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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第2章 アウセッツ王国
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第20話 王国憲兵団団長

「ハッ。何も知らなきゃ素直に楽しめるだろうが、あんなのを見せられた後じゃ逆に気分が悪くなりそうだぜ」


 あの後、込み上げて来る吐き気をどうにか抑えながら裏路地から抜け出た番野つがのは、先程まですぐそこで巻き起こっていた惨劇を知ってか知らずかワイワイと大いに賑わう市場が、番野の気分をさらに悪くさせた。


「おい、しっかり前を向いて歩いていないと危ないぞ」


 俯いて歩いていた番野は、不意に横合いから声を掛けられてはたと振り向く。

 声は毅然とした女性の物で、やはりその容姿も凛々しい。


 切れ長の目に、何もかも見通してしまいそうな透き通った碧眼。そして、輝く様な金の長髪を背中に流している。


 また、その女はまるで中世ヨーロッパの憲兵のような格好をしており、それらの要素が相まってより厳格な印象を強くしている。


 番野がうっとりと見惚れていると、女は少し困ったように言った。


「私の顔に何か付いているのか? 」


 アンタに見惚れてた、などと素直に言える筈も無く、番野は慌てて首を横に振る。


「ああいや、すまない。違うんだ。少し気分が悪いんでぼーっとしてただけだ」

「それはいけない。私の持ち合わせで悪いが、この風邪薬を飲むと良い。すぐに良くなる」


 女はそう言って肩に提げたポーチから小さい袋と水筒を取り出して番野に手渡した。


(そ、そう言われてもなぁ……。か、間接キスになってしまうし……)


 そう思った途端、急に恥ずかしくなった番野は自然と首を横に振っていた。


「い、いやいや悪いぜ。初対面なのにこんなにしてもらうなんて……」

「遠慮するな。人助けに初対面も何も無い。私の事はいいから、早く飲め」

「そ、そうか。だったら、お言葉に甘えさせてもらうぜ」


 そして、袋から薬を一粒取ると、口に放って水筒になるべく口が付かないように水を一口含む。


「むぐっ!? 」


 水に溶け出した薬のあまりの苦さに番野は顔を青ざめさせた。


(にっが!! 何だこの破滅的な苦さはァ!? い、いや、でも良薬は口に苦しって言うし、何よりも吐き出すのは失礼だからなぁ)


 番野は薬がさらに溶け出すより前に水と共に胃に送ると、もう一口水を飲んで口の中に残った薬の苦味を薄めた。


「ふぅ」

「ふふふっ」

「なんだよ? 」


 込み上げて来る笑いが堪え切れずに漏れてしまったように笑う女に番野が怪訝な眼差しで言うと、女は口元に手を当ててクスクスと笑いながら言った。


「いやなに、薬の苦味を堪えていた時の君の顔がやけに面白くてね。つい笑いが漏れてしまったんだよ、はははっ」

「いやもう思いっきり笑ってるじゃないかアンタ。まさか、それが目当てで俺にこいつを渡したとかじゃないだろうな? 」

「いやいやそれはない。私はそんなつまらない事はしない。その証拠にほら、気分が楽になってきただろう? そろそろ薬が効いてくる頃合いだ」

「ん? あ、ほんとだ。気分が良くなった。誰だか知らないが、ありがとうな」

「礼には及ばないさ。このくらい、“王国憲兵団団長”には当たり前の役割だからね」


(王国憲兵団、団長だって……? )


 王国憲兵団団長と名乗った女は身を翻すと、番野を横目で見て言った。


「まあそういう訳だから、これから気を付けるんだぞ? さっきみたいに気分が悪くなったりしたら、すぐに病院に行くんだ。それではな」

「あ、おい! アンターー」


 しかし女は、番野が何かを言う前に人混みの中に駆けて行った。


 これだけの人数だ。もう呼んでも声は喧騒の中に掻き消えてしまうだろうし、捜しに行ったとしても、まだこの国に来たばかりの番野では今よりさらに迷ってしまう恐れがある。


(“王国憲兵団団長”って言ってたから、ちょいと聞きたい事があったんだけどな……)


 仕方ないかと、息を吐いた番野は、解決が後になりそうなこの案件をとりあえず頭の片隅に置いて、今最も重要視すべき問題に目を向けた。


(いや〜、それにしてもすごい人の数だなぁ……。無事に生きて会えると良いが……)


 人口密度だけで言えば渋谷のスクランブル交差点とも十分張り合えるのではないかと思う程の雑踏を再び前にした番野は、気合を入れるため数度頬を叩いた。


 ジーンと頬が痛み、頭がハッキリとする。


「よし、あいつらを捜しに行くか! 」


 そして、番野は意気揚々と人混みを掻き分けて行った。



 その頃、せめて美咲みさきとははぐれまいと美咲の腕にくっ付いて共に移動していた夏目なつめは、


「うわあ、見てくださいよ美咲さんっ。わたしあそこにあるお店初めて見ましたっ。一緒に行きませんか? 」


 迷子になった番野を捜し出すという目的をすっかり忘れ、露天回りを楽しんでいた。


 それも、番野らと初めて出会った頃の毅然とした態度は何処どこへやら。

 興味をそそる物が目に映るやそれが売られている露店へ走り、また何か気になる物があればその場所へ走りと、最早もはやただの十二歳の少女へと戻っていた。


 初めこそ美咲が夏目を振り回して夏目を呆れさせていたが、今では立場が完全に逆転してしまっている。


「さ、沙月ちゃ〜ん? そろそろ番野君を捜した方が良いんじゃないかなぁ〜。ほら、番野君ああ見えて寂しがり屋だし〜」

「そうなのですか? 」

「いや、知らないけど……。で、でも、人ってやっぱり一人になるととても不安になると思うの。沙月ちゃんも経験あるでしょ? 」

「あ、いえ、わたしは……」


 言い淀む。

 しかし、夏目は頭を振ってすぐに言葉を繋いだ。


「いえ、やっぱり何でもありません。そうですね。泣かれても困りますし、早く見つけてあげましょう」

「うん、そうだね」


(何を、言おうとしたのかな……? )


 そう思った美咲だが、それを今聞こうとは思わなかった。

 美咲は、言葉を詰まらせた時の夏目の顔を思い起こす。


(あの目を、私は知ってる。今まで、ずっと一人だった子の目だ)

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