第121話 もう一人の乱入者
「こっからは、この私と勝負だ!!」
番野とルキウスの間に割って入った石川はルキウスを指差し、力強く宣言した。
「お、お前……なんで……!?」
予想外の乱入。それは、番野だけでなくルキウスも同様のことであった。
彼女の乱入など予想だにしていなかった番野は、思わず構えを解いてしまうほどの衝撃を受けたようだ。
一方、この場の注目を一身に受けることになった石川だが、そのようなことには一切臆していない様子で番野の疑問に答える。
「さっきまで後方で姐御と一緒に戦ってたんだけど、姐御に『番野の手助けをしてやれ』って言われて、さっちんにここまで飛ばしてもらったんだ。だから、こっからは私がアイツを引き受けるぜ!」
「そ、そうは言うがなぁ……。て言うか、そういうことじゃなくて!」
番野は、あくまでルキウスを警戒しながらも石川に訴えかける。
「お前、大丈夫なのか!? アイツは、お前が想像してるよりも遥かに強いんだぞ! 最悪殺される! 無茶だ!」
「む、無茶じゃない! 私だって、ちゃんと鍛錬してきたんだ! みんなの迷惑にならないように!」
「だが……!」
番野は苦しい顔をしながら剣を握り直す。
彼は、石川の強さをある程度知っている。ただ、それは《裁定官》戦までの物だ。そこから彼女がどれだけ強くなったのか、番野は知る由も無い。本当に彼女は、ルキウスと戦えるだけの実力を付けたのかもしれない。だが、番野は首を縦に振ることができないでいた。
(もちろん石川を信用していない訳じゃない。それでも奴は、石川には危険過ぎる……!)
番野は葛藤する。彼女を任せようと思う度に、脳裏に、あの時《裁定官》にボロボロにされた彼女の無残な姿がチラついてしまうのだ。
そんな時だった。
「--それでは、わたしも加わればいかがでしょう?」
彼女は、番野の思考を読み取ったかのような言葉と共に現れた。まるで、お伽話に登場する魔女が着ているような黒いローブ姿の小さな背中。彼女は、フードを脱いでその流麗な金髪を晒した。
番野はその姿に見覚えがあった。そして、思い浮かんだ名を口にする。
「夏目!?」
番野に名を呼ばれると、夏目は振り返って微笑みながら返した。
不意な夏目の登場に、番野は困惑を口にする。
「夏目、どうしてお前がここにいる? シュヴェルトと一緒に後方の戦線にいたんじゃないのか?」
「はい。ですが、シュヴェルトさんにこちらの加勢に行けと言われましたので、文字通り飛んで来た、という訳です」
「そうは言うけどな……。向こうは大丈夫なのか?」
「はい。確か、シュヴェルトさんは『年長者は年長者の役目を果たさなければ』とかなんとか仰ってましたね」
「……はは。あの人らしい言葉だな」
彼女の報告に、番野は乾いた笑いを零した。
(その言葉をもう少し噛み砕くと、『ここは引き受けた』になるじゃねぇか。あんな一団をそんな軽々しく『引き受ける』なんて、やっぱりあの人は末恐ろしいぜ……)
番野は、一〇〇から二〇〇人はいたであろう軍勢に正面から斬り込むシュヴェルトの姿を想像して思わず身震いした。
否、今はそんなことに気を取られている余裕は無かったなと、ルキウスに目を遣る。
「おい、どうした番野」
そうしていると、後ろから番野を呼ぶ声が聞こえて来た。
声からおおよその予測を立てて振り向いた番野は、その主が八瀬であることを確認した。彼の後ろには彼が率いて行った憲兵らがいるが、番野が見る限りでは大きな損害は無さそうだ。
瞬時に周囲を見渡した八瀬は、番野の側に馬を寄せる。そうするなり、彼は番野に強い口調で言った。
「ここはアイツらに任せて、俺達は先に行くぞ」
「待てよ。相手はアイツだぞ!? あの二人でどうにかできるのか!?」
八瀬の指示を受けるが、あくまでも危険だと主張する番野。それは、ルキウスの実力を身を以て思い知っている彼だからこその主張なのだろう。あるいはまだ全力を発揮していない可能性も考えられるのだ。
