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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第三章 王都動乱ー準備ー
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第40話 予想外の客

(大丈夫でしょうか……? )


 雇われているパン屋の裏道に跳躍した夏目の顔にはどことなく不安の色が浮かんでいた。


(一応注意はしておきましたが、なぜか不安が消えません。それは、わたしがまだ番野さん達を信用できていないということでしょうか? )


 確かに先程あの二人には「来るな」と釘は刺した。かなり嫌がっている雰囲気も醸し出せていたとも思う。しかし、夏目の心には未だ少しの不安がわだかまっていた。


 無駄に頭の良い人間はだいたい変わっている。


 これは夏目の持論であるが、夏目は堂々とその証拠を提示できる程度の体験を二度している。


 自分の『魔法』に対してなお恐れず、真っ向からぶつかってきて打ち破った“変人”が一人。

 そして、初対面にも関わらず『魔法』が莫大な精神力と集中力を要することを見越した上で、話術のみで戦わずして『魔法』を看破してみせた“変人”が一人。


 この二人の“変人”によって、夏目の持論は己の中でも確固たる物となった。


 では、一般的に変人とはどういった人のことを指すだろうか。


 おかしな人。変な人。という答えが大半だろうが、その中には“頭が良いせいで思考の読めない人”という答えも少なからず混じってくる。

 そして、夏目の持論を裏付けている変人二人はどちらも後者のグループに属している。


 これが、今夏目の不安を煽っているものの正体であった。


(ちゃんと伝わっていると良いのですが……)


 そこでふと、夏目は思い付いた。

 自分の仲間には変人二人以外に一人普通の人がいるじゃないか、と。


(そうですよ! わたしにはまだ普通の人の美咲さんがいるじゃないですか!

 ええ。あの人ならきっとわたしの思いに気付いてくれているはず! もしも番野さんや師匠がおかしな行動に走ろうとしても止めてくれるはずですよ! )


 夏目は、そんな妙な期待を美咲に寄せ、これ以上はもう考えまいと思った。


 そして、裏道から出て店の前に来ると、頬を張って気合を入れた。


「今日も一日、頑張りますっ! 」


 ○ ○ ○


 一方その頃。隠れ家では、番野と八瀬の二人が揉めていた。その内容はと言うと。


「変装はしない方が良いだろう。そんなすぐに衣装を用意できるとは思えないからな」

「いいや。俺らの顔見たら間違いなくあいつは変に緊張しちまうだろうが。それじゃ意味無ぇんだよ。自然に働いてる姿を俺は見たいんだ」


 襲撃の際に変装をするか否かである。これについての議論が小一時間程繰り広げられている、


(はやく終わらないかしら……)


 美咲は、このような不毛な争いに興味が無いのか、明後日の方向を向いてフランスパンに似た形のパンを食べていた。


(私から言わしてみれば変装なんてしてもしなくてもどっちでも良いんだけど、そんな事この場で言ったら二人共を敵に回してしまうのよね)


 そんなことを思いながら、美咲はパンにかじり付いた。


「うぅ……。やっはりかはいあね……」


(て言うか固すぎよ! 鉄筋でも入ってるんじゃないのこのパン! )


 美咲は内心で文句をぶつけながら、パンへの侵攻を再開した。


 ○ ○ ○


 それから時は過ぎ、時刻は正午に差し迫っていた。

 にも関わらず。


「八瀬、そろそろ自然な態勢で行くって作戦に妥協しないか? 世の中には予想だにしない事がいくらでもある。これはそれに慣れる訓練なんだよ」

「その観点で見るなら俺の案の方が経験にはなると思うがな? 変装して店に入ってくるやつなんざそうそういねぇぞ? 」

「いやいや、それだけじゃない」


 はあ、と美咲はため息を吐く。その目からは明らかに生気が抜け落ちており、どこか虚空を見つめていた。


(はっ!? い、いけないいけない。あともうちょっとで夢の国へ出かけちゃうとこだったわ。それにしても、どれだけ時間かかってるのよ。もう昼なのよ? )


