第62話 夢
知っている光景だと、少年は思った。
見上げた視線の先には見るからに立派な体格の青年が見えるだけでも三人。後ろにも同じくらいの人数がいる。
そして、少年はその包囲の真ん中で無様に尻餅を付いて小さくなっていた。
そう。これはまさしく見た事のある光景であり、実際に体験した出来事でもあるのだ。
何がいけなかったのだろうと、少年は幼いなりに考えた。
友達と神社に遊びに来て、かくれんぼで自分が鬼になって、友達を探しに行こうとしたら突然何かで打ちのめされた。
何が起こったのか理解できず、泣く事もままならなかった。
気がつくと右半分の景色が赤になっており、それでようやく自分が殴られたのだと気付いた。
そして、その時にはもう少年は囲まれていた。
少年は目の前の青年に見覚えがあった。
少年の家の道場に通っている大学生だ。
青年は少年を恨めしい目で睨み、先端に赤い液体が付着している木刀を持つ手に力を込める。
“どうしてお前ばかりなんだ ”
青年は少年に向けて言った。
しかし、少年はその言葉の意味が分からず、困惑した。
怯えてビクビクと震える少年を、その青年がおもむろに蹴る。
痛いのに声が出ない。言葉が浮かばない。
生まれてから初めて感じた命の危機に対する恐怖に、助けてという一言さえも思い浮かばないのだ。
逃げたくても体が言う事を聞かない。
今、自分に向けられている凶器を避けたくても動き出せない。
その時だった。
少年の後ろから短い悲鳴が聞こえると、目の前の青年が何か恐ろしいものを見ているような表情でかちかちと歯を鳴らし始めた。
何事かと少年が振り向くと、そこには黒い長髪を靡かせて立つ一見して柔和な表情の少女がいた。
だが、その姿をからは隠しきれない怒りが滲み出ていた。
その少女は少年の肩に手を置いて言う。
“もう少し待っててね ”
そして、少女は瞬く間に残りの青年達を倒すと、すぐさま少年を抱きしめた。
“ごめんね。今度からは私がちゃんとあなたを護るから ”
その言葉はとても優しく、あたたかかった。
この時を境に少年は一層自らを鍛えるようになった。
いつか、自分の大切な人を護れるようにーー。
○ ○ ○
「あぁ……。傷いってえ……」
番野は目を覚まし、開口一番に傷の痛みを訴えた。
上体を起こして見ると、体に丁寧に包帯が巻いてある事に気付く。
それに加え、何やらツンと鼻を突くような匂いは傷に塗られている薬草のせいだろうか。
とにかく、と番野は自分が目を覚ました部屋を見て思う。
「また変なところに来てしまったな……」
「口に出てますよ。それに、どこでも良いから転移しろと言ったのはあなたじゃないですか」
「お?」
不意に後ろからかけられた声に、番野は驚いて振り向く。
すると、そこには責めるような目で番野を見る夏目がいた。
番野は確認するように言う。
「俺はどれくらい寝てた?」
「三日間程ですね。まあ、あの傷であれだけ動き回ったのですから無理もありませんが。それより、わたしに何か言う事があるのでは?」
「あのな、あんまりそういう事は言わない方が良いぞ? ありがたみが薄れるからな。だが、礼は言っとく。ありがとな」
「どういたしましてです」
と、夏目は胸を張って言った。
そして、番野は夏目に自分が眠っている間に起こった出来事を聞いた。
それによると、今番野達がいる場所は連盟の影響の外にある国の村であるという事、番野達のいた森の近辺である事、最近この村が盗賊の被害に遭っている事などが分かったようだ。
そして、その中で特に番野の気を引いた情報がーー
「盗賊に窃盗以外に人攫いにも遭っている、か……」
「何か繋がりがあるのでしょうか?」
「あるだろうな。だが、まだ状況証拠しか集まってないから確実ではないんだけどな」
「そうですか。では、これからの方針はーー」
「ああ。とりあえず例の盗賊団を襲撃する事から始めよう」