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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第五章 譲れないもの
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第70話 死神との邂逅

 その男はまるで暗闇のようであった。

 或いは死神のようであるとも言われるし、それそのものであるとも言われている。

 男の名はマクス=ジャッジウェル。

 年齢は二十歳前後で痩躯。

 見た目はどこにでもいそうな学生のようだが、身に纏う装束全てがその雰囲気を不気味に染め上げている。

 まず、いかにも不健康な白髪に始まり、裾がボロボロに擦り切れた黒のロングコート。そして黒のスラックス。

 それらに加え、何もかも見透かしてしまいそうな色の深い黒の瞳と背に担ぐ禍々しい形状をした大鎌が男を死神の如き印象に仕上げている。

 この男の職業(ジョブ)は《裁定官》だ。

 その役割は人の罪の判決と刑の執行。

 今日、彼が連盟から受けた任務はただ一つ。

 ある組織の裁定である。

 そしてその『裁定』は、今まさに行われていた。

「ひ、ひぃぃいいっ! た、助けてくれええ!」

「刑から逃げる。それはつまりあなたには罪を償う気が無いという事だ。死罪です」

「ひいいいッ!!?」

 そして、怯えて逃げ出そうとする盗賊風の男に《裁定官》は息をするような自然な動作で鎌を振り下ろす。

 ただそれだけで、易々と一つの命の『裁定』が終わった。

「さて」

 と言って、マクスは夥しい数の死体群の中心から正面に佇む身長が二メートル以上はあるであろう大男に視線を向けた。

「最後はあなたです。我々を裏切った罪は、一度死ぬだけでは足りませんよ?」

「ケッ。そうは言うが、事実先に契約違反をしたのはテメェらだろうが。俺ァ契約する時に言った筈だぜ、そっちが契約を破ったら俺らはすぐに鞍替えするってな。

 それにだぜ? あの小娘の送り先はお前さんの飼い主の所だぜ、《裁定官》さんよ。それでもお前さんはそのデタラメな『裁定』を下すってのか?」

 大男のその問いに、マクスは興味のなさそうな声音で答える。

「もちろんです。私の『裁定』は平等に下されるので。たとえ相手が我が主君であろうとも、悪事を働けば『裁定』が下ります」

「そうかよ。まったく、野郎は自分がこんなトンデモねえ奴を拾っちまったって気付いてんのかねえ」

「それはどうでしょう? と、少し喋り過ぎましたか。では、とっとと『裁定』を終わらせてしまいましょう。一応、抵抗はするだけ無駄であると宣告致します」

「そいつぁどうも。だけどよ、俺だって部下をこんな風にされて黙ってるって訳にもいかねえからよ。全力で抵抗させてもらうぜ」

「そうですか。そういうあなたには『斬首刑』が似合っていますよ」

 そうして、死神は歩き出した。


 ○ ○ ○


 ほとんど舗装されていない自然そのままの林道を石川を背負った状態で番野は駆け抜ける。

 夏目はその隣を魔法で飛行する。

 この構図になったのは番野に比べ移動速度の遅い石川を番野が背負う事で時間のロスを無くそうとの考えからであるが、番野はそれ以上に横合いからぶつけられる怒りとも嫉妬とも取れる視線に気が気でなかった。

 番野はそれを紛らわす為も兼ねて背中の石川に尋ねる。

「石川、あとどれくらいだ?」

「あと五分くらい。てかにいちゃん、めちゃくちゃ足速いんだな。この速さだと予想以上に早く到着できるぞ」

「そりゃあ朗報だな。ならもっとスピードを上げてーー」

「それは私が落ちるからダメだっ!」

「うっ……。ああ、わかった……」

 突然耳元で大声を出され堪らず顔を逸らすも、嫌な耳鳴りが襲う。

(相変わらず耳に響く声だな。こんなよく通る声ならちょっと離れてても余裕で聞こえるだろうな)

 などと考えながら番野は不規則に生えている木々の間をスイスイと一度も突っかかる事無く走り抜ける。

 そうしてしばらく走っていると、ふと鼻腔をツンと突くような臭いを感じた番野はゆっくりと減速していった。

 すると、突然走るのを止めた番野に対して石川と夏目が言う。

「あ、あれ? なあおい、どうしたってんだよ急に。もう奴らのアジトは目の前なんだぞ?」

「この子と意見が合うのは非常に気に入りませんが、わたしもそう思います。なぜここに来て立ち止まる必要が?」

「まあ待て。お前らは気付いてないのかよ、この臭いに」

 言って、番野は背中の石川を下ろした。

 番野に指摘された二人は不思議そうにしながら自らの鼻に意識を傾けた。

 と、先に何かを嗅ぎつけた石川が番野の背中越しに言う。

「ん、なんだこれ? なんか、金属を触った後の手みたいな臭いがする……」

「まあ、間違った例えじゃあないが、そういう事だ。こっからはちょっと用心して進む。あと、お前らはなるべく他所向いてろ」

「……わかりました」

「あ、え? ど、どういう事だよ?」

 番野の意図を汲み取った夏目は身を引き締めるが、こういった事が初めてである石川は二人の勢いについて行けずおどおどしている。

 すると、その様子から石川が場慣れしていない事を看破した夏目が厳しめに言う。

「ここからは気を引き締めて行ってください。最悪な物を見てしまうかもしれないので」

「最悪な、物? なんだかわかんないけど、気を引き締めてれば良いんだろ?」

 先に歩き出した番野を追うように夏目と石川も歩く。

「こっちで合ってるんだよな?」

「ああ、そうだよ」

 一歩、一歩と進む度にその臭いは濃くなってゆく。

 初めは鼻を突く程度の物だったのが、今では鼻で呼吸をするのが嫌になる程の酷い物に変貌していた。

 気付くと、番野は無意識のうちに剣を抜いていた。

 それほどの緊張が、この一帯を支配していた。

 やがて、先頭の番野が少し開けた所に出る。

「ーーッ!!?」

 瞬間、番野の頭を弾けるような驚愕が埋め尽くした。

(なんだ、これ!? みんな、死んでる……! 一体誰が……ッ)

 目の前に広がるは死の楽園。とある死神が地上に作り出した地獄(ユートピア)

 その中で、ただ一人死体の山から這い出してくる者がいた。

 ソレは決死の表情で前進し、前進し、その次には司令塔たる頭部が離れ、動きを止めた。

 それを行ったのはとある《裁定官》。或いは神罰の代行者。或いは死神。

(な、んだ、あいつは……)

 番野がその異様に言葉を失うなか、歩み出てきた夏目と石川も同様に口を開けたまま固まった。

「おや」

 すると、三人の存在に気付いた死神がニタリと狂気に満ちた笑みを浮かべ、カクンと首を曲げて見つめた。

(気付かれたっ!)

 戦慄。

 見つめられただけで三人の中を言い知れぬ恐怖が駆け回った。

 死神はクックッと喉を震わせて笑い、三人に、番野に大鎌を向けて言う。

「おやおやこれはこれは。あなたはもしや、件の大事件においてあのシュヴェルト憲兵団長を打倒した方ではないですか? いえいえ、返答は要りません。この鎌があなたがそうだと教えてくれましたから」


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