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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第三章 王都動乱ー準備ー
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第36話 一日の終わり

 リビングの中央に位置するテーブルには、少ない食材で作られたもののそれを感じさせない多彩な料理が並んでおり、必要外の物が置かれていない殺風景な室内に彩りを添えている。


 だがしかし、その量は室内にいる者らだけで食べるにはどう見ても多過ぎる。が、別に作り過ぎたとかそういう訳ではない。これで十分なのだ。


「そろそろでしょうか」


 自分で淹れた紅茶で満たされたティーカップをゆらゆらと揺らしながら夏目なつめが言う。


「そうだねー」


 片や美咲みさきは、自分の取り皿に入れた一粒の豆を箸で弄り回していた。


 二人共、番野と八瀬やぜの勝負の行方にはあまり興味は無いようだ。


『ぎゃああああ!! 』


「誰の悲鳴でしょうか」

「んー。多分番野君だね」


 すると、ドンドンドンと玄関のドアがノックと言うよりは殴り付けると言った方が正しい程の勢いで叩かれた。その様子から、ドアの向こう側にいるであろう人間は相当に焦っているということが容易に想像できるが、


「はいはーい。ちょっと待ってね」


 しかし、美咲はわざとか素か、のんびりとした動きで慌ただしく叩かれるドアへ向かうと、これまたのんびりとした所作で鍵を外す。


 カチャ、と言う音がした次の瞬間。間近に美咲がいるのもお構いなしに、木製のドアが猛烈なスピードで開かれる。


 このままでは美咲は無防備のままドアの衝突を不意に受けてしまう。もしもそうなった場合、当たり所が悪ければ鼻骨を骨折してしまうだろう。


 だが、あれだけ外の人間が慌てていると分かる状況では、この事態の予想は十分にできるし、対策も立てられる。


 だから、美咲は実行した。


 鍵を外した時にあらかじめドアノブよりも少し高い位置に片足を当てておく。

 そして、ドアが力強く開かれた瞬間。ノブから手を離し、ドアを片足で蹴ると、ドアの開かれる力を利用して後方に一回転。そして、床に着地すると、そのまま室内に入って来た人間にアイアンクローを仕掛けた。


 その一連の無駄の無い動作に、夏目は思わず拍手していた。


「痛ぁぁぁぁだだだだだ!! ぐわぁぁああああ!! 」

「ドアの向こうに人がいるかもしれないからドアを急に開かないようにって、番野君、小学校で習わなかった? 」

「バカ、何言ってるんだ。ホラゲじゃドアも立派な武きぃぃぃ、があああああ!! へ、へこむへこむ!! マジでへこむって、ぎゃああああ!! 」


 悲鳴を上げながら、美咲の腕を引き剥がそうとその細い腕を掴む番野だが、いかんせん本物の《勇者》と仮の《勇者》とでは能力の差がある為、《勇者》に『転職チェンジ』している番野でも引き剥がすことは叶わない。


「番野の野郎、《勇者》のまんま走るとかどんだけこすいんだよ。途中で罠に掛かってくれたが、ほとんど効果無えしよー」


 番野らがそうこうしていると、開け放たれたドアを八瀬がだだ下がりのテンションで潜った。


 しかし、そんな八瀬も目の前の惨状に気付いた時には、先程までのネガティブはどこかに消え失せた。今では、番野に怒りの笑みを浮かべながらアイアンクローを掛けている美咲に対しての恐怖が心を支配していた。


 八瀬は、横目でチラッともう一度見ると、夏目の横のイスに座った。そして、夏目に何があったのかを尋ねる。


「なあ、何で番野の野郎は美咲にアイアンクローなんざ掛けられてんだ……? 」

「簡単に言いますと、ドアの前に美咲さんがいるのを知らずに番野さんが思い切りドアを開けて入って来たせいで、ドアが美咲さんに当たりそうになったからですね」

「ああ、なるほど。小学校レベルの問題だな」

「はい」


 そして、夏目がこくんと頷いたところで、美咲はようやくアイアンクローを解いた。


「はい。これに懲りたらもう同じ事はしないように」

「はいっす……」


 言いながら慎重にさすられる番野の頭には、美咲の指の跡が赤くなって付いていた。


「それじゃあ、終わったところで座りましょっか」


 言って美咲は、へこんでないよなと自分の頭をペタペタと触っている番野を伴って空いたイスの前まで行くと、大きな声で言った。


「男子二人! 今日は四人での初めての夕食ということで、私達で腕によりを掛けて作りました! ここにある物以外にもまだおかわりはあるから、どんどん食べてねー! 」


 ○ ○ ○


 ーー王都地下牢。


「あらあら。なにやら外で面白い事が起こっているようですよ」


 と、フローレはころころと口に手を当てて楽しそうに言う。


「面白い、事? 」


 疑問に思い、首を傾げて言ったシュヴェルトは、しかしすぐに納得したように頷いた。


 ここは完全に出口も入口も密閉された閉鎖空間だ。ここに外の空気が入り込むのは、兵士が食料を運んで来る時以外にはほとんど無い為、通常なら外の情報など知る由も無い筈である。


 だが、吸血鬼の血の混じった半吸血鬼であるフローレは、万全ではないがその力を使うことができる。


 恐らく、身体の一部を何かに変化させて外に放ち、情報を集めているのだろう。


「それで、その面白い事というのは一体どのような事で? 」

「まだ秘密ですっ」

「ええ!? ちょっと、ズルいですよ一人で面白い事独占するなんて! ただでさえここには楽しみと呼べる物が無いんですから! 」

「ふふっ。ごめんなさい。だけれど、ヒントはあげます」

「ヒント? 」

「ええ。もしもこれが成されれば、とてもとても面白い事になりそうですよ、とだけ言っておきます」

「意地の悪いヒントですね」


 全く色の無い地下牢に、ムスッとむくれたような声が響いた。

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