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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第三章 王都動乱ー準備ー
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第27話 獲物を見つけた獅子はーー

「あの少年……。どこかで見覚えが……」


 うーん、と難しい顔をしながら、憲兵団長は城への道を歩いていた。


 その横では、番野によって昏倒させられていた兵士らがそれなりに鍛えられた大きな身体を小さくしている。

しかしそれも無理はないだろう。


王国の治安を守るために日々鍛え上げられてきた憲兵が三人もどこの馬の骨とも知れない少年一人に対して完膚なきまでに打ちのめされたのだから。


 だが、彼らを従えている彼女の責任は彼らの物とは比べ物にならない程に大きな物を課せられるだろう。


(あの老獪ろうかいの事だ。良くて期限付きの投獄。悪くて解任だろうな。まあ、まだ私は奴にとって利用価値があるから解任はされないと思うが……)


 しかし、そんな考えはただの憶測に過ぎない。何故なら、一応は彼の側近として動いている彼女ですら、“現国王”の腹の底は知れないのだから。


(いや、もうこの事を考えるのはよそう。いくら考えても奴の考えている事は理解できん。

それよりも、目下の問題はさっきの少年だ。

あの少年は、私の攻撃を“待って”避けた。気が動転していて体が咄嗟に動かなかったのではない。“避けるのに最適なタイミングが来るまで待って”避けた。

もしかするとあの少年、本気でやり合えば私に匹敵するやもしれんな)


「ーーフフッ」


 そう思った途端。それまでああでもないこうでもないと考えていた彼女の表情は、今は物事を考える時の難しいものではなくなっており、まるで獲物を捉えた獅子のような獰猛どうもうな笑みを浮かべていた。


「ど、どうかされましたか? 」


 ガラリと変わった彼女の雰囲気に、傍にいる若年の兵士が恐る恐る尋ねた。


(おっと。つい夢中になってしまっていたらしい)


 憲兵団長は表情をいつもの凛とした表情に戻すと、尋ねてきた兵士に向けて言った。


「いや、気にするな。“少し面白そうな物を見つけた”だけだ」

「そ、そうですか。なら、良いのですが……」


 この時、彼女自身は気付いていないだろうが、彼女の瞳は血のような紅色を帯びていたという。


○ ○ ○


「ふ、ふえっくしょいッ!! ……あー、誰か俺の噂でもしてんのかなぁ」

「そんなのないない。ほら、鼻水出てるわよ」

「うお、ほんとだ。ティッシュないか? ティッシュ」

「ティッシュはありません。代わりに、その長い布で拭いては? 」

「お、そうだな。これでいいか」


 そう言って、番野つがのは自分のマントの裾で鼻水を拭いた。


(うわ汚っ)

(じょ、冗談のつもりだったのですが……)


 二人の心中はいざ知らず、番野は眼前に置かれた茶を優雅に飲む。


 番野は、ほっと息を吐くとゆっくりとカップをテーブルに戻した。


「やっぱり美味いな、夏目なつめの淹れてくれたお茶は」

「は、はあ。そうですか」


 と、歯切れの悪い返事をした夏目は、向かい側の席から美咲の下へ移動し、耳元で囁いた。


(番野さん、何か悪い物でも食べたのでしょうか? )(そんな事は無いと思うわ。多分、ただ格好つけてるだけでしょ)

(なるほど)


 自分を除いて小声で話し合っている二人を横目で見て、番野はまるで私語を注意する教員のような口調で言った。


「コラそこ、何をコソコソ話してるんだ? 」

「えっとですね、番野先生が急に行儀良くお茶を飲んだり気取った話し方をするもんですから、もしかすると格好でもつけてるのかなぁっと思いまして〜」

「うぐ……。ま、まあ、たまには生徒に格好良いところを見せないとと思ってな」

「ぷ、ふふっ」

「な、なんだよ」


 たまらず吹き出した様子の夏目に、番野が少し恥ずかしそうにしながら言うと、夏目は、込み上げてくる笑いをなんとか抑えながら答える。


「い、いえ、なんだか、ーーふふっ。二人共、とても仲が良いんだなって思いまして」

「んなっ!? 」

「ん〜、そうか? 確かに悪くはないと思うが、って、いてててて! 何すんだよ美咲! 二の腕をつねるんじゃないっ! 」

「悪くはないってそこまで仲良くないってことじゃない……。まだ、普通に仲が良いってレベルで良いでしょ? 」

「ま、まだ? 」


 そして、不貞腐れたように唇を尖らせていた美咲は、たった今自らの口から無意識に発せられた言葉を思い出して途端に赤面した。


 美咲は、真っ赤に染まった顔を番野に見られないように体ごと後ろを向いた。


(な、何言ってんの私!? 「まだ」って何よ「まだ」って! そんな言い方だとこれからもっと進展させるって言ってるようなもんじゃない!

でも、でも、絶対聞いたわよね? なんか変な誤解してたらどうしよ〜)


「ち、違う、からね……」

「は? 何が?」

「だ、だから、ーー」


 美咲は、高速で振り返り、ズビシッと勢いよく番野の鼻先に指を突きつけると赤くなっている顔を隠すのも忘れて言い放った。


「私、番野君のこと嫌いだからっ!!」

「グハァッ!!? 」


 と、突然言い渡された言葉に対するショックによって仰け反った勢いでイスから転げ落ちる番野。


 床に頭から落ちて、ゴン! という鈍い音を立てると、番野は横になったまますすり泣いた。


「め、目から汗が……」

「目から汗は出ないから……。それよりも、大丈夫? 」

「心が痛いです……」


 と、番野が床を濡らしながら言うと、玄関のドアが音を立てながら開いた。


「帰ったぞ〜」


 ひらひらと手を振りながら呑気に部屋に入って来たのは八瀬だ。


 何気なしに歩いて来た八瀬は、床に倒れ込んですすり泣く番野と、それを心配そうに眺める美咲、そして、二人の様子を興味深そうに見る夏目を順に見た後、ぽりぽりと頭を掻きながら言った。


「えーっと、これは一体どういう状況なんだ? 」


 すると、夏目が正面の八瀬に向けて一言言った。


「かくかくしかじかです」

「……なるほど、分からん」

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