第68話《怪盗》の事情聴取
「よっこいせっと」
と、番野が年齢に似合わない掛け声で椅子に座り、既にテーブルに着いている他の人間に視線を配る。
番野から見て右隣に夏目、正面に石川、左隣がシーラという配置になっている。
また、テーブルに向かう表情はどれも異なっており、番野は至って平静、石川は目の前の朝食に目を輝かせ、夏目はそんな自分の状況を理解していない様子の石川を睨み付け、シーラは今から何が始まるのかといった表情で他の三人を順に見比べている。
そして、全員の表情を確認すると番野は言い出した。
「とりあえず合掌するか。いただきます」
「「いただきます」」
「い、いただき、ます?」
番野が言うのに合わせて夏目、石川がそれぞれ続き、シーラが見様見真似で言った。
すると、すぐに番野は言葉を挟む。
「それじゃ、今から被告石川つぐめの聴取を始めようと思う」
「どうぞ」
「食べながらでも良いか?」
「ダメです」
「あいたっ」
言いつつ手元のパンを取ろうとした石川を夏目がポコッとその頭にチョップを入れた。
大した威力ではなかったが、突然叩かれた事で驚いた石川は反射的に頭を押さえて訴えた。
「……わかったよ」
それを受けて、石川は渋々とパンを皿の上に戻した。
そして、番野は石川がパンを置いたのを見て、うんと頷く。
「よし、それじゃあ始めよう。石川、お前は俺の出す質問に答えてくれればそれで良い。これが終わった後は、お前の自由にして構わない」
「え、それはーー」
と、その言葉に何か言おうとした夏目を番野は無言のまま手で制した。
「まず、名前と歳。それからお前の職業を話してもらう」
「職業ねえ……。わざわざ漢字読みじゃなくってその読み方で読むって事は、にいちゃん、あっちから来たやつだろ?」
と、既に確信を得ているといった口調で石川は番野に問うた。
(まあ、流石にこんなあからさまなヒントを出せば気付くよな。というか、そうであってもらわないと困る)
とりあえずの小手調べを難なくクリアした石川に番野は一先ず安堵する。
何せ、あの程度のヒントに気付けないような注意力の散漫な人間を番野は自分の作戦に組み込もうとは思わないからだ。
そして、番野は思惑を悟られないように厳格な態度で返す。
「それに答えるのは後の話だ。まずは俺の質問に答えろ」
その言葉に、分かっていたよと言わんばかりに息を吐いて石川は言う。
「ふん、そうかよ。わかったにいちゃんの質問に答えてやるよ。私の名前は石川つぐめ。歳は一五。もうご存知の通り私もあっちから来た人間で、振られた職業は《怪盗》。こんなとこだ。これで良いのか?」
「ああそうだな。だが、まだ聞きたい事がある」
「へえ。なんだよ?」
「お前は、人を攫った事があるか?」
「はあ?」
突然おかしな事を真面目に聞かれた石川は思わず目を見開いた。
が、すぐに元の調子に戻って言う。
「そんなのある訳ないだろ。私は《怪盗》として物を盗った事はあるけど、人を攫った事なんかないし、攫おうとも思わない」
「…………。ま、確かに普通に考えればそうか。いらない心配だったな」
「ちょっと待て、どういう意味だそれ。そんな心配される程ヤバイ事はやってねえぞ」
何気なく言うと、ちびちびと手に持っているパンを食べながら夏目が言う。
「完全に開き直りましたね」
「まあな。なんせ私は今を生きてるからなっ。そんな過去の事にいちいち気を配ってる暇はねえのさ。んで、にいちゃん」
呼び掛けに、番野はパンにバターを塗っていた手を止め応じる。
「なんだ?」
「にいちゃんは一体、私の事を誰と勘違いしてたんだ?」
「聞くところによると、最近ここらでお前以外にも盗賊が出てるらしくってな。なんでもそいつらは人攫いもするらしい。で、俺の仲間も一人攫われてる。もしかしたらお前もその一員なんじゃないかと思ってな。ま、違うんなら良いんだ」
「おいおいにいちゃん、私をそんな奴らの一員だと思ってたのか? 酷い話だよ。そもそも私は《怪盗》であって盗賊みたいな野蛮な奴らとは違う。いつだって華麗に! が《怪盗》の信条だ」
と、昨晩あれだけ大きな騒ぎを起こした張本人が胸を張って自慢げに語る様を番野はやれやれと頭を振って聞き流した。
すると、ふと石川が何かに気付いたように言い出す。
「なあ、にいちゃん。さっき、最近ここら辺に何が出るって言ったっけ?」
「盗賊だよ。それに、人も誘拐するそうだ。早く奴らのアジトを見つけて美咲を助け出してやらないと……!!」
「にいちゃん。もしかしたら、私、それに役立てるかもしれない」
「ーー、なんだって!?」
石川のその予想外の言葉に、夏目も番野と一緒になって食いついた。
石川はそれらの反応に面食らう事なく言う。
「そいつらと私にはちょっとした因縁があるんだ」