表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第三章 王都動乱ー準備ー
24/135

第23話《フリーター》の拳

 八瀬やぜが息を切らせながら城から脱出していた頃、番野つがのら一行はちょうど路上市の切れ目辺りまで行き着いていた。


 行き交う人間の数が徐々に減ってきたと感じた番野は視線を横に移して、楽しそうに歩いている夏目なつめに言った。


「人が減ってきたな。そろそろ終わりか? 」

「はい。ここから先は、いろいろな施設が軒を連ねていて、病院やレストラン、洋服屋などがあります」

「へぇー、レストランもあるのか。見た感じは中世ヨーロッパみたいだが、割と充実してるみたいで少し安心したぜ」


 すると、次に美咲みさきが言い出した。


「でもさ、そういう場所があっても、問題はコストだよね。レストランで食事するとしたら、だいたいどれくらいかかるの? 」


 と、美咲が空いた方の手で『お金』のジェスチャーをする。


 夏目はその質問に対して、そうですねぇ、と呟くと、視線を美咲に戻して言った。


「ここ周辺のレストランだと、だいたい一度の食事で約二千五百レフルくらいでしょうか」


 何気なく言った夏目に、美咲は頭に『?』を浮かべた。

 それもその筈。番野と美咲はまだ召喚されて日が浅く、それに王国に来たのも今日の話だ。


『レフル』とは、アウセッツ王国の東に位置する、レフル王国を盟主とする同盟の加盟国で使用される共通通貨だが、そんな事を二人が知らないのは当然と言えるだろう。


 その事を失念していた夏目は、自分のミスに気付かれる前に恥ずかし紛れの咳払いをすると、流れるような口調で言葉を繋いだ。


「と言っても、まだこの世界に来て日が浅いお二人はまだご存知でないと思いますので、今から説明させていただきます」

「お、おう」


 余りにも用意の良い台詞に、番野が面食らいながら返事をすると、美咲が番野の顔を見て唇だけで言った。


『今の絶対ミスをカバーしに行ったよね? 』

『本人だって頑張ってるんだ、言ってやるな』


 番野は小さく首を横に振って、これ以上言うな、と美咲に釘を刺した。


 そんなやり取りなど露知らず、夏目はそのまま説明を始める。


「まず、『レフル』という通貨単位を理解していただくために、先に『レフル同盟』の説明をさせていただきます。『レフル同盟』とは、盟主である、レフル王国とその周辺五ヶ国による関税兼軍事同盟です」


 この時、番野は、『レフル』はユーロのようなものか、と勝手に解釈した。


 夏目は続ける。


「加盟国は、行商の国『アウセッツ王国』、商業の国『レフル王国』、工業の国『サロス共和国』、娯楽の国『ノジカノ王国』、流行の国『トレノ共和国』、軍事の国『ハザノス第一王国』です。

 元々それなりに豊かで特色のある国家同士の同盟なので、この同盟は成功だと言われています。

 とまあ、話は若干逸れましたが、つまり『レフル』とは、この加盟国間で使われる共通通貨なのですっ」


 決まったっ! と、胸を張って締めた夏目。

 これには説明を聞いていた番野と美咲も、上手くまとめたなあ、と評価せざるを得なかった。


(まだ十二歳の子供だと思ってたが、中々頭が回るらしい。これはそこいらの小学生とは比較にもならないんじゃないのか? まあもっとも、この世界に小学校があるのかは知らんが)


 思いながら、しばらく歩いていると、夏目が手を握ったまま前に出して、指である建物を示した。


「二人共、あの建物を見てください」

「ん? 」

「普通のレンガ造りだね」


 夏目の視線の先にあったのは、なんの変哲も無いレンガ造りの二階建ての建物だった。それだけならば特に気にする必要も無いが、一つだけ番野の目を引く物があった。


 それは、


「あれは、赤十字……? て事は、あそこは病院か? 」

「はい、その通りです。あそこがこの国では一番の病院ですよ」

「そうなのか。いやでも、まさかこの世界でも赤十字があるとはなあ。やっぱり赤十字のマークは異世界でも共通なのか」

「ええ。わたしも初めて見た時は驚きましたが、やはりあのマークがあれば一目で病院だと分かるから良いですよね」

「あっ、ちょっと、あそこ見て! 」

「どうしたよ? 」


 突然美咲が大声で言うと、番野は特に驚くでもなく、その指差す方向を見た。


 すると、番野の視界にボロボロの布切れのような物を身にまとっただけの少女が、まるで何者かに追いかけられているかのような必死の形相で走っている姿が入り込んだ。


(誰かに、追われてるのか? )


 少女の姿を目で追っていると、案の定、その考えは間違っていなかったと分かった。


 少女が走って来た方向から、三人の憲兵が現れ、なおかつ彼らも何者かを追うように、少女と同じ方向へと走って行ったからだ。


 それを見た瞬間、番野の脳裏には、暗い、まるで闇のような路地裏での惨状がフラッシュバックする。


「悪い。ちょっと行ってくる」

「え? ちょっと、」


 しかし、美咲の制止する声も聞かぬまま、番野はその場を駆け出していた。


「番野君!? もうっ! 」


 何やら、後ろから誰かが怒ったような声が聞こえたが、恐らく気のせいだろう。それよりも今は大事な事がある。


「『転職チェンジ』、《勇者》……!! 」


 番野は、後の事など考えず、剣をその手に顕現させると、目の前の適当な建物へ跳躍した。


 強大な存在に挑む者として、相当に鍛え上げられた身体を持っているとされる《勇者》の膂力りょりょくは、番野の身体を一息で建物の二階部分まで持ち上げる。


「ふっ……! 」


 番野は、壁に剣を突き刺すと、剣を支点に、上昇する勢いを利用して建物の屋根に登った。


 屋根に登った番野は、すぐに屋根から下を見下ろして少女と憲兵らの姿を捜す。


 捕まったら、あの少女はどうなるのか。何をされるのか。

 そういった思いが、番野の焦りに拍車をかける。


(クソッ。どこだ、どこにいる!? )


