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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第三章 王都動乱ー準備ー
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第37話 二人の決意

「うんうん。やっぱりこう、空気が澄んでるから夜になると一層星が綺麗に見えるな」


 実に感嘆したといった声色で、番野つがのは言った。


 今彼は、星が見易いからという理由で屋根の上に座っているのだが、よっぽどの事がない限りは落ちることはないだろう。


とはいえ、別段番野の趣味の一つに天体観測があるという訳ではなく、ただ単に異世界の星がどのような物なのかを見てみたかったというだけだが。


 だがしかし、そうは言ってもやはり車や工場の排気ガスなどで淀んでいる元の世界では見ることのできない神秘的な素の星空に、番野は内心で天体観測も趣味に加えようかと思い始めていた。


 と、番野が星空に心を奪われていると、二階の小さなベランダからちょうど風呂上がりと思われる美咲みさきが顔を覗かせて言った。


「番野君、上にいるの? 」

「おう。涼しいぞ」

「ふぅん。それじゃ、私も上がらせて貰おうかな」


 言って、美咲は屋根に向けて両手を伸ばした。

 番野は小さく嘆息すると、下から伸ばされる手を取った。


「俺まで引き込まないでくださいよ、お姫様? 」

「さて、危うく手を滑らせてしまうかもしれませんよ? 」


 ふふっ、と悪戯っぽく笑う美咲を番野は、いつ引き込まれても良いように細心の注意を払って引き上げる。と同時に、美咲の体重の軽さに驚いた。


(結構軽いな。あれだけ飯食べてたから少しはあるのかと思ってたが、案外そうでもないらしい)


「よっと」

「うん。ありがと」


 屋根の上に登った美咲は、番野の隣に座って言った。


「ねえ。何でこんな所にいるの? 」

「何で? 何でってそりゃ、星を見る為だよ」


 すると、番野の言葉に美咲がわざとらしく口に手を当てて言う。


「え!? 番野君にそんなロマンチックで博識な趣味があったなんて」

「いや、まあ、趣味って程じゃないが、気が向いたから見てただけだよ。て、俺がロマンチックで博識な趣味を持ってたら何かおかしいのかよ? 」

「別に良いと思うけど? 私も星空見たりするの好きだし」

「へぇー。初めて知ったな。お前にそんなロマンチックで博識な趣味があったなんて」

「良いでしょ、別に。それとも、私がロマンチックで博識な趣味を持ってたら何かおかしい? 」

「いいや」


 美咲の返答に、番野は星空を見上げながら言った。


 そして番野はスッと目を閉じると、まるで独り言を言うかのように呟いた。


「美咲。今回の事、お前はどう思ってる? 」

「え? 」

「今回の、八瀬やぜ達の作戦に乗った事だよ」

「ああその事ね。そうね〜」


 と、少し考える素振りを見せて、答える。


「私はね、まだ正直なところ、どうなのか分かってない。だって、政権をひっくり返すって言ってるのよ? そんなの世界史とか日本史とかで習ったりした事じゃない。私には全く想像もつかない」


