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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第七章 リュミエール皇国
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第129話 無遠慮な剣

 美咲の剣が迫る。

 なぜだか、番野は動けない。生命の危機が迫っている。防御するか、避けなければならない。それなのに身体が言うことを聞かないどころか、その判断すらもできていなかった。それほどに、彼の脳内は混乱していた。


(やられるっ――!?)


 気付いた時には、もう遅かった。今の状態から回避行動を取っても剣は違わず番野を捉えるだろう。


「ッッ――!!」

「…………」


 しかし、鳴り響いたのは金属音。散ったのは血飛沫ではなく火花だった。そして、二人の間に高速で割り込んだ影が一つ。身体を紫色の電撃が疾るその姿は、紛うことなくシュヴェルトの物だった。


「シュヴェルト!? アンタ、どうしてここに!?」

「御託はいい! それよりもなんだこの状況は! どうして助けるはずの人間に襲われている!」


 わざと迫合(せりあ)いに持ち込んで美咲を止めながらシュヴェルトは言った。

 その表情は険しい。付近に倒れているファレスと、番野に襲い掛かる美咲に対しての混乱もそうだが、何より連戦の疲労が大きいだろう。


「分からない……」

「分からない!? それはどういうことだ!」

「だから、原因がまったく分からないんだ……! どうして美咲に襲われてるのかなんて……!」


 その答えを聞いて、シュヴェルトは「もういい」と言わんばかりに剣を払った。鋭い音が鳴り、押された美咲が後退する。


「ふぅぅ……」


 放熱でもするように息を吐き、シュヴェルトは呼吸を整えた。


「ツガノ。もう一度聞く。彼女がこうなっている理由は?」

「分からない。もしかすると、魔法か何かで操られてるのかもしれないが……」

「だが、魔法ならば術者が倒れた時点で破綻するはずだ。実際、戦場に張り巡らされていた結界も今は消失している。予想だが、ウチの団長の仕業だろう」


 余裕は無さそうではあるが、それでも誇らしげな表情を浮かべて言った。

 その意図を理解した番野は、その言葉に確かな頷きを返した。


「その通りだ。それと、《英雄》の方は俺が倒してきた」

「ああ。期待通りの戦果だ。さて、それではその背中の物とファレス殿を適切な人間に預かってもらうとしよう。ナツメ!」


 そう、どこかに呼び掛けたのと同時に二つの現象が起こった。一つは、番野の隣に人一人分の大きさの魔法陣が浮かび上がったこと。もう一つは、声に触発されるように美咲が動き出したこと。


「チッ――」


 瞬時に距離を潰した鋭利な突き。胸に目掛けて打ち込まれたそれを、身を翻してシュヴェルトは躱した。そしてそこで生まれた隙に逃さずつけ込んでいく。

 打ち込み、躱し、動きを見極めてを繰り返しながら、そのやり取りの中でシュヴェルトは夏目に指示を飛ばす。


「ナツメ、団長とファレス殿を我々の陣まで飛ばせ! 即座に治療を受けさせろ! それが終わったら目標にかけられている魔法の除去だ!」

「わかりました! 番野さん、師匠を!」

「ああ」


 夏目の指示を受け、番野は背中の八瀬を地面に横たえた。確かめると、まだ微かに息があった。これなら急ぎで治療を施せばなんとか助かるだろう。


「飛ばします!」


 番野が魔法陣から離れた瞬間、夏目の一言とともに八瀬とファレスが姿を消した。そして、一仕事終えると次の仕事へ。次は、美咲にかけられているであろう魔法の解除だ。

 夏目は、意識を美咲の身体を蝕む魔法に深く集中させ、自身の魔力との同調を図る。

 その傍ら、シュヴェルトは美咲と壮絶な斬り合いを繰り広げていた。


(くっ……! この少女、以前よりも実力が増しているのではないか……!? いや、というより――)


 美咲の攻撃を払い、躱しながら軌道を読み取る。目標の傾向を探る。そして、三種見たところでシュヴェルトは気付いた。


(すべて急所狙い! なるほど情を消されたという訳か。それにしても、遠慮が無くなればこの少女はこれほどまでに強くなるのか……!)


