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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第四章 王都動乱
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第57話 雷竜激震

 一方は光の速度で、一方は常人を超越した脚力で、共に超高速で走る。

「ッ!!」

 どよっと軍勢が沸き立つ中、一本の光の槍が人間の動体視力では到底捉えきれない速度で軍勢に突き刺さる。

 そんな、たった一人のたった一度の突撃で、軍勢の半分近くが吹き飛ばされた。

(こ、れが、あの人の力だって言うの……?)

 美咲は、走りながらもシュヴェルトのおよそ人間の物とは思えない力を目の当たりにして戦慄した。

 もしもあの時、番野ではなく自分がこの化物と戦っていたらと思うと、思わず足が竦みそうになる。だが、今それは許されない。立ち止まる訳にはいかないのだ。

(敵が態勢を立て直す前に、もう一撃打ち込む!)

 走りながら、少しずつリズムを刻む。

 最後の踏み込みに合わせるように地面を蹴る。

 そして、渾身の力を込めてーー

「はっ!」

 跳んだ。

 超人の脚力で踏み込んだ為に、美咲の軽い体はいとも容易く宙に舞い上がる。

 軍勢は、先程のシュヴェルトの強襲に未だ落ち着きを取り戻せず、美咲に気付く様子は無い。

 上昇が止まり、体が落下を始める。

 狙うは軍勢の中心。

 落下しながら剣を上段に構え、飛び込む際の心の準備を済ませる。

 と、一人の兵士が上空から迫る美咲の姿に気付き、慌てて報せようとする。

 だが。

(もう遅い!!)

「はああああああ!!」

 直後、それこそ爆発音のような重厚な破裂音を響かせ、美咲の剣が軍勢を割った。

 その攻撃は、地面に僅かにひびを入れる程の威力を誇っていた。

 動揺の上にさらに動揺が重なり、初めは統制の取れていた軍勢は瓦解しかけていた。

 しかし、そんな中でもきちんと自我を保ち、飛び込んで来た敵を討とうとする強者もいる。

 着地して立ち上がろうとした美咲に、一人の兵士が切り掛かった。

(うそっ!?)

 まさかあの後で冷静に攻撃してくる兵士はいないと思っていたのだろう。すっかり安心していた美咲は、慌てて防御態勢を取ろうとする。

「ぐああっ」

 と、その時、どこからか飛来した短剣が男の肩に突き刺さり、攻撃を中断させた。

「油断するなっ! こいつらは腐っても一流の兵士だ」

「あ、はいっ! ありがとうございます!」

「礼は後で良い、君はこいつらを掻き乱せ!私は先にあの男を片付ける!」

「はい!」

 シュヴェルトに言われ、美咲はその場を駆け出した。

 ただ馳け廻るだけではない。無差別に攻撃を仕掛け、敵の混乱をさらに増長させる。

 どんな人間も混乱した状態ではまともな判断や行動は出来ない。そして、そのような状態下で突然襲撃を受ければ、その混乱は初めの数倍に跳ね上がる。

 実際、その作戦は功を奏した。鍛え上げられた同盟各国の一流の兵士達が、たった一人の少女相手に完全に後手に回らされていた。

 いや、まだ後手に回れていた方が良かった。対応すら追い付いていなかった。

 それ程に波紋が大きかったのだ。

 元々敵の持っていた情報は『数人の少年少女が主犯である』という程度の物だった。そして、王都には初め絶対的な実力を持つシュヴェルトがいた。

 たとえ『三人の憲兵を同時に相手取って一瞬で無力化した少年がいる』という情報が本当だったとしても、シュヴェルトが相手になれば話は別だ。そして、それはその他にも言える事だ。

