第71話 戦闘開始
「…………!!」
一身に向けられた狂気と殺意に、番野の足はひとりでに一歩後ずさる。
そこで番野は思い切り足を叩いて何とか後退を止めた。
(なんてプレッシャーだ……)
番野はツーと頬を伝って流れ落ちる冷や汗を手で払った。
意識を切り替えろ。
意識と神経のギアを、普段の生活の物から戦闘用へと即刻切り替えろ。さもなくば次の瞬間には自分の首が飛んでしまっている可能性があるのだから。
静かに目を閉じ、荒れた心拍、呼吸、思考、その何もかもを一瞬でフラットにする。
「すぅ……ふぅ……」
そして、一度の深呼吸と共に体に走る全神経、筋肉、思考、心拍が戦闘用の物へと変わる。
「ほう……」
その様子を見たマクスは感嘆の声を上げた。
つい一瞬前まで自分を恐れ、竦んでいた人間が今ではたったあれだけの行程を経ただけで体から放つ気配がまるで達人のそれとほとんど同じ物に様変わりしたからだ。
それは最早、別人に成り変わったと言っても差し支えない程だった。
しかし、自分のやる事に変わりはない。
(目の前に罪有るならば、私はそれをいつ如何なる時であっても裁く。今日私はあの男の処罰は命じられていませんが、丁度良い機会です。ついでに裁いて差し上げましょう)
番野は僅かに腰を落とし、いつでも飛び出せる準備をしつつマクスに言う。
「お前、何者だ?」
マクスはその問いに鎌を下ろして丁寧にお辞儀をして答える。
「どうも初めまして。私はマクス=ジャッジウェル。四方四カ国同盟の特殊司法管理という役職に就いております。そして私はあなた方と同じ、向こうの世界から召喚された人間です」
「なんだって!?」
その答えには、番野だけでなく夏目、石川も衝撃を受けた。
何よりも彼らを驚かせたのは、尋常でない数の死の中心に平然と立っている男が自分達と同じ世界から来た人間だという事だった。
この男がいつからこの世界に来たのかは本人に聞く以外番野達に知る術は無いが、マクスの見た目から少なくとも自分達と同じ時間を世界のどこかで過ごしていたという事実だけは三人共が容易に想像出来た。
(しかし分からない。なぜこいつはここにいる? この惨状は、何の為に?)
「解せない、といった顔付きですね」
「ーーッ!?」
「おっと、まだ身構えなくて結構。もう少しお喋りを楽しんでからでも遅くはないでしょう?」
およそ狂気に満ちているとは思えない爽やかな笑顔を見せてマクスは語り掛ける。いや、狂気に満ちているからこそこの様な状況で笑っていられるのだろうか。
「まあ、職業のせいでしょうね、私がここにいるのは。私の職業は《裁定官》という物で、主に人の罪の『裁定』を行う事ができます。今日はこの者達の犯した罪を『裁定』しに来た次第です」
言って、ぐるりと周囲を示す。
「こいつらの、罪?」
「はい。とある理由でこの者達とは協力関係を結んでいたのですが、彼らが愚かにも我が主の意向に背いたのでこうして『裁定』しに来た訳です」
「それで、一人残さず首を落として皆殺しってか。いくらなんでもやり過ぎじゃないか? 関係無い奴もいた筈だ」
「いえ、そんな事はありません。反逆は死に値する罪です。それに、組織とは集合体であり一つの個。つまり、一個人であると認識できます。だから関係の無い人間なんていません」
「だからって、こんな惨いやり方が……」
「おや。ですが、必ずしもあなたがこの者達に私と同じ事をしなかったとも限らないのではないですか? ええそうです。そうですとも! あなたには、それだけの事をし得るに足る力と理由があるのですからねぇ」
「何?」
マクスの言葉に、番野は鋭く目を細めて問い詰める。
「お前、何を知ってる?」
「何もかもを。あなたがこの場所に出向いた理由も、どうしてこの世界に来る事を望んだのかも、ね。
ああそうそう。一つ言い忘れていました。私がここに来た理由はあなたがここに来た理由について、とても深い関係があるんですよ」
「深い関係だと? それに、俺達がここに来た理由についてって……まさか、美咲の事か?」
「はい。ご明察です」
言って、マクスはぱちぱちと小さく拍手した。
間髪入れずに番野は言う。
「美咲の事について教えろ」
「あの少女は私がここに来る一日前に別の場所に移されました。いやはや本当にやってくれたものでーー」
「美咲は今どこにいる?」
言葉を遮られたマクスは僅かに顔を歪めるが、その後すぐ元の調子で話し出した。
「さあどこでしょう?」
「話すつもりは無いって事だな?」
「……ふふ。まあ、お好きなように取っていただいて構いません」
「そうかーー」
瞬間。ズッという音と共に番野の姿が掻き消えた。
そして、マクスは番野の次の言葉を自分の真横から聞く事になった。
「ーーじゃあ、力づくで吐かせるだけだ」
「ーーッ!?」
直後、高速移動に乗せて振るわれた神速の一撃がマクスを襲った。