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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第七章 リュミエール皇国
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第127話 姉の刀

 一方、リュミエール皇国主戦場にて。


「おおおおお!!」


 シュヴェルトは、気合とともに目の前の幻影兵を切り払う。『雷の(ドンナー・)戦乙女(ヴァルキューレ)』状態の彼女が振るう剣は、雷の速さと鋭さを以て幻影兵の身体を両断した。

 しかし、両断されたはずの幻影兵の断面からは血液は一滴たりとも流れず。それどころか、断面がグネグネと蠢き始め、互いを求めるように絡まって再生していく。


(くっ……。やはり、これだけでは足止めにもならんか!)


 そうシュヴェルトが苦心する中でも、他の幻影兵がその首を取らんと次々と彼女に襲い掛かる。その数、一〇〇と余人。シュヴェルトは、アウセッツ王国が担当している領域に出現した幻影兵を一手に引き受けているのだった。


「はっ、はっ、はっ」


 そのために蓄積された疲労は、確実にシュヴェルトの身体を蝕んでいた。さらには『雷の戦乙女』の維持も難しくなっているのか、彼女の纏う紫電も輝きがおとなしくなっていた。

 限界が近い。そう直感しながもシュヴェルトは、押し寄せてくる不死の兵隊の軍勢を前にしてなお剣を構えた。


「……行くぞぉぉおおおおお!!」


 その雄叫びは、自身の鼓舞。同時に、どうか全力を出し切るまでは折れるてくれるなという願いであり、命令でもあった。接触する。

 ところが、シュヴェルトが先頭の幻影兵に斬りかかったときだった。シュヴェルトの斬撃が空を切ったのだ。躱されたのではない。そもそも彼らは、攻撃に対して避けるという選択を有していないのだから。では、何が起こったのか。

 シュヴェルトが斬ろうとしていた幻影兵だけでなく、彼女に襲い掛かっていた幻影兵の全てが、霞のように空気に消えていったのだ。まるで、初めから彼らの存在など無かったかのように。


「ぁ、は……?」


 シュヴェルトは、何が起こったのか整理が追い付かずにだらんと剣をぶら下げたまま停止している。ただ、彼女の本能はこれがどういうことを意味するかを理解していた。それまで力強く地面を踏みしめていた足から力が抜け、その場にとすんと尻もちをついてしまった。


「お、終わったのか……?」


 放心した顔で、シュヴェルトは言った。


「いいえ、まだですよ」


 すると、シュヴェルトのひとり言に答える声が、彼女の背後から上がった。


「――ッ!?」


 その声を聞いた瞬間、シュヴェルトは反射的に前転をしていた。それは、間合いを取りつつ敵の攻撃を回避するために彼女の戦闘本能が取った行動だった。そして、立ち上がりざまに剣を抜きながら、右足を軸に上半身を回転させる。


「あら、危ないじゃないですか」

「な、ぁッ――」


 しかし、シュヴェルトの攻撃は発生の前に封じられた。剣が振るわれるまでの瞬きほども無い刹那。剣の柄頭が後方を向くそのタイミングで、背後の人物がそこを手で押さえたのだ。そうされてしまえば、その後の攻撃にはもう繋げられない。

 シュヴェルトは、その瞬間に死を覚悟した。


「大丈夫ですよ。私は、別に戦いに来た訳じゃないので」

「なんだと……?」


 そんなシュヴェルトに向けられたのは、刃ではなく交戦の意思を否定する言葉だった。そう言った何者かは、さらに言葉を続ける。


「ですので、コレも納めてくださいね。どのみち、今の貴女が私と戦っても勝ち目はありませんから」

「…………」

「流石に賢明ですね」


 そう言われたシュヴェルトは、素直にその言葉に従って戦闘態勢を解いた。肩から力を抜き、剣を鞘に納めた。そして、背後の人物が何者であるかを確認しようと後ろを向いた。

 背後にいた人物は、若い女だった。見た目の年齢は多く見積もっても二〇代前半。そして、彼女の最も特徴的な点はマジメそうな眼鏡の下にある包み込むような温和な眼差しだ。シュヴェルトは、つい一瞬前まで彼女に強い敵意を抱いていたにも関わらず、その瞳と目が合った途端に気持ちが落ち着いた。

