第44話 戦闘開始
「あの野郎、絶対ボコボコにしてやる……」
「良いわねそれ。私も乗ったわ……」
番野と美咲の二人は、顔を引きつらせながら呪詛を垂れるような口調でそう言った。
作戦会議から既に一時間が経過し、各々行動に移っている段階だが、この二人に至っては会議終了直後からずっとこの調子だ。
美咲も能力を展開し、番野も『転職』してはいるものの、二人共まるで覇気を感じられない。
その理由は一時間と少し前に遡る。
○ ○ ○
「そんじゃまず順序を伝える。サクッと説明するからよく聞いとけ」
「分かった」
そう言って、番野は少し前のめりになった。
「内容は至って単純明快。お前ら陽動役が城門を正面突破して、兵士共がお前らに集中してる間に俺があらかじめ作っておいた別ルートから俺と夏目が城内に侵入して目的を果たす。どうだ、簡単だろ? 」
「い、いやいやちょっと待ちなさいよ。それって何? 私達に少ないとは言え一国の軍隊に特攻を掛けろってこと? 」
「そうだが? ああ、数についてはそこまで問題は無ぇだろ。地方にも散らばってたりするから城内に残ってんのは多く見積もっても二〇〇。最低一〇〇ってとこだな」
「おい待ってくれよ! 曲がりなりにもあいつら正規の軍隊だろ? それに憲兵団長だっているしまだ知らないやつなんかもいるのにーー」
すると、言葉の途中で八瀬は番野の肩に手を置き、普段からは想像できないとても優しい声で言った。
「心配するな。お前らならできる」
底無しに優しく、悪魔のような笑みを浮かべて。
○ ○ ○
そして、今に至る。
二人は今まさにその城門の前で呆然と佇んでいる最中だ。
(とは言っても、やっぱりやるって言ったからにはやるしかないか……。何より俺には憲兵団長との戦闘だって控えてるんだ。士気は上げとかないとダメだよな)
「美咲」
「……何? 今すっごく帰りたいのとイライラしてるのとでむしゃくしゃしてるんだけど」
「そうか。なら上出来だ」
そして、番野は門を軽く叩いて強度を確認すると、門とは逆方向に走り出した。
「ちょ、何してるのよ!? 」
美咲が慌てて言うが、その間に《勇者》の膂力を得ている番野は既に五〇メートル程後方にいた。
しかし、美咲の言葉はちゃんと聞こえていたようで、アキレス腱を伸ばしたりなどの軽い準備体操をしながら答えた。
「何ってそりゃ、ーー門をぶち破るに決まってるだろ! 」
「はい? 」
この時、美咲の頭は突然飛び込んで来たおかしな情報に混乱しかけていた。が、すぐになんとか情報を整理してみせると、両手を地面に付けてクラウチングスタートの格好をして今にも走り出しそうな番野に向けて慌てて声を上げた。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!! もっと他の方法がーー」
しかし、美咲が気付いた時には、番野は目にも留まらぬ猛烈なスピードで美咲を抜き去っていた。
「うぉぉおおおおおおお!! 」
裂帛の気合いと共に放たれた番野の渾身の蹴りは、城を守るために作られた頑強な城門を、命中した点を中心に破砕した。
そして、無駄に格好を付けて着地した番野に、美咲が怒鳴り声を上げた。
「何やってるのよ!! 」
「良いじゃないか。目立ったんだし。なにより、俺達の役目は目立つことだぜ? 」
「そうは言うけど、向こうにやる気を出させてどうするのよ! 本気で殺しに来るわよ!? 」
「それならドンと来いだ。もとより俺はそんなので殺されるつもりはないがな。それとも、お前はそんな簡単にやられるのか? 」
「そんな訳ないでしょっ」
と、唇を尖らせて言う美咲に、番野は今しがた城から出て来た一団を見据えて言った。
「それならオーケーだ。ほら、お出ましだぞ」
「……ええ。どうやらそのようね」
二人の見据える先には、獣がいた。
血湧き肉躍る闘争と死に飢えた、その身に紫電を纏う蒼き獣。その獣は番野の姿をただ一点に見捉え、番野もまたその獣に意識を集中していた。
(すごい殺気だ……。気を抜いたら心臓が固まってしまいそうだぜ)
「番野君……」
美咲も少なからずその影響を受けたのだろう。不安を孕んだ声で番野の名を呼んだ。
その呼び掛けに、番野は精一杯の勇気を以って応えた。
「無理しなくて良い。危なくなったら逃げろ。その時は、俺が絶対に護ってやる」
「……ばか」
その返しに、番野は思わず口元を綻ばせた。
そして、互いに十メートル程の位置で進行を止めたシュヴェルトが腰に差した鞘から稲妻を纏う剣を抜くと、その背後にいる一〇〇は下らない兵士達も一様に武器を構えた。
番野と美咲も、それに応えるように剣を抜く。
両陣営は睨み合い、一歩も動きがない。
しかし、開戦の刻は刻一刻と近付いている。
そして、その刻は突如として訪れた。
一瞬の視界の明滅の後。
「ーー来るぞっ!! 」
雷が、地を疾った。
○ ○ ○
(雷鳴……。どうやら向こうは始まったみてぇだな)
雲一つ無い空の下で鳴った雷鳴を、八瀬は城壁に開けた人一人分程度の抜け穴の前で聞いた。
「師匠」
「分かってる。俺らも始めるぞ」
「はい」
穴を抜け、城内に侵入した二人は、まず索敵を始めた。
夏目の魔法で、城内の兵士の数と王の居場所、そして王女の居場所を確認するのだ。
「どうだ? 」
「はい。城内には兵士が三〇人。王女はやはり地下牢に。王は最上階の執務室にいます」
「了解だ。流石だ、夏目」
「あ、ありがとうございます」
「ああ。そんじゃ、こっから先は別行動だ。気を付けて行けよ? 」
「分かりました」
小声で言ってビシッと敬礼をした夏目は、魔法で跳んで行った。
(あ。俺も跳ばしてもらや良かったな……)
しかし、もう後の祭りである。
嘆息して、八瀬は両手に手袋をはめた。
「さあて、大仕事の始まりだ」