第43話 作戦会議
その、正に地獄の判決にすら匹敵する宣告に、その場にいる全ての人間の顔から色が消えた。
ポツポツと、しかし明らかに動揺と恐怖が入り混じった声で夏目が言った事。
憲兵団長の釈放。
「おい……嘘、だろ……? それは、本当なのか? 」
「……恐らくは。しかし、こうなってしまった以上、確率はほぼ一〇〇パーセント。彼らも何も考え無しにこんなことをするとは思えませんから」
「なるほどな……。腐っても憲兵団。優先目的が何であれ、形的には国を守るってか。ご大層な忠誠心だぜ……」
と言う八瀬の表情は随分と硬い。
それもその筈。ここに来て予定より数日も早く王国側に動きがあっただけでなく、自分達の計画の漏洩、その上憲兵団長の釈放という極めてイレギュラーな事態が同時に重なったのだ。
それに、もともと八瀬らによって練られていた計画は憲兵団長を含めた国の大部分の戦力が王都を離れている事を前提に練られていた。しかし、アウセッツ王国の最高戦力である彼女がいる現在、その計画は九割破綻したと言っていいだろう。
こうなってしまった以上は、再び新たな策を講じるしかなくなるが、そんな時間は残されていない。
(ふざけんなよ……っ!! こうなったら、この中の誰かがアイツを止めておかねぇとならねぇ……。
だが、時間を稼ぐなんつー生半可な実力じゃアイツを縫い止めておくどころか一手で斬り伏せられちまう。つっても、例えこっちが殺す覚悟で挑んでも止められるどうか……)
打つ手が無いこの状況に、悔しそうに奥歯を噛み締める八瀬。
(師匠……)
すると、その様子を見ていた夏目が八瀬の側に歩み寄り、硬く握り締めた拳をその小さな両手で優しく包み込んで言った。
「夏目……? 」
「初めて師匠と王都のスラムで会った時のこと、わたしはまだ覚えています。
あの時、師匠は酷く汚れて獣のような眼をしていたわたしに、本気で殺すつもりで攻撃したわたしに手を差し伸べてくれました。わたしに生き方を教えてくれました。今回の事だって、わたしは師匠の考えを理解しています。
ですから、わたしは、そんな優しい師匠を信じています。師匠ならできるって、信じています」
「…………」
その後、しばらくの間八瀬は何の言葉も返すことができずに固まっていたが、やがて決心したように言った。
「お前ら、俺に考えがある。付いてきてくれるか? 」
「はい! 」
「ああ」
「まあ、仕方ないわよね!」
そして、八瀬は三者三様の返事に押されるようにして話を始めた。
「今から新しい作戦を伝える。お前らも分かっている通り、王都から多くの憲兵が出て行ったが、一番の危険である憲兵団長がまだここに残ってる。この作戦を成功させるには、これを抑える人員が必要になるんだが、この役割は他の奴より数段階死の危険を伴う。それでもやってくれるって奴はいるか? 」
すると、その問い掛けに即座に名乗り上げた人間がいた。
「その役割、俺にやらせてくれ」
番野だ。
八瀬は番野に値踏みするような視線を向けて言う。
「さっきも言ったと思うが、この役割は死の危険が格段に高まる。時間を稼ぐなんつー甘い考えが通用するような相手じゃねぇぞ」
「そんな事は、実際に剣を合わせた俺が一番分かってるよ。もちろん、最悪死ぬかもしれないっていうのも。だけど、こんな役割に何の勝算も無しに俺が自ら志願すると思うか? 」
「ははっ! ああ悪かったよ。ま、お前ならそう言うと思ってたがな。そんじゃ、ストッパー役は番野で決まりだな」
そして、八瀬は話を再開する。
「次は陽動だな。これは城内を好きに暴れ回って残兵共の気を引いてくれりゃそれで良い。んじゃこいつは……、美咲! お前に任せたい」
「え、私? ちょっと待って。陽動以外にどんな役があるのか先に聞かせてくれない? 」
「良いぜ? 陽動以外なら、あとは説得役とお姫様の救出役だな」
「ちょっと待て」
「あ? どうした番野? 今頃ストッパーは嫌だってか? 」
「違う。今お前が言ったお姫様の救出役ってやつについて聞きたい。そんな役があるってことは、この王都のどこかにお姫様が囚われてるってことだよな? 俺そんな話初めて聞いたし、それを聞いたせいでお前が何を最終目標に据えてるのか分からなくなったんだけど」
すると、八瀬は人差し指で頬を掻きながらやや自信がなさそうに言った。
「あれ? 俺、言ってなかったっけか? 」
「「言ってない」」
「そうか。なら今から話す。この計画の最終目標は、この国から差別を無くすこと。
番野は直に見てきたと思うが、この国には王族なんかの支配層、またその直属の部下である王国憲兵団。富裕層、一般層の四つのグループに分けられてる、っつーのは王様なんかが勝手にバラ撒いてやがるだけの情報だ。民衆が変に怪しまねぇためのな。
だが、王族はもちろん、一部の富裕層ややり手の情報屋、憲兵団の上層部の奴らだけが存在を知っているグループがある。貧民層だ」
そして、八瀬は俯いている夏目に目を向けると、「いいな?」と小声で言い夏目が頷いたのを見て言った。
「金も無ぇ。食い物も無ぇ。満足な服も無ぇ。あるのは命か家族だけ。そんな奴らが集まってんのがこの貧民層だ。日本ならそういった奴らには一定の生活保護が支給されるが、ここは日本じゃねぇし、あの世界とも違う。なら、そういった奴らがどんな扱いを受けるか。答えは簡単だ」
「人間、以下? 」
「違うな。正解は、“ゴミ”だ」
「ご、み……? 」
「そう。何も持たねぇ奴らは“ゴミ”。それがこの国の暗黙のルールってやつだ。その証拠に、国の奴らは不定期に“ゴミ掃除”なんつーふざけたことをやってる。男に女、子供も爺さん婆さんに赤ん坊まで見境いは無ぇ。俺は、こいつが一番許せなかった。理由はそれだけだ」
そして、バツが悪そうにため息を吐いて八瀬はまた話を戻した。
「ま、ちと脱線したが、最終的にはお姫様を立てて政権を変えるってとこだな。さて、残りの役だが、俺が王様の説得役で夏目が救出役で良いな? 」
「はい! 」
「おっと、もう一つ質問だ。お前の言うそのお姫様は、信用できるのか? 」
「ああ。俺が保証する」
「…………。なら、安心だな」
「よし。そんじゃ役割も決まったところで、今から本題に入る。モタモタしてらんねぇからさっさと済ませるぞ」
○ ○ ○
「と、いう訳で、作戦開始は今から一時間後だ。各自、抜かりの無ぇように。解散!! 」
「「うわぁ……。最悪だ……」」
そう、高らかと告げる八瀬とは裏腹に番野と美咲の表情はまるでこの世の終わりのような絶望をたたえていた。