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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第五章 譲れないもの
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第72話 命を削る戦い

 それは、完全に相手の意表を突いた完璧な奇襲だった。

 番野が背後に回り、剣を振るモーションを取るまでマクスは番野の接近に気付く事が出来なかった。

 だがそれも、番野の移動速度が人間の動体視力を遥かに上回っていた事を考えると無理もないだろう。

 とっさにマクスが回避行動を取ろうとするが、もう遅い。

 全身のバネを以って放たれる一撃は音を超え、全てを置き去りにするからだ。

(行けるっ!!)

 剣は空気を裂き、裂かれた空気は悲鳴を上げる事すら叶わず道を開ける。

 刃がマクスの首に迫る。

 だが、殺しはしない。殺してしまっては美咲の居場所を聞き出す事が出来ないからだ。

 だから、番野は予め完成されていた『相手を斬る』という命令式を『相手を昏倒させる』という物に切り替えた。

 それには剣の腹を向けなければならず、命令の伝達、そして筋肉の連動に若干のラグが生じてしまう事になる。

 その刹那の隙に、運命が変わった。

「ふっーー」

 直後、耳をつんざくような轟音が両者の間で発生した。

「な……」

 たった今起こった出来事に番野は思わず目を剥いた。

 完璧なタイミングだった筈の攻撃が、突如目の前に出現した大鎌によって防がれていた。

「ウソだろっ!?」

「一瞬、あなたの殺気が緩みました。あなた程の手合いならば『殺す』という行動に躊躇なんてあってはならないと理解していると思っていましたよ。

 まあ、どうやらそうせざるを得なかったと言った方が良いのでしょうが、ねえっ!!」

「うおっ……」

 一瞬の隙にマクスは剣の鍔を鎌の刃でホールドし、力任せに回転した。

 全く不利な状態で空中に放り出された番野は、地面を何回転もしながら転がる。

「くっ」

 数メートル転がったところでようやく番野は受身を取って立ち上がる。

 そこは、初め自分が立っていた場所だった。

「大丈夫ですか!?」

 立ち上がった番野に夏目が駆け寄る。

 それに対して番野はこくんと頷いて答えた。

「まあな。だがそんな事より、今はこの状況をなんとかしないといけない。アイツ、かなり強い」

「それはそうでしょう。少しでも四カ国同盟に関わった事のある人なら知っていて当然の人ですから」

「俺、アイツの事知らねえんだけど」

「あなたはまだ来てから日が浅いので。ともあれ、あの人の評判は凄まじいの一言です。そのやり口の残酷さ、風貌、装いなどから彼は『白髪の死神』と呼ばれています」

「そりゃあ、御大層な呼び名だこと」

 すると、目の前の死神は柄にもなく軽口を叩いてみせる。

「そうでしょう。私もなかなか気に入ってるんですよ、その呼び名」

「ふん。別に褒めたつもりは無いんだけどな」

 それにククッと含み笑いで応じたマクスは初めの奇襲のお返しと言わんばかりに宣言する。

「では、次は私が一つ、面白い物をお見せしましょう」

「ッ……。気を付けろ!」

 何かを感じ取った番野は夏目と石川に警戒するよう指示した。

 それを受けた二人の体に自ずと力が入る。

 マクスはニンマリと嘲笑うような笑顔を浮かべた。

「宣告する」

 マクスがそう告げた途端、鎌の刃の付け根に突如大きな『眼』のような物が開眼し、それと共にマクスが異様なプレッシャーを放ち始めた。

 すると、その『眼』がギョロリと動いて夏目を見据えた。

「ひっ……」

 そのあまりの異質に普段は落ち着き払った態度を取っておよそその年齢の少女とは思えない印象の夏目だが、その仮面も今は剥がれ、年相応の少女のように竦み上がっている。

「夏目沙月。汝の罪に裁定を下す。……汝、己が罪に溺れ、自らの力で贖うべし」

「ーーーー」

 その時プツンと、まるで糸の切れた操り人形のようにそのまま夏目は横向きに崩れ落ちた。

 カランカランと夏目が持っていた杖が音を立てて転がって、止まった。

「……おい、夏目!」

 その間少しの間惚けていた番野だったが、ぐちゃぐちゃに混ざり合っていた思考を無理矢理頭の隅に押し固めて夏目の側に駆け寄った。

 番野は死んだように目を閉じている夏目の首を手で支え、揺らしながら呼び掛けるが夏目は何の反応も示さない。

 とっさに番野は夏目の首筋に支えている方とは反対の手を当てる。

 すると、小さくも確かな脈動が指を振動させ、番野は一先ずほっと安堵する。

「石川、少し、夏目を頼む」

「あ、わ、わかった」

 指示を受けた石川は突然の出来事の連続に戸惑いながらも応じる。

 そして、石川が夏目を抱えて後ろに下がったところで番野は一息で雰囲気を変えた。

「ほう……」

(雰囲気が変わりましたね。ええ。そうでなくては困りますとも)

 番野は言葉に凄まじい怒気を含ませて言う。

「おい、お前。夏目に何をした……?」

「何って、彼女には罪を償ってもらっているのですよ。大丈夫、心配はいりません。少なくとも今すぐ死ぬ訳ではありませんので」

「ふざけやがって……!!」

 あくまでもからかうように言うマクスに、番野は感情を表に出して噛み付く。

 その反応に気を良くしたマクスはさらに場を盛り上げようと番野を煽る。

「今、彼女は自分の過去の出来事を見ている事でしょう。

 人には、必ずしも自分を変えた瞬間という物があります。それは喜ぶべき事であるかもしれないし、悲嘆すべき事であるかもしれない。

 私の《裁定官》としての力は、後者の方の過去の出来事を『罪』として引き出し、それに『裁定』を下す事で刑を執行するという物です。

 私が自分で『罪』を贖えと命じた以上、彼女は己の『罪』を贖うか、『罪』に呑まれて死ぬまでその状態が続きます。

 助かるかどうかは、彼女次第でしょうねえ」

「ク、ソ野郎が……!!」

「クク。クククッ。ハーッハハハハ!! 良い。実に素晴らしい気迫。実に素晴らしい殺気!! それでこそ私の処すべき、滅するべき、殺すべき罪人という物です!!」

 マクスは高らかに笑い、謳い、番野を裁くべき罪人とみなす。

 しかし、その表情は飛び抜けて異常で狂気的。もはや聖職者のそれではなく、中世の魔女狩りの《裁定官》を彷彿とさせる。

 全ての事象を『罪』と定め、全ての『罪』を魔女(罪人)にも他人(罪無き人)にも被せ、裁く事で一時的な安心感を得る、狂った者達。

 今のマクスからは、まさにそう例えて然るべき物が感じられた。

「《裁定官》ねえ。そのザマでよく言えたもんだぜ」

「フフフッ! このザマだろうが何だろうが私はあなたを裁きます。この世の全ての罪人を裁くのが私の使命なのですから!」

「そうかよ。出来るもんならやってみやがれ。俺はお前をブッ倒して美咲の居場所を吐かせるだけだ」

「良いでしょう。そうなった時は、あの少女の居場所をお教えしましょう。もちろん、出来るものならの話ですがねえ!!」

 ズドンッと地面が爆裂した。

 既に元の場所に両者の姿は無く、再び現れたのは二人の間のちょうど中心の位置だった。

「ハハッ!!」

「ハアッ!!」

 両者の得物がそれぞれ必殺の軌跡を描き、そして両者の必殺が衝突した。

 その衝撃は周囲の草木を揺らし、森中の空気を震撼させる。

 今、互いに命を削り合う決死の戦いの幕が上がった。

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