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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第七章 リュミエール皇国
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第128話 救おうとした者

「…………」

「…………」


 それぞれ武器を構え、睨み合う。

 番野は隙を探るように目を細め、アインザムは自信に満ち溢れた面持ちで攻撃を待ち構える。

 互いに限界が迫る中、先に仕掛けたのは番野だった。


「すぅぅ……」


 空気を肺いっぱいに吸いながら、ゆっくりと足を摺らす。


「シッ」


 薄く開いた唇から、鋭く息を吐き出す。床を力強く蹴る。その瞬間、アインザムの目には、番野が掻き消えたように映った。

 しかし、本当に消えた訳ではない。激しい動きの落差による錯覚だ。そして今、番野は――


「ッ――」

「ぬっ」


 身を低くし、既にアインザムの懐に潜り込んでいた。狙いは胴。すれ違いざまに切り裂くつもりだ。

 しかし、刃が触れる寸前にアインザムの剣が間に割り込んだ。


(やっぱり大した反応速度だ。今までの戦い方を見る限り、コイツはほとんど才能だけで戦ってきたんだろうな)


 それだけにも関わらず、シュヴェルト達をも退けかねない実力を備えている。その事実に気付いた番野は、改めてアインザムの実力に震えた。


(だが、畏れはしない。俺はもう、アンタと同じ土俵に立てているんだからな!)


 初撃の威力は殺された。殺されたならば、次の動作に繋げる。

 番野は、アインザムが剣で押し返してくる前に軸足を入れ替える。左足から右足へ。重心を移動させ、残る足と体、腕を用いて回転した。刀は回転に合わせて剣を滑る。徹底して、打ち合わない。


「チィッ」


 アインザムは、なかなか自分の流れを引き寄せられない焦りから舌打ちをした。それでもまだ平静は保っている。眼前では、番野が次の攻撃を仕掛けて来ようとしている。体を小さくして回転する。その動作を見て、その攻撃を読んだ。


「シッ--」


 番野の呼吸に混じる、一瞬の力み。

 アインザムは、出だしから番野のその攻撃に対する最適な防御策を閃いた。しかし、その防御方法は一度受けただけ。ぶっつけ本番だ。アレは、相当な高等技術と鍛錬があって初めてなしえる技だ。


(だが、やって見せよう。たとえ一度受けただけの技とはいえ、凡人の振るう技術が振るえずして何が《英雄》か!)


 言い聞かせるようにそう思い、アインザムは咄嗟に手を出した。番野の身体の作る死角から飛び出してきた、柄頭を狙って。

 衝突する。アインザムは、次の自身の攻撃のために剣を握る手に力を込めた。


「な」


 ところが、刀は止まらなかった。手が柄頭に触れた瞬間、刀は加えられた力に流されるように番野の手を滑ったのだ。それは、番野が刀を握る力がアインザムの腕力に負けたからではない。そうなるように――アインザムがその防御をしてくることを予想していたように、番野が仕掛けていたのだ。

 手に当たった刀は、押し出されはしない。後方に飛んでいこうとする寸前、番野が瞬時に持ち方を変えて刀の向きが変わる。切っ先の向きが、番野の後方から、アインザムの身体に。

 すべて、番野は読んでいたのだった。


「馬鹿なっ!」

「もう遅い」


 慌てて回避行動を取ろうとするアインザムに、番野は冷たく言い放った。

 次の瞬間、番野の手に肉の感触が伝わってきた。


「ぬ、ぐぁ……!」


 刀の切っ先が、アインザムの腹部に突き刺さっていた。


「ご、ほ……」


 番野が刀を引き抜くと、アインザムは血を吐き出し、膝をついた。

 番野は刀に付着した血を払い、アインザムに問う。


「美咲はどこだ?」

「彼女の、ことか。彼女ならば、今頃……貴様らの仲間と、再開している頃、だろう」

「なんだと? それは、本当か?」


 番野は、アインザムの言葉を確認する。もしも彼の言葉が真実なら、美咲はすでに無事に引き渡されていることになる。ここまできて嘘を吐くとも思えなかったが、一応の確認ということだ。


