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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第1章 異世界の洗礼
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第1話 ようこそ異世界へ

「どうしてだ……。どうしてフリーターなんだ……」


 広大で緑豊かな大草原の中で番野は泣く一歩手前の声で呟いた。


 番野が右手に強く握りしめているメモ用紙大の紙には【あなたの職業ジョブはフリーターです】という文章がまるでワープロで打ち込んだかのような文字で書かれている。


 番野は半泣きになりながら地面に拳を打ち付ける。


「異世界召喚モノの主人公は《勇者》とか《剣士》とかそんな感じのかっこいい職業じゃないの!? なのに《フリーター》って……。うっ、ううっ……。こんなのって、こんなのってないよ…………」


 しかし、泣いたところで自分の職業が変わる筈もなく、番野は手に持っていた紙を折りたたみ、ズボンのポケットに入れて立ち上がった。


「まあ、夢の異世界に来れたんだ。この際俺の職業が《フリーター》だという事は一旦置いといて、とりあえずそこら辺を散策してみるか」


 そう言って番野は歩き始めた。

 が、しばらく歩いたところで、ある事に気付いた番野はその場に立ち止まった。


「待てよ。こんな見知らぬ土地で迷子になったら終わりじゃないか! だけど、どうすりゃ良いんだ? 」


 そして、うーんと唸る番野だったが、何か思いついたらしく再び歩き出した。


(異世界モノのセオリーとして、森に入れば何かしらモンスターが出てくるだろうからそいつに俺が襲われれば誰かが助けに来てくれる筈だ!

 それにまだ異世界に来たばっかりだから出てくるモンスターもそこまで強くはないだろうし、助けてくれた人に街までの道を教えてもらえば迷子にもならない! こんな策を思いつくなんて、流石俺っ)


 そんな、ゲームや小説で培った経験を頼りに番野は自信満々に森の中へ入って行った。

 ほぼ全てのRPGや異世界を舞台にした小説では、主人公は初めから武器や特殊な能力を持っている事が多い。


 そして、初めに戦うモンスターは初期装備でも十分余裕を持って倒せる程の強さのモンスターが出現するのがセオリーである。


 だから、『そのレベルのモンスターなら素手でも大丈夫じゃね? 一応それなりに鍛えてはいるしよ』と番野は考えていた。


 だが、そんな考えのもと森の中をぶらぶらと歩いていた番野はすぐにその安易な考えに後悔する事になる。


「うおっ」


 よそ見をしながら歩いていた番野の体がモフモフとした物体に衝突し、埋もれた。


「おうふ。も、モフモフ? というか、暖かい? 」


 そして、その感触から顔を離した番野が見たものは、全身を茶色の毛で覆われ、体長が実に三メートルを越しているであろう熊のような生物だった。


 しかも、その生物の手には川で鮭を獲る分にはいささか大き過ぎる爪が5本ずつ両手に備えられている。


 それを見た番野は慌てて自身のポケットや背中に手を回すが、『手紙』を読んだ直後に異世界に行く事を願った為に、武器と言える物は何一つ持っていない。


(あれ〜? おっかしいなぁ〜。物語の最初の敵って言ったら最弱レベルのスライムとかじゃないの? こんなツキノワグマみたいなのに徒手空拳で挑めとかどこの流派の修行だよ……)


 番野の言うツキノワグマのような生物は番野を視界に捉えてはいるが、まだ襲い掛かる素振りは見せていない。

 その様子に番野は、まさかこいつは外見だけ怖いパターンの生き物だなと勝手に断定した。


(だ、大丈夫だよな……? よし。彼の気が変わらない内にとっととここを離れよう。てか、何だよこいつ。雰囲気はめちゃくちゃ怖いクセしてつぶらな瞳で可愛らしい顔してるじゃないか)


「グルル……!!」


 と、一瞬完全に安心した様子を見せた番野に、ツキノワグマのような生物がその凶暴な爪を振り下ろした。


「なっ!? 」


 番野は反応が少し遅れるも、横に跳ぶ事で何とか爪から逃れた。しかし、ツキノワグマのような生物は折角の獲物を逃すまいとさらに追い討ちを掛ける。


「人は襲わないんじゃないのかよぉっ!? 」


 番野はそんな絶叫を上げながら木の裏側に隠れるが、爪は木をやすやすと切断し、番野の背中も浅く切り裂いた。


「ぐあっ! 」


 そして、番野が着ていた服に爪が引っかかったことで番野の体は宙を舞い、すぐ近くの木に勢い良く衝突した。


「ガッ……!! 」


 すると、番野の体は重力に引かれてそのままズルズルと地面に落ちた。


(な、目の前が、クラクラする……。力も入ら、ない……)


 衝突した際に頭部を強打したことで脳震盪を起こしているのだ。

 体にも満足に力が入らず、番野は観念したように仰向けになった。


(クソ……。まだ異世界生活1日目なのに、もう終わりなのかよ。異世界に来ても、結局俺は何も変わらなかった。何も変える事ができなかったのか……)


 眼前に迫る猛獣は、番野の体を裂かんと、手に備えられている凶器を振りかざす。

 そして、獰猛な唸り声と共に振るわれたその凶器は番野の体を無情に切り裂くーー筈だった。


「ギャオンッ!? 」


 次の瞬間、何とも弱々しい鳴き声と共にツキノワグマのような生物は脱兎の如く逃げ出して行った。


「ど、どうしたんだ……? 」


 その鳴き声で目を開けた番野は目の前に信じられぬモノを見た。


 それは両手に巨大な爪を携えた、顔はよく見れば愛らしくも獰猛な爪を持つ巨大熊ではなく、美麗な長い栗毛を風に靡かせる番野と同年代くらいの少女だった。


 少女は学校の制服と思しきスカートを翻しながら番野の方に体を向けて言った。


「君、現実世界の人間でしょ」


 その明確な確信を持って出された質問に、番野は一瞬驚いたが、すぐに答えた。


「ああ。そうだが……」

「そう。やっぱりね。それじゃあ、職業(ジョブ)は? 」


 その問いに、番野は若干声を小さくして答える。


「ふ、《フリーター》」

「え、なんて?」

「だから、《フリーター》」

「は? なにそれ? ちゃんとふざけないで答えて」

「ふざけてないぜ!? マジのマジで《フリーター》なんだよ! ……、ほら! 」


 そう言って、番野はポケットから職業(ジョブ)の書かれた紙を出して少女に見せる。少女は番野の手に息が掛かるのではないかという程顔を近づけると、書かれている文字を数度確認して顔を離して小声で呟いた。


「ふーん。本当なのね」

「ところで、この紙を知ってるって事は、お前も現実世界の人間なのか?」

「ええ、そうよ」

「そうなのか! じゃあ、お前の職業(ジョブ)は?」


 問われた少女は、剣を鞘に収めて言った。


「私の職業(ジョブ)は、《勇者》よ」

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