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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第四章 王都動乱
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第59話 処刑人

「よく、頑張りましたわね」

 と、プランセスは冷たい石造りの床に力無く横たわる八瀬に言った。

 その声音は優しくも悲哀が混じっている。

「はぁ……。はぁ……」

 対する八瀬は腹部を真っ赤に濡らし、虚ろな瞳で天井を見上げながら何とか呼吸していた。時折、腹部からせり上がってくる血液が喉に引っかかるのか、咳をして吐き出している。

 思えば、この傷と出血でここまで保ったのが奇跡だったのだ。

 体を貫通している腹部の穴からは今も捻った蛇口のように赤い水を止めどなく流れている。

 もう、そんな状態で五分以上が経過しているのだ。いくらタフな者と言えども意識を失っていても不思議ではない。が、八瀬は意識を失うどころか先程まで番野らに合わせて喋り、行動していた。その間幾度となく意識が飛びそうになったが、八瀬はギリギリのところで耐えていた。

 その心中にあった思いは、仲間に心配をかけないようにという物だった。

(だが、最後の最後であいつの一番嫌がる事やっちまったなぁ……)

 ある日の記憶が蘇る。

 それは初めて城に侵入した時で、まだ右も左も分からず、城内を歩き回っている内に憲兵団にこっ酷くやられて危うく死にかけた雨の日。

 全身傷の無い場所を探すのが困難な程多くの傷を負った八瀬は、今のように虫の息で、地面を這い、ようやく隠れ家に戻った。

 全身から血を流している八瀬を見た夏目は顔をくしゃくしゃにして泣き上げ、一晩中、一心不乱に回復魔法を掛け続けた。

 そして、それから一週間は夏目はどこに行くにも八瀬の側から離れなくなった。

 八瀬はそんな事もあったなと、顔を綻ばせた。

 だが同時に、もう会えないという事実が八瀬の胸を締め付ける。

 そう。自分はもう死ぬのだ。数分と経たぬ内に。

 そう思うと、肩の荷が降りたように苦しげだった呼吸が途端に安らかになる。

「…………」

(これで、良かったのか……? ああ。あいつらをこれ以上連盟が追えないようにするには、これしか無かった。だから、これで良かったんだ……)

「これで、良かったんですの?」

「ああ……。あいつらがこれ以上連盟に追われないようにするには、クーデターの主犯格が捕まらねえと、ダメなんだ」

「つまり、貴方が彼らの分まで背負うと?」

「そうだ。そう、すれば……連盟はあいつらから、目を離すだろうからな……」

「なるほど。考えましたわね。ですが、それはあまりにも身勝手ですわ。夏目ちゃんが貴方をどう思っているのか、貴方も気付いているでしょうに」

 そう言って、プランセスは責めるような視線を向ける。

「んな事は、分かってる、さ……。だが、大勢が死ぬよか、マシだろうが」

「まったく……。素直に白状すればよろしいのに」

 まるで、お前の夏目に対する気持ちも知っているんだぞと言っているような口振りに、八瀬はフンと鼻を鳴らした。

 と、その時。出入口の扉がゆっくりと開き、そこから一人の男が現れた。

「姫。いや、今は王国の王女様でしたね。遅くなり申し訳ございません。《裁定官》、マクス=ジャッジウェル。只今参上仕りました」

 そして、その男は深々と礼をした。

(裁定官、だと……?)

 八瀬は、裁定官と名乗った男を見た。

 その男の恰好はあまりにも異質だった。

 裾がボロボロに擦り切れた黒のロングコートに、黒のスラックスという黒一色の服装に白い短髪が不気味に映えている。

 そして、腰には提げた漆黒の剣を、背には身の丈よりも大きな黒い大鎌を斜めに差している。

 今でこそ落ち着いた態度を取ってはいるが、その本性は初対面の八瀬ですら容易に看破できる程に残虐である。

(何だ、こいつ……。裁定官ってよりか、罪人を殺すのを愉しむ処刑人だ……)

 この男こそ、目の前の罪をどこであろうとその場で断罪出来る特権を連盟から与えられた『無差別処刑人』である。

 彼がこれまで葬ってきた罪はとうに万を数える。

 その処刑場は時に路地裏で、時に白昼の町中で、時に家族団欒とする民家で……。誰が見ていようと、誰に刃を掛けようと、何時でもこの男は目の前の罪をただ残虐に、残酷に葬ってきた。

 その事を知らない八瀬でさえも、今扉の前に立つその男からただならぬ気配を感じていた。

 マクスはプランセスの側に横たわっている八瀬を見据えて言う。

「ソレでございますか、この度の罪人は?」

「ーーッ!!?」

 八瀬は突然感じた得体の知れない悪寒に思わず体を震わせた。

 すると、慌てて自分の首がまだ付いているかを確認する。

(いや、何をやってんだ俺は!? まだ切られてねえのに首が落ちてる訳ねえじゃねえかよ!!)

 マクスはただ八瀬を見ただけ。ただ見ただけだ。

 それだけで、首が落ちたと錯覚させる程の異常なまでの殺気をマクスはその一瞬だけ解放し、直後に収めた。

(こいつは、ヤバイ……!!)

 八瀬は動けないながらも神経を尖らせる。

 と、ふと八瀬は思う。

(そういや、シュヴェルトはどうした? あいつが自分の仕事をしくじるとは思えねえ……)

 プランセスがマクスに問う。

「憲兵団長殿はどうされましたの? 外にいた筈ですが」

「シュヴェルト殿でございますか。シュヴェルト殿なら庭で眠っておられますよ。死んではいませんのでご安心ください」

 問いに、マクスは顔色一つ変えずに言った。

(ウソ、だろ……? こいつ、手負いとはいえ本気を出したシュヴェルトを倒したのか!?)

 プランセスは少し表情を曇らせた。

「そうですの……。やはり、貴方の強さは噂通りのようですわね」

「いえ、そのような事はございません。今出回っている噂は余計なヒレがとお程付いておりますので。と、それはさて置き。そこで寝ている者が罪人で間違いありませんか?」

 そう言いつつ、マクスは二人の下へ歩み寄る。

 すると、プランセスはマクスに反論した。

「この者は罪人ではありませんわ。国の為に立ち上がった英雄です!」

「ですが、その者は先王を殺害しました。これは、この私が出張るには十分過ぎる理由です」

「この者がいなければ、いずれこの国は己の穢れに呑まれ、崩壊していました!」

「ですが、その者が犯した罪は国家転覆罪。通常でも死刑は確定です」

「この人がいなければ、わたくしはずっと父上に幽閉されたままでしたわ! 冷たい牢から出る事さえ叶いませんでしたのにっ……!!」

「それは王女様自身のお気持ちでございます。ですので、私では対処しかねます」

 反論する度に段々と声が小さくすぼんでいくプランセスは、マクスが目の前に迫って来たところで完全に下を向いてしまった。

 それを、ようやく諦めたと取ったマクスは背の大鎌を取り出し、八瀬の首に掛けた。

「ぐっ……」

「では、執行致します。見知らぬ罪人よ、善き死を」

 冷たくそう言って、マクスは鎌を引いた。

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