「それが、どうしたってんだよ?」

「クク。分かりませんか?」

 マクスは嗤う。

「制限時間ですよ。罪を償い切るまで待ってあげられるほど私も暇ではないのでねえ」

 まるで面白がるような口振りのマクスに番野は一瞬眉をひそめるが、見せた反応はそれだけだった。

 思わぬ肩透かしを食らったマクスはぽかんと開口する。

「おや、怒らないのですか? 焦りすらしないとは。普通なら怒り狂ってもおかしくはないのですが……」

「信じてるからな」

「……何です?」

「俺は信じている。あいつなら、自分の過去にもしっかりと向き合える。きっと、いや絶対に、あいつは帰ってくる」

「…………」

 その言葉を受けたマクスは顔から表情を消した。

「ーーッ」

 思わず番野は息を飲んだ。

 その様子は、本当に死神が目の前に現れたのではないかと思わせるほど不気味な威圧感を感じさせた。

 そして番野の前に移動し番野の胸ぐらを掴んで無理矢理引き寄せた。

「ぐッ」

 首が絞まり、苦悶の声を上げる番野に、マクスは声を荒げる。

「軽々しく、“信じる”などと口にするな! 貴様は信じるという事がどういう事か分かっていない!その言葉の重みも知らないクセに簡単に信じるなど口にするな!」

「何をっ、ーー」

 番野が何か言い返そうとした直後、胸ぐらを掴む手の力が抜け、番野はそのまま地面に落下する。

 腕の動きを封じられている番野は受け身が取れず、体に鈍い痛みが走る。

「イッテ……。一体どうしたってんだ!?」

「信じる事の重みを知らないあなたが他人を信じるなど許されない。だから、あなたが信じるモノを私は壊します」

 虚に語るマクスの瞳の先には己の最も忌むべき過去と向き合う少女の姿。

「なっ、おい待て!」

 それでマクスが何をせんとしているか察した番野が動ける限り体を動かして訴えるが、途中で倒れてしまい、声も届かない。

 一歩、また一歩と、死が近付く。

 眠る少女を見る目に感情は無い。

 そこにはただ与える者と享受する者のみがいた。

 そして死神は少女の白く細い首に刃を掛ける。

 あとは、ゆっくり、刈るだけ。

 死神が声を上げる。

「どうか、幸福な死を」

 無感動に発せられたその声は、何故か悲哀を感じさせた。

「やめろおおおお!!」

 次の瞬間、番野の叫びも虚しく、少女の命は刈り取られーー


「させるかあああああ!!」


 その時、突如飛来した短剣がマクスの意表を突き、肩に突き刺さった。

「があッ!? くっ、誰です!?」

 突然入ってきた邪魔に戸惑いつつも、マクスは即座に周囲を確認する。

 一方で番野は、初めこの場にいた筈の人物が一人消えている事に気付く。

「あ、まさか……!」

 背後に気配を感じて振り向くと、後ろに生えている大木の太い枝の上に、ある少女の姿があった。

 その少女は腰に手を当てて自らの存在を誇張するように声を張り上げる。

「はーはっはっはっはー! 戦場に響く笑い声! 誰だと思って天を仰げば、そこには謎の人物あり! 世紀の《怪盗》石川つぐめとは私の事だああああ! そして私はビビって逃げてた訳じゃないぞおおおお!」

「小娘が。貴様如きが天を語るなど……!!」

 マクスの殺意の籠った視線を受けるが、石川はそれを余裕の表情で受け流した。

 姿が見えなかったために逃げたのではないかと思っていた番野は、いつかの夜と同じように現れた石川に驚く。

「お前、逃げたんじゃなかったのか!?」

「逃げてないっ! そう。私はチャンスを狙って、隠れてただけだっ!」

 そう言うと、石川は枝の上から飛び降りた。

 それに合わせて、マクスがゆらりと石川の方を向く。

「……邪魔をするな小娘。さもなくば死ぬ事になる。この私でも、貴様のような未だ幼い命を刈るのは気が引けるのだ」

「へっ。それにしちゃそいつを殺そうとするのに抵抗が無いように見えるけどなあ」

「区別がはっきり付いていると言って欲しいものだな」

 それを石川は鼻で笑う。

 そして、視線をマクスに据えたまま石川は番野に言う。

「情けない様だな」

「否定はできねえな。……で、どうなんだ?」

「多少の時間稼ぎ程度なら。でも、それ以上はムリ。ちょっとでも勝ちに行ったら殺られる」

 と言いつつも、一つも恐れた感じを見せないのは自信かそれとも虚勢か。

 しかし、石川の瞳には確かな決意と呼べる物が映し出されていた。

 それを読み取った番野は一度石川に全てを託す事を決めた。

「分かった。少し頼む。だが、絶対にまともに勝負をするな。時間を稼いでくれるだけで良い」

「あい了解!」

 石川は一歩前に出る。

 番野に何か勝算があるのかは敢えて聞かない。それは石川が会って間もない番野を信じているからだ。

「話し合いは、もう十分ですか……?」

 そして石川は改めてマクスと向き合うと、挑発的な態度で言った。

「さあ来いよ死神。次は私と遊ぼうぜ」

「良いでしょう。では私が鬼ですので、ーー死ぬ気で逃げてくださいね」

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