 そうしていると、その女がシュヴェルトに話しかけた。


「貴女は、アウセッツ王国憲兵団団長のシュヴェルト=リッター=ブリッツさん、ですよね?」

「ええ、いかにも。そう言うあなたは?」

「私は……」


 シュヴェルトに問われた女は、少し考えてから答えた。


「私は、ここにいるはずの愛弟の様子が気になってついつい来ちゃったお姉ちゃん、ってところでしょうか?」

「は、はあ……。しかし、あの、分かりかねるのですが……」

「本当にそれだけですよ。私が今日ここに来たのは、それだけの、いたって個人的な事情です。それでよければ、弟の居場所を教えてくれませんか?」

「弟……?」


 シュヴェルトは首を捻った。この女の言う弟とは、いったい誰のことだろうか。


「ああ、すみません! これだけ言っても、分かる訳ありませんでしたよね!」


 すると、シュヴェルトの内心の疑問を感じ取った女が、手を合わせて謝った。

 そして、シュヴェルトは次に彼女から発せられた言葉に度肝を抜かれた。


「私の弟の名前、()()()()()()()()()()()()、誰かわかりますよね?」

「その名前は――!」


 * * *


「ふふはははははは!!」

「おおおおおお!!」


 次々と絶え間なく振るわれる《英雄》の剣を、番野は巧みにいなす。攻撃の始動から振るわれるだろう剣の軌道を予測し、打ち合いにならないようにしているのだ。このような事をしているのは、単純な腕力で劣っている以上、正面から打ち合えば弾かれて隙を作ってしまうからだ。技術面で《英雄》より勝っているからこそできる芸当だ。


「だが、いつまで保つ! その小細工、さぞ神経を使うのだろう!」

「くっ……!」


 《英雄》に指摘され、番野は歯噛みする。確かに、この曲芸を行うには信じられないほどの集中力を費やす。故にいつまでもできる事ではなく、事実、限界が近づいていた。


(だが、止めれば終わりだ……! それでも割り込む隙が無い! だったら――)


 そう考え、番野は動いた。一方的に攻撃されている流れを変えるために。


「スッ」


 小さく息を吸い、加速する。《英雄》の次の攻撃が始動する刹那を狙い、またもや曲芸。たとえ連撃といえども、一つの攻撃を終えた直後、人間は必ず脱力する。そのタイミングならば、いくら力で劣っていたとしても確実に敵の攻撃を抑えることができる。

 番野はそのタイミングを的確に見抜き、振り下ろされて露わになった《英雄》の剣の柄を踏みつけた。脱力した瞬間を狙われたために、剣は蹴りの威力に押されてそのまま床に深く突き刺さった。


「なにっ――」


 驚きのあまり、《英雄》は目を見開いた。


「とったぁぁぁあああああああ!!」


 踏みつけた剣を片足の足場とし、番野は、態勢を大きく崩した《英雄》に突きを繰り出した。


「っ、させぬ!!」


 しかし、《英雄》も甘くない。彼は、胸めがけ突き出された剣を素手で掴み取ったのだ。彼の凄まじい握力で握られた剣は、血で滑りながらも胸に突き立つ寸前で止まった。


「ウソ--」


 声を上げかけるも、番野は強引に引き寄せられて途切れた。

 番野が引き寄せられる先、《英雄》の拳が迫る。番野は寸前でどうにか身をよじろうとするが、猛烈なスピードと力が加えられているために叶わない。


「ぐ、ッ――」


 無抵抗の番野の顔面に、引き寄せの勢いを上乗せした《英雄》のパンチが命中する。当たった瞬間、ミシリ、という水分を含んだ嫌な音を番野は聞いた。


「ふははは!! そらあッ!!」


 楽しげな笑い声とともに、《英雄》は腕を振りぬいた。

 《英雄》のパンチをもろに食らった番野は、床に凄まじい勢いで叩きつけられた。衝突の瞬間、番野を中心として床に広範囲に亀裂が入った。


「ぅ、ッッ……!!」


 あまりの衝撃に、番野は声を出すこともままならない。それどころか、不幸にも後頭部から床に落ちたため、全身が麻痺したように自由が利かない。


「まだ意識はあるか」


 番野の身体が一気に弛緩したのを見た《英雄》は、つまらなさそうに言った。そこで、ふと自身の左手に違和感を覚えた。見ると、親指と人差し指が無くなっており、残りの指が取れかかっているのに気付いた。剣を握りしめていたために、番野を殴った際、一緒に落ちてしまったのだろう。


「ふん。まあいい」


 そう言って、足元に転がっていた親指を拾い上げて断面にくっつけた。たとえ断面が複雑であっても自分の能力ならば完璧に回復する。そういった自負を持っている《英雄》は、すぐに再生が始まるものと思っていた。


「……なに?」


 ところが、いつまで経っても指の再生が始まらない。


「そうか」


 そこで《英雄》は察した。


(打倒されたか)


