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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第五章 譲れないもの
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第60話 決別

「くっそお!! なんでだ、どうしてなんだよ……!!」

 悔しげに言って、番野は手近にあった木を殴りつけた。

 ガッ、という音がして鈍い痛みが走る。

「うっ、うぅ……ぐすっ……」

 傍らでは美咲が洟をすすって泣いている。

「あぁ…………」

 そして、夏目は感情が抜け落ちたような表情をしてその場に立ち尽くしていた。

 八瀬との別離。

 それも、今後会う事は叶わない決定的なまでの別れは、番野達三人の心に大きな傷を残した。

 それは特に、夏目の心に深く刻まれた。

 番野は、やり場の無い悔しさに拳が裂ける程、幹に拳を打ち付ける。

 しかし、冷静さを欠いているように見える一方で、内心では八瀬が王都に残った理由を理解していた。

(ああ、分かってるさ。お前の考える事ぐらいなぁ……! 他に方法が無かったのだって分かる! だけどよ、何で一言も言わなかったんだよ……。俺はともかく、夏目には言っておくべきだっただろ……!!)

 番野は夏目を見る。

 夏目はあまりのショックに涙すらも流れていなかった。

 哀しみも、怒りも、そこにはおよそ感情と呼べる物が存在していない。

 この状態を形容するのであれば、人形のようだと言うのが相応しいだろう。

「くそっ……」

 番野は吐きすてるように言って視線を外す。

 すると、目を赤く泣き腫らしていた美咲が番野に言った。

「番野君は、知ってたの……?」

「いいや」

「だったら何で泣かずにいられるの……? 何でそんなに冷静でいられるのよ……?」

「冷静な訳あるかよ! それに、泣いたって仕方ないだろ……。泣いたって、あいつは帰って来ない」

「おかしいわよ、そんなにきっぱり割り切れるなんて……。君はおかしいわよ……」

 美咲が非難するように言うと、突然の出来事で心に余裕が無かったのも相まって番野は腹を立てて言い返した。

「は? あいつがどういう目的で王都に残ったか分からないくせに、勝手な事言うなよ!」

「そんなの分からないわよっ! 私は番野君みたいに賢くないから、同じくらい賢い八瀬君の考えてる事なんて分からないわよ……っ!」

 言うなり、美咲は向こう見ずに走り出した。

「あ、おい、みさーー」

 急いで引き止めようとする番野だったが、美咲が踏み込んだ際に舞い上がった砂埃と土に妨害されて動きが止まる。

 番野は埃を払って前に出るが、その時には既に美咲の姿は見えなくなっていた。

(美咲のやつ、全力で走ったな……? この分じゃ、もう遠くまで行ってるな。だが、強く踏み込んだせいで足跡がバッチリ残ってるだろうから、それを辿って行けばそのうち追い付くか)

 はあ、とため息を吐いて番野は愚痴をこぼす。

「どいつもこいつも好き勝手やりやがって。後始末する方の身にもなって欲しいぜ……」

 そして、番野は今も立ち尽くしている夏目の側に移動して言った。

「夏目。今からあのバカ美咲を追い掛けるのにお前を担いで行くが、大丈夫か?」

「…………」

(返事無し、か)

「沈黙って事は、担いでオーケーって事だな。よし、行くぞ」

 言うが早いか番野は夏目を背負うと美咲の足跡に沿って走り出した。もちろん《勇者》には転職チェンジしたままだ。

 そして、走りながら番野は思う。

 俺に夏目を戻す事ができるのだろうか、と。


 ○ ○ ○


 番野が出発したのと同じ頃、美咲は森の中の何処とも知れない場所を走っていた。

 まったく土地を知らない美咲は気付いていないが、彼女はどんどん森の奥深くに進んでいた。

 そして、そこは人も襲う危険な猛獣が数多く生息しており、猟師も好んで近付こうとはしない場所だ。

 辺りを漂う雰囲気が変わり始めている事を薄々感じながらも美咲は走り続ける。

 だが、その心にはもう番野に対する怒りは消えていた。

 今の美咲の心を支配しているのは、ひたすらに申し訳ないという気持ちだった。

 そして、それ故に後戻りが効かなくなっているのだ。

(私、番野君だって悲しいのに番野君にあんな事言っちゃって、その上逃げ出して……。ああもう、どうしよう……。番野君に会わせる顔がないじゃない……!)

 そうして、ひとしきり走ったところで体力切れで立ち止まった。

 もう自分がどこにいるのか分からない。番野と夏目がどこにいるのかも分からない。

(完全に迷っちゃったわね……。まあ、こうなる事が予想できなかった訳じゃないけど)

 美咲はとりあえず歩いてみる事にした。

 以前のように誰か会った人に道を尋ねようと思ったのだ。

 こういった場合は迷った場所から動かずに仲間を待つのが常道だが、完全には錯乱状態から戻れていない美咲はただ森から抜けようという思いしか頭に無かった。

(でも、こんなところに人いるのかしら? 歩けば歩くほど危険な雰囲気がハッキリと濃くなってきてる)

 それもその筈。美咲は猛獣達の支配する領域の、その中心部へ足を踏み入れてしまったからだ。

 もう、いつ襲い掛かられてもおかしくはない。

「ーー誰っ!?」

 その証拠に、美咲は背後で何かが動く気配を感じた。

 襲撃された際にいつでも対応できるように精神を研ぎ澄ませる。

 が、その気配が徐々に変化している事に気付いた。

(これは、二つ? いや、三つに増えた……? 何、これ。私の周りを移動しながらどんどん増えてる)

 美咲は不意に後ろを向いたりなどして気配の正体を探るが、一切姿が見えてこない。

 だが、数も増えて、その分物音も増えている。

(どういうこと? 一体、どうなってるのよ!?)

 そうして、気配の数がちょうど一〇になったところで一つの殺気が美咲に襲い掛かった。

(来た!!)

 美咲は半ば反射的に背後を斬りつける。

 が、そこには何物もおらず、剣は虚しくも空を切った。

(ウソ!? じゃあ今のはーー)

 すると、その時。美咲は耳元で囁くような声を聞いた。

「悪いが、少し眠ってもらうぞ」

「何をーー」

 慌てて抗議しようとするが、首に鋭い痛みを感じ、途端に意識が朦朧とし始める。

 首に何かを注射されたのに気付いたのは、その一瞬後だった。そして、その時にはもう立っているのもやっとな程の状態になっていた。

(せ、めて……居場所だけ、でも……)

 美咲は途切れ途切れの意識を何とか繋ぎ止めながら、叩きおらんばかりの力を込めて剣を振り下ろした。

 それは謎の襲撃者に向けて行ったのではない。

 派手な音を立てて、番野に居場所を知らせる為だ。

「くっ……。何て馬鹿力だ。こんなの喰らったらひとたまりもねえな」

 しかし、襲撃者は攻撃を外しただけだと思ってそれ以上美咲に手を加えなかった。

 そして、力を使い果たした美咲はその場にどさりと倒れこんだ。

 美咲は暗くなってきている意識の中で最後に願った。

(助け、て。番野、君……)

 そこで、美咲の意識は完全に途絶えた。

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