「くく……」


 番野に問われたアインザムは、その質問に答えることなく、笑った。目先の勝負に勝利してひとまずの安心を得ている番野を嘲笑するように。戦いはまだ終わっていないと、教えるように。

 その反応を不穏に思った番野は、アインザムに詰め寄って胸倉を掴んだ。


「お前、何を企んでやがる……」

「く、く……。あの少女には、ソーサレアが一つ細工を施している。この俺様にも方法から何一つ仕組みの分からん代物でな」

「何を……!」


 何をしたと問い詰めようにも、アインザムは自身にもその仕組みが分からないと言った。ならば、今ここでこうして胸倉を掴んでいる時間は無駄でしかない。

 そのことに気付いた番野は、それ以上アインザムと言葉を交わすことなく手を離した。


「クソッ……!」


 吐き捨てるように言って、その場を後にする。

 アインザムの不穏な雰囲気を放つ言葉が、番野の頭をぐるぐると巡る。走り出したままの勢いで部屋の大扉を乱暴に蹴り開けた。


(急がないと! 美咲……!)


 今度こそは絶対に助け出すと誓ったのに、またも護れないのか。そんな考えが浮かぶが、番野はすぐさま振り払う。そんな考えは、余計だ。今は彼女の無事だけを祈れと、自身に言い聞かせる。

 玄関の大広間に飛び出した。するとそこで、番野は、床に血を流して倒れている八瀬の姿を発見した。


「おい、大丈夫か!?」


 番野が驚き半分で声を掛けるが、反応は無い。完全に意識を失っている。確認するまでもなく大量の血液が床に広がっていた。

 そして、彼が倒れていたすぐ近くには見覚えのある女が同じように倒れていた。はたして、どちらが勝利したのか。


(いや、今はそんなことはどうでもいい! とにかくコイツを誰か治療できる奴に引き渡さねえと!)


 そう思い、番野は八瀬を担ぎ上げた。玄関の大扉を開け、外に出る。

 外は、いやに静かだった。


(ソーサレアだったか……? が倒れてたってことは、この森に仕掛けてあったはずの魔法も解けてるはずだ。だから、ここからまっすぐ進めば出られるはず!)


 出来る限りの速度で番野は走り出した。来るときには複雑に思えた森の道だったが、今は不自然なほどに直線的だった。否、これが自然の形なのだ。

 男たちの雄叫びと、金属同士がかち合う音がだんだんと聞こえるようになってきた。出口が近づいているのだ。番野は、真っ先に誰に八瀬を引き渡すべきかを考えながら、正面に見えてきた森の出口を目指して走る。


(よし、森を抜けた! あとは――)


 そして、森を抜けた番野は目の当たりにした。


「ご、ほ……っ!」

「…………」


 ファレスが、敵の兵士に腹を剣で貫かれて吐血していた。


「おっさ――」


 呼びかけようとした番野は、途中で言葉を止めた。止まった、と言った方が適切かもしれない。それは、目の前の光景にとてつもない違和を感じたからだ。

 それは、ファレスを今まさに打ち負かした敵の出で立ちにあった。一目見ただけでは高度なコスプレのようにも見えてしまう勇者っぽい装束に、戦場に吹く死の風を受けて(なび)く栗色の長髪。

 そしてその横顔は、忘れようとも思わない。今度こそはと決意し、決死の想いで追いかけてきた少女。しかし、そこにはもう以前までの笑顔は無く、無機物的なパーツがあるだけ。

 それでも番野は確信していた。故に、止まった。止まらざるを得なかった。

 数秒のあいだ停止していた番野は、ようやく動き出した。そうして、やっとの思いで紡ぎ出した。


美咲(みさき)、なのか……?」


 その声が届いた瞬間、その少女は、番野に向かって飛び出してきた。質問の答えだと言わんばかりに、剣を振りかざして。

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