第28話 “壊滅”と“消滅”
「えーと、つまりはどういうことなんだよ? あ、かくかくしかじかは無しで、きちんと説明しろ」
「ふむ。つまりはですね、ーー」
と、夏目は前で立っている八瀬に彼が来るまでに隠れ家で起こった事を詳しく話した。
すると、八瀬は腕を組んで頷いた。
「なるほどな。要約するなら、番野のアホはお前を口説いたが、そのせいで美咲の嫉妬を受けて今に至ると。
まあ、向こうの世界なら確実にロリコンの変態として逮捕されて全国ネットで報道されてたろうから幾分マシじゃねぇか? 」
「だ、れが、ロリコンの変態だ……」
「お、もう大丈夫なのか、心の傷は? 」
「ああ。まだちょっと目から汗が出るが、問題ない」
「それは治療途中って言うんじゃねぇか? まあ、大丈夫なんなら良いけどよ」
そう言って八瀬は、夏目に自分の茶を出すように指示すると、番野らの向かい側のイスに座った。
そして、未だに起き上がれないでいる番野の様子を見かねた八瀬は、番野を心配そうに見ている美咲に声を掛けた。
「美咲、そろそろそこで汗を床にダラダラと流してるアホを起こしてやれ。見てて可哀想だし、話したい事も話せねえ」
「分かったわ」
応答すると、美咲は床に身を投げている番野の傍でしゃがんだ。
「立てる? 肩貸そうか? 」
「ああ。た、頼む」
「よいしょっ」
自分の肩に腕を回した番野の体を支えながら立ち上がった美咲は、イスに番野をゆっくりと下ろした。
そして、番野がイスに座ったのを確認した八瀬は、運ばれてきた茶を一口飲んで切り出した。
「よし、揃ったな。そんじゃ、第一回のミーティングを始めようか。夏目、そっちのグループの報告を頼む」
「はい。今日は特別な情報こそ得られませんでしたが、憲兵四人と戦闘になりました」
淡々と告げる夏目に、八瀬が興味深そうに問う。
「へぇ〜。で、結果は? 」
「始めの三人は番野さんがーー」
「難無く俺が倒したぜ」
「ふーん。で、もう一人は? 」
と、出しゃばっていたところを八瀬に軽くあしらわれた番野は、無言のまま机に突っ伏した。すると、美咲が番野の頭を慰めるように優しく撫でた。
夏目はそんな様子の番野に羨ましそうな視線を向けた後、八瀬に報告を続けた。
「もう一人は顔を隠していたので誰かは把握できませんでした。が、相当な実力者でした。
三人を相手に一方的な展開をして見せた番野さんを簡単に追い詰めていましたし」
「なるほどなるほど。
まあ、そこはまだ俺が番野と美咲の戦闘能力を把握してねぇから、その最後の一人の実力は計りかねるんだが。そいつの動きはどうだった? 」
「かなりキレていました。
例えるならば、一挙動一挙動がまるで稲妻のような速度で、わたしではとても反応できそうにありません」
そこまで聞いて、八瀬はその表情を険しいものに変えた。
「まさか……。いや、たかだか三人が倒された程度で出張って来るとは考えられねぇが……」
「何か引っかかる事が? 」
「ひとつ聞いてみるんだが、そいつの持っていた武器はどんなのだったか覚えてるか?」
「詳しくは見えていませんが、片手剣でした」
「そう、か……。なら、やり合った本人に聞くのが早いな。おいコラ。聞きたい事があるから起きろ」
「イテッ」
番野が頭を起こすと八瀬が質問を投げた。
「そいつの剣はどんなだったか覚えてるか?」
「あいつの剣は、言うなれば普通に見えて普通じゃない。
装飾こそ特にこだわった箇所は見当たらなかったが、あの剣はどういう原理か僅かに光を帯びていた。
至近距離で見た俺が言うんだから間違いない」
こんな近くで見たんだぜ? と、身振り手振りで説明する番野だが、八瀬は表情を一層険しくしていた。
「オイオイ、洒落になってねぇぞ。本当に出張って来たのかよ……」
「おい、どうしたんだよ? 」
「お前ら三人、特に番野。かなりヤバイ奴に目を付けられちまったぞ」
「は? それってどういう事だよ?」
体を乗り出した番野を八瀬は手で制すと、そのまま顔の前で手を組み真剣な表情で切り出した。
「お前ら二人はこの国に来たばっかだから聞いたことは無ぇと思うが、夏目、お前は一度は聞いたことがある筈だ。『ステル盗賊団掃討作戦』という名の大虐殺を」
「構成人数およそ三百と余人。末端も合わせると約五百人にも上ると言われる盗賊団を一夜にして“消滅”させた大規模な作戦ですね」
「“消滅”? “壊滅”じゃなくて? 」
と、声を上げたのは美咲だ。
それもそうだろう。組織などを何かしらの方法で崩壊させた場合、“壊滅”と言うのが普通だ。“消滅”とは表さない。
疑問を受けた夏目が答える。
「“消滅”と言ったのには理由があるのです。“壊滅”の場合は組織自体は崩壊していても、その組織を構成していた人は消えることはありません。ですが、その掃討作戦において『ステル盗賊団』と呼ばれていた盗賊団は“無かった事”になったのです」
無かった事になったという言葉を聞いて、美咲と番野は体の筋肉が強張ったのを感じた。
「ま、それについてはそういう事だ。だが、“そんなの”は今から俺が話す事に比べればさして重要じゃない。今から俺が話すのは、“そんな大きな盗賊団を一体全体どうやって潰したのか”ってことだ」
(確かに。構成人数が五百人近くもいる組織を一夜にして、しかも一人残らず消してみせるなんて普通に考えればまず無理だ)
そして、八瀬は淡々と、しかしその言葉に確かな畏怖を込めて言った。
「その五百人にも上る人間を一夜のうちに消し去ったのはな。たった一人の憲兵だ」