第16話《罠師》
地面に突き立っている氷柱に寄りかかるようにして座り、体の熱を冷ましている番野は、シュンと肩を落としている少女に声をかける。
「なあ、一つ聞きたい事があるんだが、良いか? 」
「……はい、なんでしょうか? 」
「試験って、お前の“師匠”って人の仲間になるのにふさわしいかを判断するためのものだったんだよな?
だったら、不本意ながらとはいえ、その試験に受かってしまった俺達には“師匠”って人の仲間になるって事か? 」
「……そういう事になりますね。しかし、仲間とするかどうかは“師匠”が決めますので、一度“師匠”に会ってもらう必要があります」
なるほどね、と適当に返した番野に、少女はおずおずと尋ねる。
「わたしからも聞きたい事があるのですが、良いでしょうか……? 」
「ん、なんだ? 」
「最後、わたしの頭をチョップする前、二人は突然わたしの正面に現れましたよね? あれは、どうやったのですか? 」
「あれか? 簡単だよ。
お前の起こした爆発の爆風をマントで受けて飛び上がったんだ。帆船は風を帆で受けて進むだろ? それと同じさ。
まあ、タイミングが少しでもずれればアウト、それに必ずしも爆破の魔法を使ってくるとは限らないっていう、そんな賭けみたいな策だったよ」
「なるほど。わたしは、まんまとその策に乗ってしまったと……」
「ああ。だが最低、あれが爆破じゃなくて氷の槍でも対応できると踏んでたが、正直この二種類以外の対応策は浮かんでなかった。ギリギリの合格ってところだな」
「ですが、“まだ本気ではなかった”とはいえ、わたしを負かすとは意外でした」
「「……え? 」」
少女の発言に、会話をしていた番野はもちろんのこと、会話を聞き流していた美咲までもが自分の耳を疑った。
番野は、そんなバカなと思いながらも少女に尋ねる。
「さっきまでのは、本気じゃなかった、のか? 」
「もちろんです。試験で人を殺すなんて、一体どこの組織の入団試験ですか。それとも、そんなにわたしが恐ろしかったと言うのですか? 」
「…………」
心外だと言いたげな表情を浮かべる少女。
確かに少女の発言は正しい。試験でいきなり受験者を殺すなんて、それは本当に犯罪組織か何かだろう。
開始早々、死んでもおかしくない威力の魔法を放ってきたが、そう言うのであれば何かしらの対策はあったのだろうと、番野は自分の心に言い聞かせた。
だが、それ以上に
(もし、あの時怒ったはずみでうっかり力の加減を間違えて全力で撃ってきていたとしたら……? いや、考えるのは止めよう。冷や汗かいてきた)
番野は、少女を『子供』から『キチンと分別のある頭の良い子供』にランクを上げた。
「へぇー、あんたらだったのか」
唐突に聞こえた声に、体を休めていた番野と美咲は身構え、気を抜いていた少女はビシッと姿勢をただした。
王都方面から歩いて来た、Tシャツにジーンズというラフな格好をした青年は、静かに威嚇する番野を一瞥すると、まるで軍人のように背筋を伸ばして立っている少女のもとへ行く。
少女は敬礼をすると、大きな声で言った。
「有望な人材を発見しました、師匠! 」
「おう。よくやったぞ、夏目!」
「うわ、ちょっ、くすぐったいですよぉ〜」
少女に“師匠”と呼ばれた青年は、夏目と呼ばれた少女の金髪に手を乗せ、わしわしと撫でる。
青年の撫で方が上手いのか、先程までシャキッとしていた少女の顔がいとも簡単に綻んだ。
一方、この状況について行けず、おいてけぼりにされている番野と美咲は、自分達の事をそっちのけでじゃれ合っている二人に聞こえないように小声で話し合う。
「おい、あいつ、幼女の頭を嬉しそうに撫で回してるぞ。通報した方が良いんじゃないか? 」
「いや、通報はよした方が良いと思うわ。あの娘が“師匠”って呼んでたし。でも、なんだかちょっと怪しいわね」
「だろう? ここに警察がいない以上、犯罪に発展する前に止めるのは俺達の仕事だ」
「そうね。二人で捕まえましょう」
意見の合った二人はうんうんと頷きあう。
すると、頭に続いて、今度は少女の頬を突ついて遊んでいた青年が、番野と美咲を放置していた事を思い出して慌てて声を掛けた。
「っと、悪ぃ! つい遊んじまってた。あんたらだよな、夏目の試験をクリアしたのは? 」
「そうだ。それで、もう気は済んだのか? 」
「は? 気って何の気だよ? 」
「いや、済んだなら良いんだ。犯罪に発展しなかった事を俺は嬉しく思うよ」
「? 」
青年は何の事を言われているのか分からず首を傾げると、傍らに立つ少女に視線を投げた。
『俺、なんか変な事したか?』
『していないと思いますが』
『だよなぁ?まあ、良いか』
無言のやり取りの後、青年は番野達に視線を戻し、手を差し出した。
「合格だ」
番野は、その手を握り、青年の瞳を見て言った。
「番野護、職業は《フリーター》だ」
それに続いて、美咲が言う。
「美咲叶、職業は《勇者》よ」
二人の自己紹介を受け、青年続く。
「俺の名は、八瀬巧。んで、こっちが夏目沙月。職業は《魔法使い》で、俺の妹分だ。よろしくな」
「おいおい、まだあんたの職業を聞いてないぞ? 」
指摘された青年ーー八瀬は「悪ぃ悪ぃ」とはにかんだ。そして、もう一度番野と美咲に目を合わせて言った。
「俺の名は、八瀬巧。職業は《罠師》だ。よろしく」