第73話 何をしてでも
互いに相手の必殺を己の必殺で受け止め、今はどちらが押し切るかの競り合いが繰り広げられている。
互いの武器が相手の武器を噛み砕かんとギリギリと唸りを上げる。
(……こいつ、力も結構強い。たく、こんな細い腕のどこにそんな力があるってんだよって感じだぜ)
(ふむ。なるほど、納得の強さです。この力にあのスピード。にわかには信じられませんでしたが、シュヴェルト憲兵団長を打倒したと言う噂は真実だったようですね)
両者が拮抗した状態で相手の持つ力をひしひしと感じ取っていると、若干力で勝る番野が徐々にマクスの大鎌を押し始めた。
「くっ……」
押されるマクスの足が地面を少しずつ抉っていく。
番野の剣が着々とマクスの体に迫る。
「フッーー」
が、そこでマクスは敢えて鎌を持つ手の力を緩めた。
「ッ!?」
必然、剣を抑える力を失った鎌は中心辺りを緩く握るマクスの手を支点として空中で回転する。それによって一瞬だけ番野の剣が自分に接近する形になるが、マクスはそれを僅かに身を捻って躱す。
そして、回転した鎌の柄が剣の刃を打ち上げた。
「うっ……!」
大鎌の質量+押し込んでいた力の衝撃をまともに剣で受けた番野は後ろにバランスを崩す。
そこを、マクスはすかさずそのまま回転を利用して番野の真下から土を削りながら鎌で切り上げる。
ヒン! と番野の目を以ってしても捉え切れるかギリギリの速度を以って刃が番野の皮膚を易々と裂いていく。
「がッ……、クソッ!」
一瞬の鋭い痛みに苦悶の声を上げる番野だが、すぐに体を仰け反らせ、すんでのところで体内への刃の侵入を回避する。
「ーー惜しい」
ポツリとマクスが口惜しそうに漏らす。
番野は即座に体勢を立て直し、跳ね上げられた剣をそのままに上段から斬りかかった。
「万々歳だぜこの野郎!」
「甘い。私がその程度の攻撃に対応出来ないとでも?」
が、そこは流石と言えるだろう。マクスはとっさに鎌を持ち直して防御の姿勢を取る。
「へっ」
ところが、この流れは番野の予想通りの物であり、番野の本当の狙いは別にあった。
直後、地面を大きく揺さぶる振動が番野らの真下を中心として発生した。
「なんですっ?」
マクスは突如発生した不可解な現象に驚愕し、思わず下を向く。
すると、それと同時にマクスの目を突然言い表せない程の激痛が襲った。
「が、あァァああ!! こ、れはァ……ッ!?」
番野の目的、それは土だった。
思い切り地面を踏み抜く事によって土を上に弾き飛ばす。
それは最も古典的で、戦闘において効果的な反則技。
よたよたとおぼつかない足でなんとかバランスを保っているマクスに番野は感情の込められていない声で言う。
「なに、ちょっとした目潰しだ。姑息な手だが、生憎こっちには時間が無いんでな。悪いがどんな手でも使わせてもらうっ!」
「がはッ!!」
一時的に視覚を失っているマクスの腹部に番野は容赦無く回し蹴りを叩き込む。
《勇者》の力で強化された脚力に腰の回転を加えたとてつもない破壊力の一撃。並の人間ならこの一発で意識はおろか命すら危ういだろう。
しかし、元の世界から召喚された者達はそれぞれの職業によってそれぞれ差はあれど身体能力が上昇しているため、その一撃だけでは倒れはしない。
「おおおお!!」
ならばと、番野は拳を握り追撃を図る。
「ぐ、はあッ!!」
そしてその拳は未だ視力が回復し切っていないマクスの顔面を事も無く打ち抜いた。
番野の全力のパンチをモロに食らったマクスはなす術も無く後方に吹き飛ばされ、木の幹に衝突してようやく止まった。
「か、ッ……」
あまりの衝撃に肺の空気が強制的に吐き出され、視界が明滅するのをマクスは頭を振って何とか立ち上がった。
だが、頭部に受けた衝撃は相当で、マクスの頭は軽い脳震盪を引き起こしていた。
未だハッキリとしない視界に、クラクラと揺れる頭。
これらに対しマクスは腰に提げている水筒を取り出し、顔に向かって中身をぶちまけた。
冷却術の施された水筒に入っていた水はキンキンに冷えており、マクスの意識を確立させ、同時に目の砂を洗い流した。
「ふう……」
鈍った意識を覚醒させる爽やかな感覚を噛み締め、マクスは額に掛かる濡れた髪をかき上げた。
そして、濁りのない鮮明な視界で番野の姿を捉えた。
「よくも、やってくれましたね……」
番野だけを見据えるその赤瞳は、怒りの炎を湛えている。
「眼がしっかり俺の方向いてるって事は、どうやらちゃんと見えてるらしいな。運が良かったみたいだな」
「ええ。日頃の善行のお陰でしょうね。神はきちんと私の事を見てくださっている。……嗚呼、素晴らしきかな」
「ふん。だったら、今日みたいな事もバッチリ見られてる事も忘れないようにな」
番野の皮肉にマクスは眉を震わせて言う。
「……御忠告ありがとうございます。
ですが、勘違いなさらないでください。
今回の事も、過去も、未来も、すべては天の下された命に従ったまでの事。報われはせよ、罰される事などありましょうか、いや、そんな事はあり得ません。
何故なら、私の行いは常に正しく、天の意向に沿った物であるからです」
「大した自信だな。じゃあ、もしここでお前が死ぬような事があったら、俺は天に反した重罪人になるって訳だ」
「いえ、それは違います。私は常に天の意向に沿って動いています。であれば、私が死ぬ時は天がそれを望まれた時ですので、あなたに罪が問われる事はありません」
「そうか。なら、安心して思い切りやれるな」
「ええ、お互い。ところで、あなたはこれ以降も先程のような反則技を使用するつもりですか?」
その問いに番野は言葉では返さず、ただ笑った。
「そうですか。では、私もお構いなく使わせていただきます。反則技を、ね」
「いいぜ、来いよ。これで同じ土俵だ」
軽い口調で返すが、油断はしない。
むしろ向こうが同じ土俵に立った事で先程までよりも濃度の濃い緊張感が番野を包み込む。
その僅かな雰囲気の変化を見ただけで読み取ったマクスは不敵な笑みを見せる。
「《裁定官》が命令する。罪人よ、武器を捨て、地に跪け」
「は?」
突然の命令。
番野はそれに対して反抗心以上に困惑を覚えた。
(こんなのが……。ふざけてんのか?)
確かにただの言葉ならば何も効果は無い。
だが、“言葉”という物は話す者の立場によって不思議と重みが変わる。
例えば、友人からの物は楽しくなるように。目下の人間からの物は軽くなるように。そして、目上の人間からの物は絶対性が生まれるように。
すれば、罪人と裁定官とは明確な上下関係にある。
「なッーー」
罪人は、裁定官には“逆らえない”。
「フフフ」
番野は、マクスの命令通り地面に膝を着いていた。