八瀬は、そんな彼に諭すように言う。
「いいか、番野。アイツらはまだ幼いが、バカじゃねえ。ルキウスに挑もうとするぐらいだ。アイツらなりに勝算があるってことだろ」
「……確かに、そうかもしれないが」
「わたしたちなら、大丈夫ですよ。この日まで、遊んでいた訳ではありませんから」
尚も渋る番野の言葉に、夏目が割り込んだ。杖を構える彼女は、既に臨戦態勢に入っている。その態度は、番野に『早く行け』と暗に言っているようなものだ。裏を返せば、それは彼女が確かな勝算と自信を持っているということだ。
恐らくは、それが決め手となったのだろう。番野は、吹っ切れたように顔を上げて夏目の肩に手を置いた。
「……分かった。だが、絶対に勝てよ! それが条件だ」
「ええ。もちろんですとも!」
番野の言葉に、夏目は力強く頷いてみせた。
続いて、番野は石川にも視線を向ける。彼女は、少しだけ後ろに顔を向けて横目で応答した。
今の番野には、それだけで十分だった。
「念のため、俺が連れて来た奴らは置いておく! 先に進もう、八瀬!」
「決断が遅っせえんだよ、まったく! 飛ばすぜ、行くぞお前ら!」
『了解しました!』
八瀬の掛け声を合図に、彼が率いていた憲兵らが一斉に馬の方向を転換する。
「やあっ!!」
そして、番野と八瀬を先頭にして一団が進行を再開する。
「――――」
ところが、親衛隊長であるルキウスがこれを易々と逃がす筈がなかった。ルキウスは、番野らが自身に背を向けた瞬間に追撃を掛けようと重心を僅かに前に移す。しかし、彼の意識が逸れた、瞬きに満たぬ刹那の隙。そこを、彼女は見逃さなかった。
「……ッ、これは!?」
始動する直前、ルキウスの体を突如として空間から現れた黄金の鎖が拘束した。
ルキウスは、咄嗟の出来事に対応が遅れ、あっさりとその鎖に縛られてしまった。
「邪魔建てするか、魔法使いの少女よ」
重く響く声、《英雄》への忠義を邪魔されたことによるルキウスの怒りが、夏目に殺到する。
「あなたの相手はわたし達です。もしも次、注意を逸らすようであれば容赦はしません」
対する夏目の反応は、警告だった。彼女は、ルキウスの圧倒的な殺気をその身に受けて尚、彼を挑発してみせたのだ。
その返しに、ルキウスは不敵な笑みで以て応えた。
「ほう……。この私を魔法で拘束するだけでなく、挑発までしてくるとは……。どうやら、短期間で魔法の腕だけでなく精神面も劇的に成長したようだな」
どこか楽しそうな声調でそう言ったルキウスは、全身に力を込めると夏目の拘束を難無く引きちぎった。
そして、感覚を確かめるように手を何度か開閉する。
(なるほど。それで、奴らは私に背を向けたのか。この私にわざと背を向けるなどという行為は、あの少女を心から信頼していないと到底できないことだ。大した信頼関係だな)
それは、彼なりの心からの称賛だった。もっとも、口に出すようなことはしないが。
一度、深呼吸をすると、ルキウスは武器を持ち直して夏目と石川を視界に入れた。その認識は、最早ただの女子供ではなくなっていた。己の敵として、《英雄》の覇道の途上に立ちはだかる障害として、認められていた。
「いいだろう」
故に、彼は口にする。敵を前にした、武人としての口上を。
「我が名は、ルキウス=エスカレドス! リュミエール皇国軍魔剣士隊総隊長にして、祖国に仇為す者共を葬る者なり! 汝らを我が敵とみなし、即刻処断を下してくれよう!」
「夏目沙月!」
「石川つぐめ!」
名乗りを上げられたら、名乗り返すのが戦士としての礼儀。今ここに、二人の少女は戦士となった。
「さあ、かかってくるがいい!!」
戦士としての経験こそ圧倒的に差があれど、魂は既に戦士として完成した。であるならば、先に立つルキウスにできることはただの一つ。
「我が全力を以て、貴様達を捻り潰してくれようぞおおおおおッッ!!」