 悲しみは無い。もとより、覚悟はしていたことだから。

 確かに、《英雄》としての能力に基礎身体能力の飛躍的な工場は含まれている。しかし、切断された腕が引っ付いたりするような人外的な再生力は、事前にソーサレアが《英雄》に施していた魔法が影響して実現したものだったのだ。


「ぅ、づ……ぁぁ……」


 そのとき、床に転がっていた番野が頭をさすりながらゆっくりと起き上がった。動けるようになれたものの、番野の視界は未だ揺れている。そして、額に手を当てつつ立ち上がり、《英雄》に言った。


「どう、したんだ……? やけに回復が遅いじゃ、ないか」

「ふん。貴様には関係の無いことだ。黙っていろ」


 そう言った《英雄》の声は、明らかに苛立ちの色を含んでいた。


(感情が揺れ動いてる。これで動きに影響が出てくるはずだ)


「う、く……」


 苦悶の声を漏らしながらも、番野は剣を構えようとする。ところが、つい先ほど後頭部を強打したばかりの身体はまだ正確に言うことを聞かない。剣を持ち上げようとして、その重みに負けてよろめいてしまう。


「もうまともに構えることもままならんか。ならば、生かす意味は無くなったな」


 そう言って《英雄》は一歩足を踏み出した。それで、番野は間合いに入った。あとは、首を撥ねるのみ。


「つまらなくはなかった。ではな」

「ぐ……」


 《英雄》は、剣を構えた。

 自身の死を前にしても、身体が満足に動かない。番野は、せめて覚悟を決めて目を瞑った。

 そのとき、部屋の窓の一部を破砕して、両者の間に文字通り光明が差した。


「なっ」

「ッ――」


 それは、突如凄まじい速度で飛来し、床に突き刺さった。


「何者だっ!!」


 行動を邪魔された《英雄》が声を荒らげてそれを投げ込んだ何者かに呼び掛ける。

 ただ、彼と同じ場にいる番野は――


「これ、この刀は……!」


 眼前に直立する刀を見て、驚いたように目を見開いた。

 その銘は、【紺碧】。大海を思わせる、鮮やかな蒼の柄巻に、凄絶な大波を象って形成された独特な形状の鍔。刀身も海をモチーフにしており、やや青みがかった色合いの峰からしぶいた白銀の刃が陽光に照らされて煌びやかに輝いている。

 番野は、この刀にいたく見覚えがあった。未だ番野がこの世界に来る前、実家で厳しい研鑽の日々を過ごしていた頃に、よく振るわれているのを見ていたからだ。


「姉ちゃん、の……!」


 それは、番野にとって唯一の姉――番野渚(つがのなぎさ)の愛用の刀である。

 番野は、まさかと思い周囲に目線を配る。しかし誰も発見することができなかったために今度は気配を探ってみるも、やはり何も感じ取れない。結局のところは何もわからなかったが、彼は納得していた。


(はは。確かに、姉ちゃんがそんなにあっさりと勘付かれる訳もないな。だけど、観てるん、だよな?)


 番野は、困ったように乾いた笑いを漏らし、持っていた剣を鞘に納めた。

 その音を聞いて、刀を投げ込んだ人物を探していた《英雄》が番野に目を向けた。


「どういうつもりだ」

「アンタさっき、俺との闘いをつまらなくはなかった、と言ったな」

「む?」


 番野の言葉の意図を理解しかねて、《英雄》は眉を顰めた。


「だから」


 そう言って、番野は目の前の刀を引き抜いた。


(懐かしい感覚だ。剣とは違う重み、柄の感触。これだ。この感覚だ)


 元より、番野は剣ではなく刀で修練をしていた。そのため、刀を振るうときと同じ動きでは剣で有効な攻撃ができないことがあり、今までの戦闘ではどうしてもわずかながら粗が出てしまっていた。

 しかし、他人の物とはいえ刀を手にした今、その制約は無くなった。


「……はは」


 《英雄》は、番野の身に活力が蘇り、眼が変わったのを感じ取った。故に笑った。

 番野は、新たに手にした【紺碧】を構える。腰を落とし、目の横の位置に刀置いた、霞の構え。


武修創己流(ぶしゅうそうきりゅう)家元。番野護。こっからしっかり、アンタを楽しませてやるよ」

「ふふはははははは!! 良い! 良いぞ! 覚えておいてやる! ならば番野護よ、俺様の名もしかと刻め! 俺様は、リュミエール皇国王、《英雄》アインザム=フォン=ヘルトである!」


 番野に続いて、《英雄》も高らかに笑って名乗りを上げた。

 いよいよ、番野と《英雄》アインザムとの決戦が佳境に入ろうとしていた。

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