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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第四章 王都動乱
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第49話 王の間へ至る

「ぐうっ、つ……」


 全身から血を流し、今にも倒れてしまいそうな体を歯を食いしばって支える。


(まだだ。まだ、終わってない。他のやつの援護に回らないと……)


 だが、血を流し過ぎた体には、その場に立っておく程度の最低限の力しか入らない。先程まで握っていた剣も、手からスルリと滑り落ちてしまい、今では地面に突きたっている。


 クラクラと揺れる視界の中で、番野はふと近くで戦っているであろう美咲の事を思い出した。


(そうだ。あいつもまだ戦ってるんだよな……。助けに行かない、と……)


「あっち、か……」


 ざわざわと怒鳴り声が聞こえてくる方角に向いて一歩踏み出す。


「……急がないと」


 言った通り急ぎ目に次の一歩も踏み出す。が、その足取りは非常にゆっくりで、杖をつく老人のように心許ない。


 同じように一歩、また一歩と歩みを進めるが、進めば進む程に地面を踏みしめる力が弱まっていき、前傾姿勢になっていく。


 最早、倒れまいと足を踏み出した結果前に進めているといった様子で、とても自発的に歩いているとは言えない状態になっていた。


「はぁ、はぁ……」


 息を切らし、とうとう膝に手を付いた番野は、次の一歩を出そうとして、思わず足を折ってバランスを崩した。


「あ、ーー」


 倒れる。倒れてしまう。


 急いで手を前に出そうとするが、それすらもままならない。それ程に消耗していたのだ。


(ああ、クソ……)


 地面が迫る。


 すると、ゆらりと前に倒れる番野の体を何者かが抱きとめた。

 そして、その何者かは番野の耳横で優しく呟いた。


「お疲れ様、番野君」

「…………ぁ」


 最後には返事をする事も叶わなかったが、それでも自分を抱きとめた人物が誰か分かっただけでも良いと、番野はそのまま意識を失った。


 ○ ○ ○


(チッ。やっぱ王様に近くなってくるとそれだけ兵士の数が多くなってきてやがる。なるべく戦闘は控えて騒ぎを起こしたくねえんだがなぁ……)


 八瀬は、何人もの人間が廊下を歩く足音を聞いて、王のいる五階へと続く階段の踊り場から動かないでいた。


(普通に考えて、王様の近辺を守っているのは憲兵団の中でも選りすぐりの人材だろう。一対一ならそうそう負ける気はしねえが、混戦になったらマズイかもな)


 元々、八瀬の能力は直接戦闘には向いていない。単に『罠を仕掛けるのに最適な位置』と『複雑な罠でも短時間で作成出来る』というだけだ。それに、美咲の《勇者》のように身体能力が底上げされる訳でもない。

 多少の護身術なら心得はあるが、日頃から訓練を積んでいる精強な兵士にそれが正面から通用する筈がない。それが一度に数人の相手ともなれば不利な立ち回りは避けられない。


(つってもこのまま動かねえ訳にもいかねえし。何か考えねえとなぁ)


 と、眉を寄せて考え込む八瀬はふと、どこかからか視線を感じて顔を上げる。


(誰だっ!? )


 一瞬下の階の気絶させた兵士が気を取り戻して来たのかとも思ったが、それはすぐに候補から外れた。何故なら、よくよく集中して感じ取ってみると、視線はどうやら天井の方から送られている事に気付いたからだ。


 そこには人が隠れる隙間は無い。だが、視線はそこから向けられている物だ。


 そして、八瀬はこんな芸当をやってのける人物に心当たりがあった。


(お姫様、か)


『御名答ですわ。皆さんが上手くやれているか少しばかり偵察をとやって来たのです』

『人の脳内読み取ってんじゃねえよ』

『あらあら。それは失礼いたしましたわ』


 と、悪戯っぽい声が八瀬の頭に響く。


『どこにも「媒介」がいねえってことは、影を通して意識だけ飛ばしてんのか? 』

『またまた御名答。こんな緊張状態でその頭の回転速度は流石ですわね』

『ま、褒められて悪い気はしねえが。俺んとこに来たっつー事は何か報告があるんじゃねえのか? 』

『ええ。それでは報告いたしますわ。まず、城内中庭にて番野、美咲が両目標を撃破。番野は意識消失。ぐっすり眠っておられますわ。そして、可愛いおチビちゃんがわたくしの目前まで迫っている、といった状況です』

『ま、順調っつったとこか。それより“向こうの会議”の方はどうなってる? 』

『先程確認したところでは、腹黒い副団長殿から出兵の依頼が為されたところでしたわ。急がないと間に合わなくなってしまいますわよ』

『そう、か……。なるほどそいつはグズグズしてられねえな』


 そう返すと、八瀬は突然その場に立ち上がった。


 その行動に、プランセスは疑念の声を上げる。


『ずっと策を練っていたようですが、何か思い付いたのですか? 』

『ああ。あんま使いたくなかったんだが、やむを得ない。“アレ”を使って一気に突破する』

『あらあら。それでは城の修繕費は貴方持ちということで』

『それさ、経費で落としてくんね? 』

『やーですわ』

『可愛く言われても俺の一生には変えられねえよ! まあとにかく、使わせてもらう!』

『あらまあ。金貨一千枚程の損害が発生してしまいますわ〜』


 八瀬は、最後の金額の部分を丸々聞こえないフリをして指にかけた糸を引いた。

 次の瞬間、眩いばかりの閃光と爆音が五階の廊下を包み込んだ。


「ぐおおおおっ! 」


 踊り場まで伝わる凄まじい衝撃と爆風が身を屈めた八瀬を襲う。


(あれ。調合ミスったか? )


 そして、なんとか吹き飛ばされずに耐え切った八瀬は恐る恐る階段を上って廊下の様子を見た。


(一、二、三、四、五、六。六人か。使って正解だったな)


 廊下に横たわる兵士を確認すると、八瀬は廊下の惨状を改めた。


 ガラス窓は根こそぎ吹き飛び、壁には大きな穴がいくつも開いているという、いかにも修理に金のかかりそうな様を見て、八瀬は思わずため息を吐く。


(またなにか文句を言われそうだ)


 そして、八瀬は脳裏に浮かんだ意地の悪い笑みをあえて意識しないようにすると、王の部屋を探し始めた。


「へぇー」


 廊下を歩いていた八瀬は、どこもかしこも爆発で吹き飛んでいる中で、一箇所だけ何事もなかったかのように無傷の状態を保っている大きなドアを発見した。それと同時にそこが王のいる場所だという確信を得た。


「チッ。全くもって御大層なこったぜ」


 そして、湧き上がる苛立ちを隠さないままにドアノブに手を掛けた。

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