第26話 休息
「う、うぇ……。最初の時よりかはマシになったが、それでもまだ慣れないな……。いや、慣れられる自信が無いって言った方が良いか」
転移が緊急だったために、まるで放り出されるように見覚えのある板張りの室内に出現した番野は、未だ慣れない空間転移にポツリとこぼす。
「すみません。こればっかりはどうにも……」
すると、偶然番野の真横に転移していた夏目が、吐きそうになりながらぼやく番野に顔を伏せて申し訳なさそうに言った。
しまった、と内心で思った番野は、落ち込んだ様子を見せている夏目に慌てて謝る。
「す、すまん! 無神経だった! 夏目には一番感謝しないといけないのにな……」
「いえ、私の方こそ、次から普通に転移できるように練習しますので」
「ああ、悪いな。期待してるぞって言うと偉そうかな」
「頑張りますっ」
ははは、と冗談めかして笑って夏目を励まそうとする番野と胸をぽんと叩いて微笑む夏目。
「ねえちょっと。イチャコラする前に仲間を助けようとは思わないのかなぁ? 」
と、服に突き立った己の剣が床を貫通し、うつ伏せの状態で動けなくなっている美咲が、ジトッとした視線を送ると夏目は薄っすらと頬を赤らめた。
「い、いえ、別にイチャコラしてなど……」
「そうだぜ? そんな言い方だったら俺がまるでロリコンみたいじゃないか。
俺は小さな子供に対して性欲が湧くような変態じゃないんでな」
「ふーん。まあ良いけど。それよりさ、早くこの剣抜いてくれない? 固定されちゃってるから起きれないのよね」
「分かった。すぐ抜いてやる」
言うと、近付いて剣を抜いた。
「ほらよ」
「どうも〜」
番野が剣を手渡すと、美咲は、パンパンと服に付いた埃を払い、軽い調子で返事をしてそれを受け取った。
「それにしても」
そして、剣を鞘に収めた美咲は、部屋をぐるりと見渡して言った。
「ここ、どこ? 」
「わたしの転移魔法が上手くいったのであれば、ここは隠れ家のはずですが」
「だが、見る限りではここは隠れ家で間違いない。なんだ、もしかして気付いてなかったのか? 」
「き、気付いてたし! まあ、記憶力試験の一次試験は合格ってとこねっ」
「一次試験って……」
つい最近、試験と称していきなり龍をけしかけられたりした事を思い出して番野は少し顔をしかめた。
「ところで、あの変な奴から逃げたは良いが、これからどうするよ? 」
「どうするって言ってもねぇ〜。どうするの? 」
「まあ、敢えて言うなら、俺達はついさっき見知らぬ人間から何故か襲撃を受けた。
それもなかなか腕の立つ奴にだ。
だが、あいつが腕の立つ奴だっていうのはこの際関係ない。今気にかけるべきは、俺達三人の顔がバレちまったって事だ」
「なるほど……」
と、番野の言葉に深刻な顔で頷くのは夏目だ。
夏目は番野が言わんとしている事を理解できているが、美咲はと言うと、理解できずにぽかんとしている。
番野は、そんな様子の美咲を見て、説明を付け加える。
「えーっと、つまりだな。あの変な奴がどこの誰であれ、俺達三人の顔がバレた以上、あいつは自分の仲間か雇い主にそれを報告するだろう。
だから、それのおかげで作戦に支障が出てくる事を俺は危惧してる訳だ。分かったか? 」
「うん。分かった」
「ならよろしい。それと、夏目」
「なんでしょう? 」
番野は、隠れ家に自分達三人以外に気配を感じられないのを確認すると、夏目に言った。
「八瀬のやつがまだ帰ってないようだが、どこにいるか心当たりはあるか? 」
問われた夏目は、ふるふると首を横に振った。
「いいえ。師匠の散歩にわたしは一度も同行した事が無いので、見当も……」
「そうか……」
(本当なら今すぐにでも話し合って対策を練りたかったんだが、八瀬の事を知っていると思っていた夏目にも居場所が分からない以上、下手に動いてまた迷ってもいけないし、我慢して待つしかないか)
番野はイスに座ると、ふう、と一息吐いた。
「夏目、お茶を一杯淹れてくれるか? 」
「あ、私も私も」
「はい。わかりました」
返事をした夏目が奥に入ると、美咲は番野の隣のイスに座り、ズイ、と顔を近付けた。
「む〜」
「な、なんだよ……? 」
番野が目を逸らして言うと、美咲は何度か難しい顔をした後、半ば自信有りげな調子で言った。
「番野君ってさぁ、何か武道か格闘技系やってたことあるでしょ? 」
「ん? ああ。武道ならやってたことはあるぞ。だが、どうしてそんな事を急に? 」
「えっとね。番野君さ、襲撃を受けた時に一回だけ、すごくギリギリのところで攻撃を避けてたじゃない? あれは何もやってない普通の人なら焦ってそのまま斬られてるよ。それに」
「それに? 」
「あの時、絶対避けるタイミング待ってたでしょ。見てたらすぐに分かったわよ」
「あー、なるほど」
「む。なんだかすごくあっさりしてるのね」
番野は何気なしに言ったが、内心では美咲に対する評価を上げていた。
(最初は勘で言ってるのかと思ったが、まさかあそこで俺がタイミングを見計らって避けたのを見破ってたとはな)
番野はフッ、と面白そうに口元で笑う。
「はーい。お茶が入りましたよー」
と、話が区切れた丁度良いタイミングで、夏目が奥からカチャカチャと盆の上で三つのカップを鳴らしながら出てきた。
盆を運ぶ顔はとても真剣で、時折「ほっ」「ととっ」「ふっ」という声が小さく漏れている。
番野はその様子を見守るようにも不安そうにも見える表情で眺めている。
「よいしょ」
そして、夏目がゆっくりと盆をテーブルの上に下ろすと、番野は胸に手を当てて安堵の息を吐いた。