 すると間も無く、番野の眼下をあの少女が走り抜けた。

 そして、それに伴い、憲兵の姿も確認できた。


 番野は思わず歯噛みした。


 憲兵らと少女との間の距離は確実に縮まっており、少女が捕らえられてしまうのも、最早時間の問題だろう。


 いや、それではダメだ。


 番野は、足場が悪い事もいとわず、屋根の上を駆け出した。


 屋根の上を駆け、勢いをつける。

 そして、飛び出した。


「おおおおお!! 」


 ダン、と、隣の建物の屋根に着地する。

 止まる暇は無い。ただ駆けるのみ。


 番野は、初めの勢いからさらに加速し、二軒、三軒と屋根を経由して先回りする。


(今だっ! )


 すると、番野は屋根から、逃げる少女とそれを追う憲兵らとの間目掛けて思い切って飛んだ。


 一瞬の浮遊感。思わず声を上げそうになるが、しかし、その次の瞬間には硬いアスファルトの地面に足をつけていた。


(いつっ……! 身体能力は強化できても、流石に痛いもんは痛いな)


 ざわ、と上から降ってきた思わぬ闖入者ちんにゅうしゃに、それまで必死に逃走ないし追走していた少女と憲兵らは揃って目を丸くしてざわめき立つ。


 番野は足の鈍痛を無視して立ち上がると、どうして良いのか分からずおどおどしている少女に言った。


「ぼーっとするな。早く行け」

「は、はいっ、ありがとうございます……!! 」


 少女は、一瞬考えるような素振りを見せたが、番野の瞳に圧されて弾かれるように走り出した。


 そこでようやく番野が自分達の目的を邪魔する存在だと認識した憲兵の一人が、明確な敵意で以って番野に問うた。


「邪魔をするのか? 」

「させてもらうさ。どうせあの子をわざと逃がしておいて“案内”させるつもりだったんだろ? 家なり居住区なりに」

「何の事だ? それより、早くそこを退け。我々の邪魔をするなら牢に入ることになるぞ? 」

「しらばっくれるなよ……? 俺は知ってるぜ、アンタらがああいう人達に何をしているのかを。見ちまったんだよ。今日のちょうど昼頃に行われた、路地裏での大量虐殺」


 番野がそこまで言うと、憲兵の敵意は、殺意へと変わった。


「どこまで知っている……? 」

「どこまでも何も、異世界から来たばっかりの俺はまだそれだけしか知らないさ。

 そんな事より、もうあそこの処理は済んだのか? 俺は記憶力にちょっと自信があるからな、もしかしたら詳しい場所を覚えちゃってたりするかもしれないぜ? 」

「…………。黙っておくという選択肢は? 」

「無いね。アンタらに少しでも“その気”があるならなおさらな」

「そうか」


 簡素な返事の後、一人が拳銃を抜いた事で、事態が動いた。


 番野は引き抜かれた拳銃目掛けて、剣を手首を使って最小限の動作で投擲とうてきする。


 すると、剣は正確に拳銃に命中し、巨大な金属音を響かせる。


「なっ……!? 」


 その正確な投擲に憲兵がこちらから視線を逸らしたのを見て、瞬時に距離を詰める。


 突然の出来事に反応しきれなかった細身の憲兵の腹部へ向けて、番野は固く握り締めた掌打を叩き込む。


 番野の放った掌打は、《勇者》の身体能力強化も相まって憲兵の腹部にめり込み、声を上げる事もできずに昏倒する。


「き、貴様ッ! 」


 次に番野は、倒れ込む憲兵の拳銃から剣を抜き、振り向きざまに剣を振るう。


 すると、剣は番野の背後から振るわれた一撃を防ぎ、そのまま押し切った。


 番野の背後から攻撃した憲兵は無理矢理に態勢を崩され、思わずたたらを踏む。


 番野は、その瞬間を見逃さず、拳を握り締めて腕を引く。


 憲兵はその予備動作を掌打のものだと思い込んでバックステップしようとする。


 しかし、それはフェイント。

 本命は足払いだった。


 つい腕に気を取られていた憲兵は、足下の攻撃に対応することができず、無抵抗のまま足を払われ一瞬宙を舞う。


 番野は剣を持ち替え、宙を舞った憲兵の鳩尾を剣の柄で叩きつける。


「カハッ……!! 」


 憲兵は背中と後頭部を思い切り地面で打ち、意識を失った。

 ふぅ、と番野は一息吐くと、残りの一人に目線を投げる。


「ひっ……」


 たじろぐ憲兵を、番野は一睨みして言った。


「どうする? まだやるか? 」

「く、クソ……。後悔する事になるぞ!! 」


 憲兵は吐き捨てるように言うと、慌てて来た道を走って行った。


「仲間を放って行っちまったか」


 でもま、そのうち回収に来るだろ、と番野は楽観的に考えた。

 そして、はあ、とため息を吐くと、自分の拳に視線を移して呟いた。


「まさか、また“これ”を使う事になるとはな……」


 様々な感情の入り混じった声で言った番野は、拳を強く握り締めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