第17話《罠師》組、その目的
「《罠師》……? 」
聞き慣れない名前を聞いて、番野は思わず首を傾げた。
すると、八瀬が「まあ、マイナーだからな」と言って、特に気にした感じもなく続ける。
「お前、罠猟って聞いた事あるか? 」
「罠を使って狩りをする、あれだろ? 」
「そうだ。その罠猟に使う罠の作製を主な仕事としてるのが、俺の職業《罠師》だ。分かったか? 」
「強いのか? 」
「ま、相手と面と向かって戦うのは得意じゃないな」
「そうか」
番野が言ったところで、番野の横に立っている美咲が口を挟んだ。
「あの、八瀬君、で良いのかな? 」
「ん? おう。お前の好きなように呼んでくれて構わないぞ」
「そ。じゃあ八瀬君、率直な質問だけど、君が仲間を求める理由と、最終的な目的を聞かせてくれない? それがハッキリしない事には、積極的に協力する気になれないわ」
「ふむ。確かにそれは当然の意見だな。だが、今はダメだ」
「どうして? 」
きっぱりと告げた八瀬に、美咲は返答次第では協力しないと視線で訴える。
すると、困ったように頭を掻いて、八瀬は二人の間に顔を近づけて小声で言った。
「すでに俺らの周囲に見張りが数人いる。そいつらに聞かれたら厄介だ」
そして、合点がいったのか、美咲は軽く頷いた。
それを確認した八瀬は、夏目に目線を配ると、手でジェスチャーを送った。
夏目は、こくりと頷くと、口元で小さく呟いた。
「人数設定、四人。設定済みの座標を指定、完了。『簡易空間跳躍』を行います」
一瞬の視界の暗転。
その後、番野達四人は、板張りの見知らぬ部屋にいた。
「な、に……? 」
「ここ、は? 」
突然切り替わった世界に驚きを隠せない番野と美咲。
その様子を見て、八瀬が二人に声を掛けた。
「どうだったよ、初めての空間跳躍は? 」
番野は、痛む頭を押さえながら答える。
「最悪だ。頭がガンガンする」
「はははっ! そうか、まあ、その内慣れるさ。《勇者》ちゃんは、どうだったよ? 」
「ええ。私も番野君と同じ感想よ。頭がくらくらする」
「だとよ」
「そればっかりは、わたしにはどうこうできない問題なので慣れてもらうしかありませんっ」
八瀬が面白そうにニヤニヤと笑いながら傍らにいる夏目に言うと、夏目は唇を尖らせて言った。
すると、番野は苦笑いを浮かべ、八瀬に言う。
「随分と手厳しい妹なんだな」
「おうさ。俺もいつもこいつに怒られてばっかだよ」
「師匠っ! 」
「とまあ、雑談はこれくらいにして、そろそろ本題に入ろうか。そうだなぁ。とりあえず、そこのイスにでも座ってくれ」
「はい。一つ質問」
「なんだ? 」
丁寧に挙手をして言ったのは美咲だ。
「まだ、今私達のいるこの場所についての説明を受けてないわ」
「まあまあ、そいつについても話すから、とりあえずそこに座ってくれよ」
八瀬はそう言って、番野と美咲の二人を促す。
美咲は「それなら良いんだけど」と言って、イスに腰掛けた。番野もそれに続く。
八瀬は、夏目に飲み物を出すように指示すると、番野とちょうど向き合う位置に座り、話を始めた。
「まあ、場が整うまでにはもう少し掛かるが、話だけでも進めておこうと思う。
まず、俺らとお前らの関係についてだが、仲間は仲間でも、基本作戦中は互いに助け合いはしない。これをまず頭に入れておいてくれ」
それを聞いて、番野は、やはりなと内心で思った。
先程八瀬が言った事は、つまりは「お前らと俺らの関係は傭兵と雇い主みたいなもんだから、互いに助け合う必要は無い」という事だ。
場合によっては切り捨てるし、囮にも使うぞという意味を暗に含んだその言葉は、同時に、これから行う事には命の危険が伴うという事も意味している。
言葉の意味を理解した番野は、冗談じゃないと心の中で思ったが、その後に、もうここまで来てしまったのだからと諦めて覚悟を決めた。
八瀬は、まるでそれを分かっているかのように、自然な流れで次の内容に入った。
「それじゃあ、次はここについての説明をしようか。
ここは、アウセッツ王都にある、俺らが使ってる隠れ家だ。
外見こそボロく見えるが、二階建てで、中は夏目のおかげでキレイだ。部屋もいくつかあるから、好きに使ってくれて構わない。
ここについての説明はこんぐらいだな」
「ああ、十分だ」
「…………」
美咲は緊張しているのか、口を閉ざしたままだ。
そうしていると、キッチンの方から夏目が木の盆に温かい茶の入った湯飲みを四つ乗せてやって来た。
「お茶です。どうぞ」
目の前に出されたそれの香りを嗅いで、番野は一言漏らした。
「紅茶か。この世界にもあるんだな」
「はい、ここの市場で買った物です。どうやら、この世界には“向こうの世界”と似たような文化があるようです。あ、必要なら、砂糖とミルクを持って来ますが」
「いや、俺はいい」
「じゃあ、私は両方お願い」
「わかりました」
そう言って、夏目はキッチンへ向かうと、ミルクの入った瓶と砂糖の入った瓶を持って来た。
「ありがと」
美咲は砂糖とミルクを多めに入れ、一口飲んだ。
「おいしい……」
「ああ。淹れ方が良いんだろうぜ」
「あ、ありがとうございます」
褒められて嬉しそうにしている夏目を八瀬は一瞬だけ憐れむような目で見た。
(どうしたんだ? )
そして目線を戻した八瀬は、一度咳払いをすると、口を開いた。
「俺らの目的は、この国の政権を交代させる事だ」