 こうなったらどこかで止めるしかないかと、美咲は考える。


 それを行うにあたって多少のリスクは生じてくる。しかし、議論に熱中し過ぎて本来の目的を損なってしまっては本末顛倒なのだから。


(でも、重要なのはタイミングよね。どうにかして両方を納得させられるタイミングを見つけないと)


 と、美咲が思案している間にも二人の話は続く。

 番野が身を乗り出して言う。


「は? もう一回言ってみろよ」

「だから、お前はただ単に夏目がオドオドしてる様を見て楽しみたいだけだろうがっつってんだよロリコン」

「ーーッ!! 」


『ロリコン』。その単語が番野の神経を逆撫でた。

 抑えなければ、抑えなければと思っても、一度沸き立った感情をそう簡単に抑えることはできない。


「俺の性癖は正常じゃぁぁああぁあ!! 」


 と、番野が八瀬の胸倉を掴みかけた、その時。


「はい、そこまで」

「うっ……」

「おっと」


 番野の喉元には剣が、八瀬の目の前にはナイフが突き立てられ、二人の身動きを止めていた。


 美咲は、二人が止まったのを確認すると、行動とは裏腹に極めて優しい声で言った。


「ねえ二人共。そろそろ昼になっちゃうのよ。だからさ、もうジャンケンで決めない? それで決まったんなら二人共文句は無いでしょう? 」

「あ、ああ。そそ、そうだな、うん。そ、それよりだな。喉の剣が怖いなぁって」

「止め方他にもあっただろうがよ」

「良いのよ、これで! 」


 二人からの非難を受けた美咲は怒鳴るのと同時に勢いで思わず腕が動いてしまい、番野の喉を僅かに掠めた。


「ひぃっ……!? 」


 番野が小動物のような声を上げるが、美咲は少し首を傾げただけで今の事態に気付く様子は無い。

 そして、美咲は二人に向けていた武器を退けて言った。


「さあ、早くジャンケンする」

「はい」

「分かったよ」


 番野と八瀬は返事をすると、指をポキポキと鳴らしたり、クビを回したりと戦闘準備を始めた。


 番野は、既に勝ち誇った顔をして構えている八瀬を見据える。


(こいつ、もう勝った気でいる。まあ確かにこういった類の勝負はお前は得意かもしれないな。

 だが、それはお前お得意の心理戦に持ち込まれたらの話だ。単純な運での勝負になれば五分五分。

 安心しろ。俺は過去に宝くじを一発で一万円当てた経験がある。運は確かだ。安心しろ。何も考えずに出せば、いけるっ!! )


 覚悟を固めた番野は、静かに前に己の握り拳を出した。それに続いて八瀬も出す。


「「ジャン」」


 その一声で二人は拳をさらに握り込み。

「「ケン」」


 その一声でゆっくりと振りかぶり。


「「ポンッ!! 」


 その一声で己の最善手を出して、勝負は決した。


 ○ ○ ○


 そろそろ昼時。朝には盛況だった客足も衰えてくる時間帯だ。


「ふ、んんー、っと」


 床を磨くモップを体に立てかけて夏目は大きく伸びをした。


 そして、売り物棚に並ぶパンのトレーを見て、今朝はいつもよりも多く売れている事に気付く。


(やっぱり日頃の行いでしょうかね。今日はこれからもっと良い事がありそうな気がします)


 そう思った夏目は、嬉しそうに顔を綻ばせた。


 と、そこへ。


 チリンチリンと軽快な鈴の音が店内に響いた。

 夏目は、慌ててドアの方を向き、入ってきた客に挨拶をする。


「いらっしゃま、……せ? 」


 しかし、夏目の年相応の屈託の無い可憐な笑顔は、瞬時にぎこちない作り笑いに変貌した。


 何故そんな事になったのか。理由は他でもなく入って来た三人の客にあった。


 客は男が二人と女が一人。その内男と女にはまだ少しどこか幼さを感じさせる顔付きだ。これだけならば特に驚く事ではないが、問題はその格好だ。


 二人の真ん中にいる男は、漫画に出てくる犯罪者のような白黒の横ストライプを上下に着ており、その男を挟む男女は揃ってまるで物語に登場する勇者のように立派な服装で腰には帯剣している。


 夏目は思った。

 ここは刑務所ではないですよ、と。

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