第63話 復活へ向けて
「待ってください。まずは落ち着きましょう」
起き上がって早々に戦いに向かおうとする番野を夏目が抑える。
《魔法使い》という職業である夏目は魔法こそ扱えるが、身体面は普通の女子小学生となんら変わらず非力である。が、二日間眠り続けていた番野をベッドに戻す分には十分だった。
どさっとベッドに押し戻された番野は、悔しげに歯噛みする。自分の力不足を痛感したからだ。
そして、同時にそれは番野の思いを改めさせる事にも繋がった。
(こいつに力負けしてるようじゃ、救えるもんも救えないか。最悪俺までやられてしまいかねない)
はあ、と諦めたように息を吐くと番野は夏目の頭にぽんと手を置いて言った。
「確かにお前の言う通りだな。ここはまず落ち着いて準備を整えるのが先決だ」
「……ああ、あ、はい。そうですね。何事も準備が大切ですから」
少し照れたように顔を俯けて言う夏目。
その様子を見て、番野は何度か夏目の頭を撫でると手を下ろした。
そうしていると、部屋のドアが音を立てて開き、そこから中年頃のエプロン姿の女が顔を見せた。
(あの人がこの家のーー)
ふと目が合った番野は、どうも、と笑顔で会釈した。
すると、女は驚いて目を見開き、番野の下へ飛んできた。
女は興奮気味に番野に言う。
「あんた目が覚めたんだね!? もう、大丈夫なのかい!?」
その圧力に、番野は若干押されながらも応答する。
「は、はい。おかげさまで」
「いやいや、アタシらは何もしちゃいないよ。礼ならこの子に言いな。この子がずーっとあんたの面倒を見てたんだからね!」
言って、ばんばんと女は夏目の背中を叩く。
夏目は痛そうにするが、その顔は少し誇らしげでもあった。
そうだったのかと納得し、番野は夏目に礼を言った。
「ありがとな。世話になった」
「いえ。それほどでもありませんよ」
そして、女はその様子を見届けると、立ち上がって番野に問うた。
「さて、と。それじゃ、お客さんも目を覚ましたところだし、食事にしようかね。あんた、好き嫌いはあるかい?」
「ありません」
「それはよろしい。それじゃあ、うんと作ってやるから少し待っといておくれ」
「あ、わたしもお手伝いします!」
「ありがとうね。じゃあ、お言葉に甘えるとするわ」
そう言って、女は夏目と共にドアの向こうに消えていった。
○ ○ ○
しばらく経って、リビングに通された番野はテーブルに大量に並べられている料理を前にして驚愕していた。
魚に野菜、スープ、パンなど様々な料理がテーブルに彩りを与えており、またそれぞれの量が多い。
すると、愕然と立ち尽くしている番野に先程の女が楽しそうに言う。
「いやぁ〜、誰かの為に作る料理ってもんは久し振りでねぇ〜。つい作り過ぎちゃったんだよ」
「は、はは。そうですね、本当に」
「うんうん。でも、見た限りあんた今よく食べる時期だろう? ならちょうど良いんじゃないのかい?」
「はい。まあ確かに俺は今成長期真っ只中ですけど。よく見た目でわかりましたね」
「まあね。あんたがアタシの馬鹿息子と同じくらいの年だって事は見ればわかるさ。実際馬鹿息子もよく食べてたし、あんたもそうなんじゃないかと思っただけさ」
少し声のトーンを落として言った女だったが、それに対し番野は無神経にも質問をぶつける。
「ああ、そうなんですか。その、息子さんはどこにおられるのですか? 良かったら話をいてっ」
すると、話を切らせるように夏目が番野の横腹に肘を入れた。
「なんだよ夏目」
突然の肘打ちに番野が困惑気味に言うが、夏目は無言のまま番野の目を鋭い視線で見つめる。
察しろ、と言いたいようだ。
その様子に、女は慌てて言う。
「いやいや、あんたは悪くないよ。そりゃあ同じ年頃の子がいるって言ったら話してみたくもなるわよね。それにこれはもう過ぎた事だし気にしちゃいないよ。ありがとね、嬢ちゃん」
「あ……」
ここにきてようやく自分が無神経な事を口走ったと気付いた番野は女に頭を下げた。
「すみませんでした!」
「良いんだよそんなに頭下げなくても。さ、せっかくの料理が冷めちゃいけないし早く食べるよ! あんたはそこ、嬢ちゃんはそこに座りな」
「「はい」」
返事をして二人が木製のイスに座ると、女もテーブルに着いて言った。
「じゃ、食事がてら話もしてやるかねえ。と、自己紹介がまだだったね。アタシはシーラって言うんだ。あんたらは?」
「俺は番野護です。で、こっちが夏目暦」
「どうもです」
番野が名乗ると、シーラは顎に手を当て考える素振りを見せる。
「…………、変わった名前だね。アンタら、東の方から来たのかい?」
「東?」
「そうさ。アタシの知り合いに東の方から来たのがいるんだけど、名前の感じが似てるんだよ」
「なるほど。東の方、ですか……」
そう呟いて、ちらと番野が夏目の方を見ると、ちょうど同じタイミングで夏目も顔を向けた。
番野の目も夏目の目も、興味津々といった様子が現れている。
「ま、アンタらがどこから来たって良いけどね。さ、食べよう」