 急所狙いの攻撃の数々だけでなく、そのうえ疲労に付け入るような途切れぬ連撃。シュヴェルトはそれらをできる限り最小限の動作で捌き続ける。もしも彼女でなければ、すでに美咲に殺されていただろう。美咲と相対したのは初めてではあったが、彼女のこれまでの膨大な戦闘経験から初見の技であってもある程度は対応することができるからだ。

 しかし、ただでさえシュヴェルトの体力は限界に近い。動きの細部に粗が出る。その小さな粗が、被弾に繋がる。


「ぐぅっ……! ナツメ! どうなった!?」


 シュヴェルトは、呻きを上げながら夏目に問うた。その問を投げられた夏目は、苦い表情を浮かべる。


「これ、違う。美咲さんにかけられているのは、魔法ではありません!」

「なに――、ぐあッ!?」

「シュヴェルト!」


 夏目が言った瞬間、気が逸れてしまったシュヴェルトの顔面に柄頭が入った。もろにその攻撃を食らったシュヴェルトは、強い衝撃に吹き飛ばされるように地面を転がる。


「大丈夫か!?」


 声をかけつつ番野が手を差し伸べると、シュヴェルトは険しい表情をしながらその手を取った。


「万全ではないな。だが、まだなんとか動ける。それよりナツメ、魔法ではないとはどういうことだ?」

「確かに美咲さんには何かしらの術が施されていました。『解呪(ディスペル)』のために魔力のパターンを読み取ろうとしたのですが、それからは魔力が感じられなかったんです」

「だから魔法ではない、ということか」

「はい。それに『解呪』は魔法にしか使えませんから、わたしにはどうにも……」


 そう言って、夏目は申し訳なさそうに顔を伏せる。


「だとしたら、他に止める方法は……」

「いや、それはダメだ……!」


 剣を構えながら苦しげに言うシュヴェルトに、番野は強い口調で訴えた。その気配から、彼女が一瞬思い浮かべたことを察したのだ。

 シュヴェルトは視線を美咲に固定したまま番野に言う。


「だが、どうするつもりだ。彼女に仕掛けられている物が魔法ではない以上、ナツメの『解呪』は使えない。そして、今の彼女の力を君も見たはずだ。無力化は現実的ではなさすぎる」

「ダメだ! それでも……。だが本当に、他に策は無いのか?」

「私は、こうした魔法などの方面に詳しくない。だから、他にこうしたことに詳しい者に当たるのが得策だろう。ツガノ」


 言葉の最後、シュヴェルトが番野の名を呼んだ。その理由を、同じく美咲の動向を見ていた番野は理解していた。腰に差していた刀を取り、態勢を整えた。


「ほぼ初見の私より、君の方が適任だろう。それと、ついでにこれを飲んでおけ」

「とと、これは?」


 番野は、青い液体の入っている小瓶を揺らしながらシュヴェルトに問うた。彼女もまた剣を構えながらその質問に答える。


「回復薬と強壮剤が一緒になったもので、特注品だ」

「え。そんなもんもらっていいのか?」

「構わん。《英雄》を見事打倒した褒美だ」

「そうかい。だったら遠慮なくいただくぜ」


 そのとき、美咲が動いた。まるで主人が倒されたことを知ってその仇を討とうとするかのように。


「はあっ!」


 それを、シュヴェルトが迎撃する。番野はその間に栓を抜いて、中身を一息に飲み干した。


「ぶあっは! にっが!」


 一瞬、口内が漢方薬に似た味に支配される。その次の瞬間、身体の奥底から力が湧いてくるような感覚を覚えた。アインザム戦で負った傷が修復し始め、限界近くに達していた疲労も冗談のように消え去った。


(これならいける!)


