第54話 雷竜再臨
敵の準備が五分早く終わる。
それは、こちらの準備が完了するその間まで敵の攻撃を食い止めなければならないという事に他ならない。
周りを固めてジリジリと穴を潰す作戦のようだが、それだけしかしてこないとは限らない。敵は、こちらが籠城した時の事も考えて強行突破の部隊を組んでいる可能性だってある。
(となると、そいつらを止める人間が必要になる訳だが……)
番野は自分以外の四人を順番に見る。
(夏目は魔法の準備に専念してもらわないと困るから除外。プランセスは……、謎な部分が多いがもうすぐ国王になる人間を矢面に立たせる訳にはいかない。死んでもらったら俺達の努力が水の泡になる。美咲は目立った怪我は見当たらないが、あの人数を相手にした疲労が残っているかもしれない。最悪美咲に出てもらうしかないだろうが……。八瀬はーー)
と、視線を移すと、まるで生気の抜けた死人のような顔付きをしている八瀬に気付き、番野は声をかける。
「おい、大丈夫か?」
「…………」
すると、番野は、声をかけてもぼーっとして何も反応を示さない八瀬の肩を叩いた。
「おい、八瀬」
「……あ? あ、ああ、大丈夫だ。どうした。何か用か?」
「いや、そういう訳じゃないんだが……。お前が柄にもなくぼーっとしてたからさ、心配になって声をかけてみたんだよ」
「心配? そんな事されなくても十分だ。俺は見ての通りピンピンしてるからよっ」
どうだっ。と言って腕に力こぶを作ってみせる八瀬に、番野は言う。
「そうかい。なら良いんだけどさ。あまりこういう場所で惚けてると危ないぞ?」
「分かってる分かってる。もう大丈夫だから、心配すんなって」
そう言って肩を叩き返してみせる八瀬の様子を、番野は疑問に思った。
(そういや、こいつってこんなキャラだったっけ? なんだかいつもと違うって言うかなんと言うか……。それに、気持ち腕に力が入って無いような気がする)
八瀬の挙動を不自然に思っていた番野だったが、緊張でもしているのではないかと解釈してそれ以上の追及を止めた。
(まあ、人は極度の緊張状態に置かれると体調を崩したり発狂したりするらしいしな。こいつをちょっと変に思うのもそのせいかもしれない)
もう一度見ると、八瀬は死人のような顔から難しい顔になっているが、本人が大丈夫だと言っているならと番野は思考を切り替えた。
(現状ではこの中だったら美咲が一番適任だが、もしも何かあった時が……)
その『もしもの時』を考えた番野を言い知れぬ不安感が襲う。
(流石にやつらの中にシュヴェルト程の人間はいないだろうな。普通に考えて、自国の最高戦力をおいそれと送り出すとは思えない。今心配なのは、アウセッツ王国以外の同盟国の戦力が未知数だって事だ)
有名な孫氏の言葉に『彼を知り己を知れば、百戦殆うからず』という言葉がある。これは、敵の事も味方の事もしっかりと把握していれば一〇〇回戦っても負ける事はないという意味だが、現状の番野らは敵の事を十分に把握できていない。
これは連合軍に対しても言える事だが、五人という少ない人数の番野らとは違い、連合軍にはとにかく人数がいる。
だから、初めに兵を小出しにしてわざと戦わせ、情報を得る事もでき、単に数の有利を生かした強行突破も可能なのだ。
この事を理解している番野は、ますます美咲一人に任せる事に不安を感じた。
そして、番野は自分の旨から腹にかけて付いている深い切り傷を指でなぞった。応急処置はしてあるものの、まだ塞がってはいない為、気味の悪い感触に番野は顔をしかめた。
(その時は、こいつを押してでも出るしかない……)
そう考えて思わず神妙な表情になる番野に、美咲がとんと胸を叩いて言う。
「私なら大丈夫よ、番野君。怪我もしてないし、もう疲れも取れてるわ。だから、いつでも出れるわよ! それとも何? 信用が無いのかしら、私?」
「美咲……」
その時、わあっという大勢の怒鳴り声が全方位から城の内部の空気を震えさせた。
「始まったか」
「番野さん。予想、的中されましたわよ。連合軍強襲部隊がたった今スタートしました。最低でも二分後には城門前に到着しますわ。私に勘付かせないように用意するとは、少し侮っていましたわ」
プランセスの報告に番野は悔しそうに舌打ちをした。
すると、美咲が立ち上がって出口が見えの方を見ながら言った。
「三分ね。それだけ保たせれば私達の勝ちって事でしょ?」
「おまーー」
「ええ。それだけで十分ですわよ」
「お姫様っ!? クソッ。だったら俺も……ぐっ」
立ち上がろうとした番野の体に激痛が走り、ドサッと座り込んでしまう。同時に、じわあ、と包帯から血が滲み出てくる。
「番野君はここにいて。ここは、私一人で大丈夫よ」
「だけどお前、どんなやつらが来るか分からないんだぞ? 何人来るかも分からない。それに、これはただ敵を倒せば良いってもんじゃないんだぞ。誰であっても通しちゃいけないんだ。それがわかーー」
「分かってるわよ! だから君も、たまには人を頼りなさい。戦ってるのは、君一人じゃないんだから」
「…………」
その言葉に番野は何も返す事ができなかった。
ただ一つ、こくりと無言で頷いた事を除いては。
「うん。行ってくるわね」
そう言って、美咲が出口へ向いて歩き出しーー
その時、まるで何かが爆発したような大音が外で鳴り響いた。
『!?』
腹の底にズシリと響く音に、五人が一様に驚愕に染まった。
(おいおい、まさかーー!!)
その中で、たった一人。番野だけはその音の正体が感覚で分かっていた。
○ ○ ○
同時刻。城の外で、一匹の竜が目を覚ました。
竜の全身には雷が走り、手に持つ一振りの剣は紫電を纏っている。
竜は先刻まで意識を失っていたとは思えない確かな足取りで歩き出した。
「やれやれ。私とした事が随分と手酷くやられたものだ。おかげで久方ぶりに気を失ったぞ」
苦笑した後、目を伏せて言葉を紡ぎ出した。
「先王は亡くなられた。だから今は、あの姫様こそこの国の王。私は憲兵団長として、王の意向を体現する」
そして、城門の向こうにいるであろう己の敵を見据え、剣の切っ先を向けた。
「さあ来るがいい。彼らの命、散らせはしない!!」
竜が吠えた。