第56話 防衛開始
美咲が外に出ると、中庭のど真ん中に体全体に雷を纏って黄金の輝きを発しているシュヴェルトの姿が目に入った。
(うーわ、何アレ。すごくバチバチ言ってるんですけど。番野君、あんなのに勝ったっていうの?)
ただ敢然と門の方を見据え、剣を地面に突き立てて仁王立ちをしているところを見る限り、まだ戦闘は始まっていないようだ。
しかし、外からは確かに地を駆る馬の足音と、男達の威勢の良い雄叫びが聞こえてくる。
どうやら、敵はもうすぐ目の前にまで迫っているらしい。
打って出る時こそ悠々と、自信満々に出て行った美咲だったが、いざ敵の軍勢を目の前にして自然と肩に力が入る。
(緊張するわね……)
二、三度大きく深呼吸し、頬、両肩、両腕、腿、脹脛を順に軽く叩いていき、最後に軽く体を揺する。
これは、美咲がいつも試合前に行っていた集中力を高める為の、いわば儀式のような物で、スポーツ選手の間では『ルーティーン』と呼ばれている。
これは、習慣化された動作をする事で余計な力を体から抜き、かつ集中力を高めるという物だ。
(よし)
肩に入っていた無駄な力が抜け、気分を適度に高揚させた美咲は、シュヴェルトの下へ歩き出した。
そして、二人の距離が三メートルになったところで、不意にシュヴェルトが前を向いたまま言った。
「君も戦うのか?」
「え? あ、はい」
自分から声をかけるつもりだったのに逆にされた事で少し驚いた美咲だったが、すぐに元の調子で返事をした。
シュヴェルトは「そうか」と言うと、美咲にその理由を聞いた。
「では君は、何の為に戦う?」
「何ってそれは、仲間の為、ですけど」
「ふむ。実に単純であまり面白みの無い理由だが、そういう事を素直に言えるあたり、私の目に狂いはなかったようだ」
「えーっと……。それって、どういう意味ですか?」
「ふっ。年長者は色々と考える事があるという事だよ」
「?」
美咲はシュヴェルトの言っている意味が分からず首を傾げる。
(なんだかこう、こういう時代の人達って漫画でもそうだけど抽象的な事をよく言うのね。意味を汲み取るのが大変だわ……)
と、美咲が内心でぼやいていると、突然シュヴェルトの体からまるで激昂する竜のように荒々しく電撃が迸った。
その電撃は、シュヴェルトの周囲の地面を黒く焼け焦がした。
(何っ!?)
あまりの放電に、美咲は思わず後ろに飛んだ。
今の放電に自分に対する敵意は全く感じられなかった。しかも、今のは攻撃目的ではなく単に気分が高揚した為に漏れてしまっただけの物だ。
しかし、美咲は今明確な『死』を感じた。これに触れたら死んでしまうと。
事実、電撃を浴びた芝は燃え上がる暇もなく灰となっていた。
そして、美咲は思い知る。彼らは既に、この畏怖の象徴の逆鱗に触れていた事を。
(すごいプレッシャー……。こんな人、今まで会った事ない……)
そして、美咲が冷汗を垂らしながら呆然と立ち尽くしていると、シュヴェルトが先程よりも静かに、静かに告げた。
「……来たぞ」
その一言の一瞬後、大規模な爆発と共に城門が破壊された。
(とうとう、始まる……!!)
美咲は腰に提げた鞘から剣を抜く。
爆煙の中から馬に乗った一人の男が現れた。
すると、その男はとてもいやらしく口を歪めてシュヴェルトに言った。
「これはこれはシュヴェルト団長。そこに立って何をしているのですか?」
「こちらから説明してやらんでも分かっているだろうに。貴様が謀った事は分かっているぞ副団長」
シュヴェルトが呆れたような口調で言うと、男は芝居じみた声で応じる。
「はてさて何の事やら。貴方の方こそ、まるで我々を迎え撃つようにして。一体何を考えているのですかな?」
「いかにもその通り。私は貴様らを迎え撃つ為にここに立っている」
「は……?」
堂々と告げたシュヴェルトに、男は思わず調子を崩される。しかし、すぐに持ち直して言う。
「言っている意味が、分かっておいでで?」
「勿論だとも。私は今、新たな王とその国を守る為にここに立っている」
「戯言を。では何か? 貴女がそうだと言うのなら、我らは賊か?」
「その通り。先王亡き今、あそこに居られる方こそがこの国の王である。そして、隣に立つ少女の仲間は、この国の汚点を雪がんと真っ先に立ち上がった“勇者”達だ。そんな彼らを守るならまだしも、討伐などあり得ない。そんな事をしようものなら、我が剣の餌としてくれる」
「ははっ。フ、フフ、フハハハハハハッ!! そうか、そうかそうか。いや愉快愉快。まさか、そのような子供らの力を借りねばならぬ程に落ちぶれていたとはな、シュヴェルト!」
「ちょっーー」
落ちぶれてなんかない、と言い出そうとした美咲を、シュヴェルトは無言のまま片手で制した。
そして向けられる、大丈夫だと言いたげな視線に美咲は黙らざるを得なかった。
男に向き直ると、シュヴェルトは冷静な態度で言った。
「確かにそうだ。私は彼ら無しにはこの国の実態を変える事は出来なかっただろう。だがな、アレを見過ごすだけでなく、寧ろ加担していた人間にとやかく言われる筋合いは無い」
毅然として紡がれる言葉に、男はやれやれとばかりに嘆息する。
「それでは、もう良いですか? 国を守るだかなんだか知りませんが、個人的に貴様が邪魔でしょうがない」
すると、男の周囲を舞っていた埃が散り、背後に凡そ一〇〇近い兵が姿を現した。
「そうか。では、二度と私と会えないようにしてやる」
そして、シュヴェルトは地に戒めていた竜を解放した。
シュヴェルトは剣を構えると、美咲に質問する。
「どれ程保てば良い?」
「ざっと二分ぐらいです」
「よし。あの男は私に任せておけ。なに心配するな。雑魚もきちんと引き受けるさ」
「そう言ってもらえると、本当に心強いです」
「それは良かった。それでは、始めるとしようか」
「はい。行きましょうっ!」
その一言と共に二人は腰を落とし、地を蹴って一気に飛び出した。
「かかれええええ!!」
『おおおおおおお!!』
ここに、最後の防衛戦の幕が切って落とされた。