第21話 感動(?)の再会
美咲は、思い出していた。
自分が、“この世界”へ来るきっかけとなった一人の少女の顔。一番近い場所にいた筈なのに、助けることができなかった少女を。
息が詰まる。背筋を撫でられたような悪寒がする。
うるさいとまで感じていた筈の周囲の喧騒も、商人の威勢の良い声も、果てはすれ違う人の姿さえもおぼろげになっていく。
「あ、あぁ…………」
“あの瞬間”が脳裏をよぎっただけで、今にも卒倒してしまいそうになる。
(わ、たしは……あの、時……)
「美咲さん、しっかりしてください! 」
「はっ……! 」
しかし、危うく飛びそうになっていた意識は、皮肉にもその事を連想させた少女によって引き戻された。
一瞬で意識が覚醒し、機能が一時的に衰えていた感覚器官に一気に情報が押し寄せ、頭がくらくらとする。
美咲は、自分の顔を心配そうに見つめる夏目に努めて平常時の声で言った。
「ごめん! ちょっとぼーっとしちゃってた。人混みに酔っちゃったのかなぁ、私」
「そうなのですか? 見た感じでは、目が虚になってかなり危ない感じでしたが……」
「ううん。大丈夫大丈夫。もう治ったし、すぐに歩けるから」
「…………そうですか。平気なら良いんですけど。でも、無理はしないでくださいね? 」
「うん、ありがとね。さ、さっさと迷子君を捜しに行こ」
そして、美咲は夏目の手を取ると早足で歩き始めた。
しかし、どうして早足になってしまったのかは本人にも分からなかった。夏目に心配をかけさせまいとしてのものだと、この時美咲は考えていたが、握った手は小刻みに震えていた。
(震えてる。やはり、何かあったということですね。こんなに早足なのも、動揺のせいでしょうね。
何があったのかはわかりませんが、せめて気持ちだけでも楽になってください)
夏目は、美咲の手を包むように優しく握り直した。
「さーて、あの二人は一体どこにいるんだ? 別れる前の調子のままなら、まだそこまで移動してないはずだ。
だとすれば、アクセサリー系の店付近でうろうろしてれば向こうから勝手に出てきてくれるな。
ただ、二人が俺を現在進行形で探し回ってるとすれば大きくアテが外れる。悩みどころだな〜」
番野は、腕を組んでぶつぶつと呟きながら市のスタート地点へ向けて歩いていた。
「まあどちらにしろ、こっちの方向へ歩いてればそのうちすれ違うだろ」
先程まで体調を悪くしていた番野だったが、憲兵団長から貰った薬が効いたらしく、今ではそんな様子は微塵も感じさせない。
むしろ、気分がとても良いようで、歩調も軽快だ。
だが、考える事は歩調の軽快さとは全くの逆のものだ。
(路地裏での王国憲兵団による無差別な大量虐殺。あんな行為がまさか許されているとは思えないが、まだ確証は持てない)
そうして、ぶつかりそうになった通行人を避けながら、番野はさらに考える。
(別にそこら辺にいるやつに聞いても良いんだが、それだと『今の王は誰それだ』みたいな表面上の事までしか分からないだろう。
そこより深い所は一般人は知らない筈だ。恐らくは八瀬も。
となると、やっぱり国に深く関係している人間に聞くしかなくなってくるんだが……)
そんな機密、話してくれる人間がいる訳無いよなぁ、と大きくため息を吐く。
そこでふと、憲兵団長の顔が思い浮かんだ番野だが、すぐに候補から除外する。
口調の割にノリが良さそうではあったが、いくらノリが良かったとしても国を守るのが仕事である憲兵団のそれも憲兵団長がそんな事を他人に漏らす事など万一にもあり得ないし、あってはならない事だからだ。
そこまで考えて、番野は内心で頭を抱えた。
(あークソ。こうなったら自分でどうにかするしかないか……っと、あそこにいるのって)
ふらふらと人を避けながら歩いていた番野は、ちらっと視界に入った見覚えのある二人の人影を目で追う。
遠目から見れば少し歳の離れた姉妹。しかし、その服装は双方共周りとは少しばかり変わっている。
姉の方は、柔らかな色合いの栗毛を背に流し、こんな人混みでもしっかりと目立つ純白のジャケットと赤のスカートを身に付けている。
妹の方は、まるでハロウィンの魔女の仮装を思わせるローブを羽織い、その絹糸のような金髪を同じように晒している。
見間違えようもない。誰あろう、美咲と夏目である。
二人は何かを探しているかのようにしきりに周囲をキョロキョロと見回している。
自分の事を捜していると確信した番野は、針路を変えてまっすぐ二人の下へ向かう。
そして、背後まで来た番野は、まだ自分の存在に気付いていない様子の美咲の肩にポンと手を置いた。
「美咲、だよな? 」
「ひゃわあっ!!? って、あれ、番野君? 」
「あ、番野さん……。良かった〜」
素っ頓狂な声を上げて振り向いた美咲と、胸に手を当てて心底安心したように言う夏目。
番野は、二人のその反応を見て思わず吹き出しそうになったが、全力で押さえ込んだ。
「すまん。心配かけちまった」
「ちょっと。『心配かけちまった』じゃなくて、普通はもっと別の言葉で言うべきなんじゃないの? 」
美咲の言葉にうんうんと頷く夏目。
うぐ、と言葉を詰まらせる番野だが、悪いのは九割がた自分なので素直に頭を下げた。
「俺だけ先々行って勝手にはぐれた挙句に二人に心配かけさせてどうもすみませんでした」
「分かればよろしい」
「次からは、気を付けてくださいね? 本当に危ないんですから」
「はい……」
同い年と年下から説教を受けて若干落ち込む番野。
すると、夏目は何を思ったのかーー
「では、また番野さんがはぐれてはいけないので、今からは三人で手を繋いで行きましょう。番野さん、わたしの手を握ってください」
そんな事を、言い出した。
「あ、はい……? 」
「え? 」
「だってほら、そうした方がまた誰かがはぐれるなんて事態にはなりませんし、何より見た目的には雰囲気が良いじゃないですか」
しれっと言い放つ夏目に、番野は、そうかもしれないが……と困ったように言ったものの、やがて仕方ないといった様子で、差し出された夏目の手を握った。
(もしかしたら今の俺達って、側からみたら若年の親子みたいに見えてるんじゃないのか……? って、いやいや! 何考えてるんだ俺はッ)
(ちょ〜ッ! これじゃ私達親子みたいじゃない! て言うかなんで私こんな緊張してるのよ!? )
勝手に可笑しな想像をして顔を真っ赤にしている二人を尻目に、夏目は満足気に笑って二人の手を引いた。
「それでは改めて、わたしがこの街を案内させていただきます。それでは行きましょうっ! 」