 そこで話を区切り、美咲は番野の方を向いて言った。


「それじゃあさ、逆に番野君はどう思ってるの? 」


 問われた番野は、しかし目線は星空を見上げたままで答えた。


「俺は、あいつらの作戦に乗り気だ。いや、と言うよりも、絶対に成功させる気でいる」


 その真剣な意思が込められた言葉に美咲は目を丸くして、さらに問う。


「それはまた、どうして? だって、まだ八瀬君達と会って一日も経ってないのよ? 」


 言葉には出さなかったが、美咲の瞳は、どうしてそんなに信用できるの?と訴えていた。


 無理も無い話だ。むしろ、もっともな意見だと言えよう。


 恐らく、美咲がまだ八瀬ら二人を信用しきれていない最も大きな理由に八瀬の存在があるだろうと番野は推察していた。


 一体どのタイミングで気付いたのかは知らないが、美咲は八瀬の頭の良さに気付いている。

そして、八瀬が初めに言っていた事を必要であれば実行できる程度の割り切りはできるという点も。


 確かに、番野もそれらの事に関して警戒をしていない訳ではない。だが、“アレ”を一度でも見てしまった以上は彼らの計画に協力せざるを得ないと番野は思っている。


「ま、俺だってあいつらーー、特に八瀬のことを信用しきっている訳じゃない。

あいつはこの計画を絶対に成功させようと思ってるから、その為には何だってするだろうさ。だがな、さっきも言った通り、俺だってその気持ちは同じだ」

「どうして、そう思うの? 」

「そうだなぁ……」


 さて、どう話したものかと言葉に詰まる番野。どうしてそう思うのかを伝える為にはあの事を話す必要があるが、自分としてもまた思い出すのは避けたいと思っている節がある。


 五秒、十秒と空を見上げながら言葉を探した番野は、ようやくその口を開いた。


「なあ、美咲。人は死んだら何になると思う? 」

「え? どうしたの急にそんな偉い哲学者みたいなこと言い出して」


 その質問に、小馬鹿にしたような口調で返す美咲に番野は困ったように言った。


「いや、俺はそこそこ真面目に聞いてるんだが……」

「ゴメン。うーん……。やっぱり、魂になるんじゃないかって思うわね」

「そうか。それじゃあもしも、死んだ人をゴミと同じように扱うことを許されている国があるとすれば、お前はどう思う?

いや、それよりも、ただ持っていないからって理由だけで生き死にを他人の気分で決められることを見逃されている国があるとすれば、どう思う?」

「それ、どういう意味……? 」


 一言一言に重い感情を込めて放たれたその問いに、美咲は何を思うか答える思考を遮断された。


 しかし、番野自身、初めから答えは期待していなかったのだろう。聞き返されたことを特に気に留めず、話を続ける。


「俺は、変えたいと思う。そんな間違った事が見逃されているのはどう考えてもおかしい。

つっても、こんな事を言ったり思ったりできるのも、今自分がそれを成せるかもしれない力を持っているからだと思う」


 そして、番野は目線を美咲に移し、決意の籠った言葉を口にした。


「でも、だからこそ俺は、今自分にできる事を絶対に成し遂げたいと思ってる」

「…………」


 美咲はその言葉を聞いて面食らっていたが、その後ふと俯いて番野には聞こえないような小さな声で呟いた。


「今自分にできる事、か……」


 そして、顔を上げた美咲は番野に向けて言った。


「正直、まだ私は番野君の言った事の意味を理解できた訳じゃないし、やっぱり八瀬君のことも信用できてない。

だから、私は番野君や八瀬君達と同じような考えは持てない」


 そこで美咲は一度言葉を区切り、再び言葉を紡ぐ。


「でも、私、思うの。だったら、少しでも番野君の助けになれれば良いなって。それが、今自分にできる事なんじゃないかって」

「そ、そうか……」


 にっこりと。もう夜の筈なのにはっきりと見える程に眩しいその笑顔を向けられて、番野は思わず視線を外した。


同時に、自分の顔が熱くなっていることを自覚した。


「ひ、冷えてきたな。そろそろ、中に入ろうぜ? 風邪引いたらマズイ」


 そして、その場に立ち上がると、美咲に顔を向けないようにしながらそそくさとベランダへ向かった。


 すると、その様子を見た美咲が慌てたふうに言う。


「あ、ちょっと!? 私も下ろしてよ」

「わ、わかってるよ」


○ ○ ○


「溢れ出る夫婦感……。あいつら、実はデキてんじゃねぇのか? 」

「おや。それはわたしのような健全な少女の前で言うような言葉ではありませんよ、師匠」

「他人の会話を進んで盗み聞きしたりするようなやつを世間じゃ健全とは呼ばねえ。ま、俺にはその自覚があるが」


 と、ひそひそと話しながらテーブルの上に描かれた魔法陣から聞こえてくる声に耳を傾けているのは、誰あろう八瀬と夏目だ。


 番野の様子が少しおかしいと、夏目が念のために番野に仕込んでおいた傍受の魔法が作用しているのだが、思いがけない状況に突入したためにこうして二人で会話を聞き始めて今に至る。


 どうやら、二人共会話の最初から聞いていたらしく、やはりその内容に何やら気になる点があるようだ。言わずもがな、それは信用の話になるのだが。


「んで、あの二人はどこまで気付いてると思う? 」

「美咲さんはともかくとして、番野さんはだいたいの事を既に知っているのではないでしょうか。

あの人は頭がよく回ります。もう色々と考察しているのでは? 」

「だよなぁ。だがまあ、別にされて困ることはねぇからいくらでもしてくれて構わねぇんだが……。まあ、今の内はまだ放っておいて大丈夫だろう。だが」

「だが、なんです? 」

「だが、何かおかしな予兆があれば、そん時はちょいと考えねえとな」

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