 番野は、刀を構え直して地面を蹴り出した。シュヴェルトと美咲の斬り合いに割り込んだ。シュヴェルトに振り下ろした剣を上方に弾き、攻撃を中断させる。


「ッ……」


 攻撃の間に突然割り込まれた美咲はほとんど表情を変えなかったが、驚いたように息を詰まらせた。そして、次に続くであろう攻撃を防ぐために剣を身体の前に差し出す。


「はあっ!」


 その動作を確認して、番野は横薙ぎに刀を振るった。全力で打ち付けられた衝撃で、美咲が後方に飛ぶ。それに続いてシュヴェルトに指示を飛ばす。


「美咲は俺に任せろ! シュヴェルトは休んでてくれ!」

「だが……!」

「俺なら、大丈夫だ!!」


 そう言って、番野は美咲の攻撃を受け止めた。


「美咲とは、一度戦ったことがあるから行動にもっ、ある程度予測がつく……! だから、早く他に魔法に詳しい奴を!」

「――了解した!」


 逡巡を挟み、シュヴェルトは美咲の間合いから離脱した。そのまま夏目のいる場所まで移動して言う。


「他にその方面に詳しい者は、恐らくアルゼレイ殿だろう。彼の陣に行けば、何か分かるかもしれない! ナツメ!」

「わかりました!」


 瞬時にシュヴェルトの意図を汲み取った夏目は、空間転移の準備を始めた。


「座標は私が指示する! ナツメはその通りの場所に飛んでくれればいい!」

「はい!」


 そうして、魔法陣が輝き始める。座標を伝え終えた後、シュヴェルトは美咲と高速で剣を交える番野の姿を見た。


(どうか、戻るまで力尽きてくれるな……!)


 最後にその祈りを胸に浮かべ、シュヴェルトは夏目とともにアルゼレイの元へ飛んだ。


(行ったか)


 視界の端に入り込んできた光の粒子から、番野は二人が離脱したことを察した。

 残されたのは二人。番野と美咲。以前に戦ったことがあると言っても、それはただの試合でしかなかった。しかし、今は以前とは異なる。命のやり取りとなっている。負ければ死に、勝てば生き残る。今は、番野を例外として。


「――ッッ」


 美咲を救出するという使命を己に課している番野には、彼女を殺害することはできない。殺害することなく、彼女に掛けられている何かしらの術の正体を知り、なおかつそれを解除しなければならない。それまでに無力化できればそれに越したことは無いが、今の彼女に対してそのようなことができる余裕は無かった。


(クソ、また急所っ……! 速いうえに重いし、一発でももらう訳にはいかないときた! ハード過ぎるぞこの野郎! 戻したら絶対に愚痴ってやる!)


 そんなことを考えながらも、番野は次々と繰り出される攻撃を的確に見極めて対応していく。袈裟は身を開いて避け、横薙ぎは弾き、突きは刀身に滑らせて軌道をずらす。そして、一番注意しなければならないのが時折入れてくるフェイントだ。


「ッ……」

「く、ぉ――」


 今繰り出されたのは、剣道で表すところの面と見せかけた小手打ち。猛烈な速度で放たれるそのフェイントは、番野であっても掠り傷で抑えるので精いっぱいな程に凄まじい威力を誇る。以前の実力以上の物を見せている彼女は、とても術で操られているとは思えない。


(もしかすると、これが美咲の本来の実力なのかもしれない。今までは、実際の剣を振るっていることもあっていくらか遠慮があったんだろう。俺も竹刀握って剣道で勝負したら、負けるかもしれねえな)


 操られていても剣を中段で構えるのは、美咲のこれまでの稽古の賜物と言えよう。絶えず剣先を揺らして誘導、または牽制をしてくる彼女に、番野は攻めあぐねていた。


(だが、今は実戦だ。実戦では剣以外にも使える武器があるってこと、教えてやる!)


 美咲に勘付かれないよう視線の高さはそのままで、足を蹴り上げた。


「ぅ、――」


 一歩で打ち込める間合いであったが、巻き上がった土煙は美咲の意識を確かに掻き乱した。


(まずは武器――)


 狙いを手首に定め、番野は峰で打ち込みにかかる。ところが、確かに撃ち落とせると踏んでの一撃はいとも簡単に防がれた。

 美咲は、番野が打ち込んできた瞬間に手首を立てたのだ。必然、持っている剣は盾となる。必要最小限の動作。目は閉じたままの対応だった。


「マジかよ……」

「ッ」


 直後、美咲は刃を滑らせて小手打ちを受け流す。


「うぉっ」


 体重を前方に流され、番野は思わずよろめいた。そこに生じた隙。懐の空間(スポット)を美咲は見逃すことなく付け入る。

 剣は、刀を受け流した型のまま。隙間に飛び込んだ彼女の狙いは、紛れもなくすれ違いざまの胴。

 番野の背に、ゾクリと悪寒が疾った。


「しまっーー」

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