第18話 迷子の《フリーター》
「政権、交代? アンタ、政治家にでもなるつもりなのか? 」
不思議そうに聞く番野に、八瀬は苦笑して答える。
「ハハッ、まさか。俺がそういう玉に見えるか? 」
「見えないな」
「即答かよ……。まあいい。とにかく、俺も夏目も、今の王様を下ろして新たな王様を立てたいと思っているのさ」
「そりゃまた、どうして? 」
すると、途端に八瀬の表情が険しいものに変わった。
番野は、何か癪にさわるような事をしたのかと心配したが、その気配に気付いた八瀬がすまないと言って、話を始めた。
「お前ら、たしかまだ王都に出た事はなかったよな? 」
「もちろんだ」
「なら、今からちょっと外に出て散歩して来い。それで、いろいろ見てこい」
「は? おい、何言ってーー」
「案内は夏目に任せよう。夏目、しっかりと案内してやってくれ」
「わかりました」
「お、おいおい! 」
夏目に袖を引っ張られて無理矢理立たされた番野は、袖をしっかりと掴んでいる夏目の手を強引に振りほどく訳にもいかないので観念して連れて行かれる事にした。
「やれやれ……」
「あ、待ってよ二人共! 」
ドタドタと足音を立てながら、「危ない」だの「無理に引っ張るな」などと大変騒々しく部屋を出て行った三人を八瀬は一人、静かに見送った。
そして、乱暴に引かれている、あるいは倒れているイスを眺めた八瀬は未だ温かな湯気が立っている紅茶に口を付けて嘆息する。
「はぁ。まったく、イスぐらいちゃんと戻してから行けよな。ま、紅茶が美味いからプラマイゼロってとこか」
八瀬は残りの紅茶を一気に飲み干すと、立ち上がり、三人がここから出て行ったかを確認する。
ギシギシと音を立てる階段を降りると、これまた先程のイス同様、乱暴に開け放たれたままのドアが風に揺られていた。
頭を掻いて、こりゃ後でしっかり言っとかなきゃなと決心した八瀬は、玄関に置いてある花の模様が描かれた大きめの壺の中から糸巻きを四つほど取り出すと、それらを無造作にジーンズのポケットに突っ込んだ。
「さてと、そんじゃ『仕込み』でも始めますかね」
一方その頃、番野ら三人はと言うと。
「おい見ろよ美咲! あそこの店、りんごみたいな果物が売ってるぞ! 」
「見て見て、すごく綺麗なネックレスにブレスレット! 異世界ってすごいのね! 」
「あ、あのぅ……」
「うほ、うめぇ〜! 本当にりんごみたいな味だ! 」
「こっちの指輪も綺麗! 何これ、ダイヤ!? 」
「…………」
始めは、「なんだって急に散歩なんかしなくちゃいけないんだ? 」だの、「まだ紅茶残ってたのにぃ」などと文句垂れ垂れだった番野と美咲だが、異世界の路上市という貴重なシチュエーションにあっと言う間に夢中になってしまい、今では齢たった十二の夏目を困らせてしまう程に二人ははしゃいでいた。
アウセッツ王都の路上市は基本的に入り口から見て左側が主に装飾品類、右側が主に食品を扱っているので、二人は一箇所に固まらず、別々に動いている。
だが、それは夏目が危惧している事の氷山の一角に過ぎない。彼女が今最も危惧している事、それは、
(こんなに人通りの多い場所ではぐれたら本当にマズイです!! )
そう。アウセッツ王都にはこの路上市以外にも普通に商店もあるが、路上市には普段手に入れる事ができない交易品や貴重な素材などが多く取り扱われている。
そのため、珍しい品を求めて商人が。貴重な調味料を求めて料理人が。それら以外にも王都中から、はたまた国内から非常に多くの人が行き交い賑わっている。
では、もしそんな場所で人とはぐれてしまったとしたら。
(見つけられる可能性は、ほぼ0に近い! それに、あの二人はまだここに来たばかりだから知らず知らずのうちに“あの区域”に入り込んでしまうかもしれません! )
危険だと判断した夏目は、とりあえず視界内にいる美咲を引っ捕まえる。
突然腰をがっちりとホールドされた美咲は、反射的に首を後ろに向ける。
「さ、沙月ちゃん? 」
「お願いですから大人しくしててください!! 」
「ええ〜、良いじゃないちょっとくらい」
「ダメですっ! こんな場所ではぐれたら捜すのは無理なんですからっ! 」
「ケチぃ〜」
「はぁ……」
これでは先が思いやられます。夏目は、うっかり出かかったその言葉をなんとか止めた。
(と、美咲さんを捕まえたのは良いですが、番野さんはどこに行ったのでしょうか? )
少し考えてから、しかし始めから考える必要は無かったのだと気付く。
「は、はぐれた……? 」