 ではもしも、その少年少女が誰も無力化されておらず、かつ防衛の要であるシュヴェルトが打倒されていたとしたら。

 シュヴェルトには全幅の信頼が置かれているだけあって、その波紋は尋常ではないものになる。

 その上、シュヴェルトが相手側に付いていたとしたら。

 美咲とシュヴェルトの狙いはここにあった。

 そして、今もその波紋は美咲によって広がり続けていた。

 その様子を見て、シュヴェルトは美咲の技を素直に褒めた。

「なかなかやるじゃないか。是非ともウチの憲兵団に欲しいものだ。まあ、私がまだ団長に就けていたらの話だが」

「余所見をしている場合か?」

 すると、ふと隙を見せたシュヴェルトに、副団長と呼ばれた男が容赦無く切り掛かった。

 しかし、シュヴェルトはそちらを見向きもせずに剣の腹を掴むようにして攻撃を止めた。

「ふむ」

「なるほど。そんな傷を負っても、その馬鹿力は健在か」

「よせ。女に向けて馬鹿力とは、些か失礼というものだぞ?」

 そう言って、シュヴェルトは掴む手にさらに力を加える。

 次の瞬間、鉄製の剣に小さくひびが入ったかと思うと、派手な音を立てて砕けた。

「!?」

 続けざま、シュヴェルトは飛び散る鉄の破片も気にする事なく切り上げるように剣を振るう。

 男は紙一重のところで首を反らせて躱すと、一度バックステップをして距離を取る。

「武器をよこせ」

「はっ」

 男は手近な兵士から剣を受け取ると、再びシュヴェルトに向き直った。

「なに?」

 と、男は疑問の声を上げる。

 それは、先程までシュヴェルトのいた場所に誰もいなかったからだ。

 まさか、と男は横を向く。

 すると、目の前に既に攻撃態勢に入っているシュヴェルトの姿があった。

「はっ!」

「くっ」

 男は咄嗟に剣で防ぐ。

 瞬間、バチ、と火花のような物がシュヴェルトの体から散ったと思うと、動きが急加速した。

 衝突の瞬間、耳障りな金属音が響いた。

(肉体強化か……!!)

 男は普段から見ていた為に知っていた。この音こそが、シュヴェルトの雷の力を利用した肉体強化のサイン。

 その時の動きのキレは凄まじく、さながら雷のようだと言われている。

 そして、もう一度。

(この構えはっ!)

 男が幾度も見てきたシュヴェルト得意の構え。

 それは、軍勢に初撃を与える時にも使った、超高速の突き『雷槍』。その構えだ。

 そして、男の思い通り、シュヴェルトは『雷槍』を繰り出した。

「ぐっ!」

 男は剣を当てて切っ先の軌道を僅かに逸らせる。

「ほう」

 それに、シュヴェルトは少しだけ感嘆の声を漏らした。

 そして、渾身の突きによって体が伸びきっているシュヴェルトに男が行う事は一つ。

 それは、がら空きになっている横合いからの一撃。

「もらったあっ!!」

 そう判断するや否や、男は即座に剣を振り下ろした。

 思い切り振られた剣は一瞬でシュヴェルトとの距離を埋める。

「甘い」

 すると、またもあの音が鳴る。

 それからほとんどタイムラグも無く、シュヴェルトはたいを切り替え、男の剣を防いでいた。

 男は振り払われないよう腰に力を入れる。

 すると不意にシュヴェルトの体に入っていた力が弱まった。

 そこで、男はある事に気付く。

(そうか。やはりその傷が弱点か! 傷を塞いだと言ってもそれは表面上の話。その奥の部分は未だ癒えていない!)

 シュヴェルトが離れようとしたところに、男は剣を押し込んだ。

「ぐうっ……!?」

 堪らず悲鳴を上げたのはシュヴェルトだ。

(これこそ勝機!)

 そして、男はどんどん力を込める。

 押し込んで押し込んで、とうとうシュヴェルトの首筋に刃が当たりーー

 その時、シュヴェルトの体が突如黄金色に光り輝いたかと思うと、電撃が迸り男を弾いた。

「なんだ!?」

 突然の出来事に、男は睨むようにしてシュヴェルトを見る。

 すると、そこに人間はいなかった。

 そこにいたのは、黄金の雷を全身に纏う雷竜だった。

(いや、違う。あれは確かにシュヴェルトだ)

 改めて見ると、そこに立っているのはシュヴェルトだった。

(なるほど……)

 シュヴェルトから放たれる気迫、そしてプレッシャーが、認識を違えさせたのだ。

「あの時は、この力を使う訳にはいかなかった。もしかすると、彼を殺してしまうかもしれなかったからな」

 竜には、逆鱗と呼ばれる一枚だけ逆向きになっている鱗がある。竜はそれに触れられると激昂し、あらゆる暴虐の限りを尽くすと言われている。

「だが、今は必要無い。貴様は私の逆鱗に触れた。存分に殺してやるから覚悟しろ」

 直後、世界中の大気を激震させる程の雷が落ちた。

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