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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第1章 異世界の洗礼
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第4話 《フリーター》、遭難する

 家を後にし、森に入った番野つがの美咲みさきは地図に記してある方位を頼りに森の中を進んでいた。


「なるほど。今俺らが向いている方が西だから、その反対を向いて進めば短時間で森から出られそうだ」

「何言ってるの? 今私達が向いている方は東よ。だから、その反対の西に向いて進めば森から短時間で出られるわ」

「お前こそ何言ってるんだよ。今俺らが向いてる方向は西しかないだろうが」

「まったく。君の方向音痴っぷりには毎回驚かされるわね」

「なんだよ毎回って!? 俺がいつも方向間違ってるみたいな言い方して!! 」

「何よ! さっきだって君が『うん。あっちに行けば出られる』とか自信満々で言うからついて行ったら崖の目の前に出たじゃないのよ!! 」

「そ、その節はどうも……」

「どうもじゃないわよ! 危うく死ぬかと思ったじゃない! ほら貸して!! 」


 美咲は憤慨し、番野が持っている地図を取り上げるとそれを広げて自信満々に歩き出した。


 番野は美咲に聞こえないように小声でぶつくさと文句を言いながらも美咲の後について行った。


 そして、番野と美咲が自分達が森の奥へ進んでいるのに気付いたのは、今から30分後の事である。


 ☆ ☆ ☆


「どこだここぉ!!? 」

「森の中よ」

「そんな事は分かってる!! 俺は今もっと詳細な情報を求めてんの!! ぐああああ、少なくともコンパスがあればぁぁあああああ!!! 」

「そんなに騒がないでよ。獣が寄って来たらどうするの? 」


(なんでこいつはこんなに落ち着いてるんだ? いくらなんでもおかしいだろう)


 樹海まではいかないにしろ、それでもまったく知らない土地の知らない森の奥深くで遭難そうなんしたという大変な状況下においてほとんど取り乱した様子を見せない美咲に、番野はある疑念を抱いた。


「な、なに? そんなに見つめないでよ」


 そんな番野の気配を感じ取ったのか、美咲が若干引き気味に言うと、番野が疑いの目で見て言った。


「美咲。お前、落ち着いた風を装ってるけど、実は内心めちゃくちゃ焦ってるんじゃないか? 泣きそうなぐらい」

「ふぁい!? そ、そそそそんな訳ないでしょ!!? 君とは違って、私はしっきゃりーー」

「焦ってるんだな? 」

「うう……」


 焦りのあまり言葉の途中で噛んでしまった美咲に、番野は無表情で言うと、そのせいで半泣きになった彼女の様子を見てやれやれと言いたげに肩を落とした。


「ちょっと待ってろ」

「え? どうしたの? 」

「方角を調べる。と言っても、あくまでも大まかな方角だが」


 美咲は、そう言って何やら手近な樹木へ近づいて幹を見上げたり、切り株を念入りに見比べたりし始めた番野の行動がまったく理解できなった。


 何より、それらの行動が大まかな方角を知る事に繋がるなど知る由もなかった。


 コンパスや携帯電話のGPSを使わずに方角を知る方法で有名なのは時計の短針と太陽を使った方法だが、これは腕時計を持っている時にしか使う事ができない方法だ。


 今番野が行っている方法は、樹木の枝振りや切り株の年輪の幅を見て割り出す方法だ。


 この方法では枝振りが少ない樹木が多い方が北、年輪の幅が広い切り株がある方が南といったようにだいたいの方角を知る事ができる。


(こんな方法で方角が分かるの……? )


「よし。だいたい分かった」

「え?」

「美咲。地図を貸してくれ」

「う、うん」


 自信を持って言う番野に美咲は半信半疑で地図を渡した。


(向こうが北だから、王都のはここから北西の位置にある。という事は、そこから逆算すれば俺らがいる場所の目星はつくはずだ)


 番野は調べた方角と地図に記してある方位や地点を照らし合わせて自分達がいるおおよその場所を特定すると、地図を美咲に渡して大きく伸びをした。


「ねえ。分かったの? 」

「ん〜? ああ、バッチリだ。と、言いたいところだけどちょいと腹が減った。太陽? が1番高い位置にあるって事は今はちょうど昼ぐらいだろうから、ここで一旦休憩しないか? 」

「確かに、それもそうね。それじゃ休憩しましょうか」


(けっこう頭も良いんだ)


「よっと」


 美咲が了承するやいなや番野は近くにあった切り株に腰掛けて麻袋を広げると、その場に座ろうとした美咲に手招きをする。


「え? 」

「いや、そこは汚いだろ。こっち来いよ」

「ええー? でも……」

「良いから」


(でもなぁ〜。そこに2人はきついっていうか、密着しちゃうんだよねぇ)


 そう。その切り株は人が1人座るだけで面積の半分を占めてしまう程の大きさで、そこに2人が座るという事は即ち体を寄せ合わせるという事になるのである。


 しかし、番野はこの事に気付いておらず、今も不思議そうな顔をしながら美咲に手招きをしている。


(もし私が番野君の側に座ったとしても、何も間違いは起きないわよね? うん。大丈夫。あのまま放置してもかわいそうだしね)


 美咲はそう自分の中で結論付けると、さっさと歩いて行って番野と背中を合わせるようにして座る。


「ねえ、もうちょっと寄ってくれないかな? 」

「無理言うなよ。これでも限界まで寄ってる。これ以上は俺のイスが空気になっちまう」

「良いんじゃない? トレーニングだと思えば」

「お前なあ。それは中学3年間運動部に入っていなかった人間に言う言葉じゃないぞ? ましてやトレーニングが嫌いなやつに言うなんてもってのほかだ」

「ふふっ」


 番野の言葉に美咲は思わず吹き出した。すると、番野もそれにつられて口元で笑った。そして、2人は麻袋から干し肉を取り出してかじりついた。


 初めは特に味は無いが、噛むにつれて徐々に芳ばしい風味が口に広がる感覚をひとしきり楽しんだ2人は最後に水を口に含むと、まるで事前に申し合わせていたかのようなタイミングで立ち上がった。


 番野は先程地図で確認した方向を指差し、言った。


「この方向にまっすぐ進めば、1番短い距離で王都に行けるぞ」

「それ本当? また方角間違えたとか言わないわよね? 」

「言わない。絶対に合ってるから俺を信じてくれ」

「だったら早くこの森を抜けないとね。最低でも日が沈む前に」

「そりゃそうだ。そうと決まれば早く行こうぜ」

「ええ! 」


 元気に返事をした美咲は先に歩き始めた番野について行く形でその場を後にした。


 番野と美咲が茂みに入って行くのを見送ったその人物は一際大きな木の枝の上で立っていた。


「わたし達以外にもいたんですね。“向こうの世界”から来た人が。ふふ。面白くなりそうです」


 と、その人物が実に無感情な声で言い、自身が羽織はおっているローブを翻すと、既にその人物はそこから姿を消していた。

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