第35話 和解
「なんとか勝てた、な……」
深く息を吐いて言った番野は、気を失って倒れている八瀬を見る。
「やり過ぎたか? 舌を噛んでないことを祈るか」
続いて、今も少しずつ血液が流れ出している右腕に視線を移し、そういえば、と何かを思い出す。
八瀬が番野にこの傷を負わせた時、八瀬は一つとして攻撃の動作を取っていないのだ。
強いて言うならば、番野の姿を見る為に首を動かした程度。
であるのに、番野の右腕には何か鋭利な刃物などで皮膚を切り裂かれたような傷が生じた。
(アレは何だったんだ? いや、アレ以外にも俺の剣を止めたのもだし、俺の身動きすらも止めてみせた。恐らく、何かある筈だ)
思った番野は、八瀬の傍に歩み寄ってその周囲を調べ始めた。
「……これは? 」
と、訝しげな声を上げた番野は、倒れている八瀬の周りに広がる極細の糸のような物を手に取る。
そして、それが何であるかを理解した。
それは、見るからにはただの糸だった。
ただし、その硬度は鋼のそれとほぼ同じだが。
「つまり、超極細で半端じゃない耐久性を持ってる鋼糸か。なるほど。確かにこれなら剣を防ぐことも可能、と」
「ああ。ま、そういう、こった……」
「あ。起きたのか」
番野は、下から聞こえてきた声に言った。
八瀬は上半身を起こすと周囲の鋼糸を巻き戻しながら言う。
「ったく。なんてことしやがる。舌噛んでたらどうすんだよ」
「その時はその時だろ」
「そん時になったら俺は確実に死ぬと思うんだが? 」
しかし、番野はそんな八瀬の訴えを無視して話を変える。
「そういや、俺もお前もまだ自分の職業の能力を伝えてなかったよな。良い機会だから、交流しようぜ」
「ああ、そうだな。もう戦った後だし、隠してもしょうがないもんな」
すると、ちょうど八瀬が言い終わった時に、王都の方面から小さな照明弾のような光の玉が空に上がった。
夏目の合図だ。
「向こうもちょうど良いタイミングで出来上がったらしい。歩きながら話そう」
「そうしよう」
八瀬は、立ち上がって体に着いた土をある程度落とすと、光の方へ歩き始める。
「じゃあ、まずは俺から話そう」
すっかり日が落ちてしまった森の中を、随分と日没が早いんだな、と番野は進みながら同時に思う。
「俺の職業は、初めにも言った通り《フリーター》だ。
能力は、簡単に言ってしまえば別の職業に『転職』できることぐらいだな。
んで、今なれるのは美咲の《勇者》だけだ」
「ほう。なかなか面白そうな能力じゃねぇか。それ以外には何か能力はあったりすんのか? 」
「いいや、無いね。これっぽっちも」
「そうなのか。てこたあ、あの身体能力も筋力も自前じゃない、と? 」
八瀬は、身振り手振りを加えながら言う。
「そういうこと。ほとんど《勇者》の身体能力強化? のおかげだ」
「オイオイ。そこなんで疑問系なんだよ。結構使ってる職業なんだろ? 」
「確かに使ってはいるんだが、本来の職業じゃないし、身体能力強化以外にどんな能力があるのかも分かってない状態で使ってるからな。ほとんど使いこなせてないと言っていい」
「なるほどな。
要するに、お前の職業の能力は他の職業の劣化コピーになることが出来る、みたいなもんか」
すると、八瀬の言葉に少なからず心を傷付けられた番野は、隣で悪路を軽々と歩いて行く八瀬を睨み付けた。
「…………! 」
「ふむ。何やら真横から熱烈な視線を受けているが、気にせず話そうか。俺の《罠師》には大きく分けて二つの能力が二つある。
一つ目は、今回の戦闘の中でお前も恐らく気付いただろうが、罠の高速設置だ。
落とし穴みたく簡単な物なら一つ当たりだいたい五秒。そんで、もちっと工夫を凝らした物だとだいたい十から二十秒程度だな」
「それはもう設置するとは言えないぞ? 」
「ま、これに関しては元々そうなってたとしか言いようがねぇから、気にしたら負けってやつだな」
「なんだそれ? 自分でも理屈が分かってないじゃないか」
番野の指摘に、八瀬は肩をすくめて見せた。
「二つ目は、一番効果的な仕掛け場所を見つける能力だ。こいつはとても役に立つ。
ただ罠を仕掛ける分にももちろん使えるが、俺が近接戦で使う鋼糸もこいつを使うことで威力を上げてる。
応用次第で他の用途にも使える便利な能力だ」
「へぇー。それは便利だな。《罠師》に『転職』してみたくなってきたぜ」
「ハン。お前にこの能力を使いこなせる程の頭があれば良いな」
「は? 」
しかし、《罠師》の能力で最適な仕掛け場所を割り出せると言っても、それが一つだけしか出ない筈はなく、幾つもの候補の中から選抜しなければならない為、最終的には自分が相手の行動をどれだけ予測できるかが勝負となってくる。
なので、例えこの職業に当たったとしても、多少頭が良い程度ではとても使いこなすことは叶わない。
「よし。んじゃ、番野。飯前にもう一回動いて腹を空かせようぜ? 隠れ家まで競争しようぜ。
負けた方は肉系没収な」
言うなり、八瀬は本当に子供のように走り出した。
「おい、ちょっ」
番野はその様子を頭を掻きながら見ていた。
「小学生かよ。だが今はそんなことより、肉系半分没収は回避しないといけない。
ちとズルするか」
そう言って、番野も走り出した。
そしてそのすぐ後、日の沈んだ森の中に一つの大きな悲鳴が響き渡った。