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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第七章 リュミエール皇国
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第118話 大戦、開幕

「ぐ、うぉっ……」


 今となっては懐かしい、吐き気を催すような滅茶苦茶な感覚。ただの一瞬とはいえ、これの破壊力を番野は熟知している。番野が心配するのはただ、憲兵団の兵士達の体調に影響しないかということだけだ。

 そうしている内に、ぐちゃぐちゃに掻き回されていた視界が正常な景色を写し始める。空間転移が終わった合図だ。番野はまず、自分の後方にいる筈の憲兵達の姿を確認する。しかし、番野の予想に反して彼らは相当丈夫なようで一瞬前と変わらず闘争心に満ち溢れた表情をしていた。

 すると、そんな番野の挙動を横目で見た八瀬が冗談めかして言う。


「おいおい番野、ウチの憲兵共をあん時のお前と一緒にすんじゃねえよ。あん時のお前とウチの野郎共とじゃあ鍛え方が違うんだよ」

「あ、ああ、すまん。つい。あの時はみっともなく吐いたからよ……」

「いいさ。代わりに、この分は()()()()お前の働きで返してくれよな?」

「……おう、任せろ!」

「良い返事だ! ……さて、他の奴らが上手くいってるか確かめてみるか。沙月」


 八瀬は、正面ーー遠くにリュミエール皇国の皇城を見据えながら夏目を呼ぶ。するとすぐに夏目が返事を返してきた。


「はい」

「他の国の魔導士に連絡を取れ。それで軍の様子を聞くんだ」

「わかりました。直ちに執り行います」


 そう言うと、夏目は後方に下がった。憲兵団の魔法使いに連絡をしに行ったのだろう。

 そうして訪れる静寂。番野は、自らが足を踏み入れようとしている大決戦の規模を知らない。だが知らずのままで、その刻を身を震わせて待っていた。

 怯えではない。武者震いというやつだ。

 番野は、美咲を救い出す己に課せられた絶対の任務の存在を理解しながら、絶対強者との激突を心待ちにしているのだ。


(ほんと、俺もほとほと呆れる程の戦い好きだな……。《英雄()》にリベンジできるのかと思うと、今すぐにでも走り出しそうだ)


 とは言え、ここで本当に走り出してしまうようではあまりにも協調性が欠けている。そこまで俺は狂ってはいないと番野は一旦気持ちを落ち着ける。


「師匠」


 そうしていると再び夏目が八瀬の側にやって来て、報告を始めた。


「他三国の展開、完了したそうです」

「よーし、上々じゃねえか。そんじゃあ夏目、次の仕事だ。お前の話によると、ここから先に魔力結界が張ってあるそうだったな。それを消せ。ただし、絶対に勘付かれないようにしろ。日の出まであと一五分ほどあるから、お前ならそう焦らなくても大丈夫な筈だ」

「わかりました」


 八瀬の指示を受け、夏目は早速結界の解除に取り掛かった。


(つっても、俺らがこうして展開していることは既に向こうには気付かれてるだろうがな。だが、動揺は与えられる筈だ。そして、動揺は士気の低下に繋がる。初っ端から勢いを挫いてやる)


 八瀬は、頭の中で作戦を立てながら口の端を上げた。


 ○ ○ ○


「既に、展開しているな」


 玉座に座して、《英雄》は呟いた。

 しかし、彼は一切外の様子など確認しておらず、それどころか斥候の一人も放ってはいない。だが、彼には分かる(・・・)のだ。皇城からおおよそ五、六キロほど離れたところに四つの軍団が自分達を包囲するように展開しているのが。


「無粋な。差し詰め包囲殲滅戦とでも言うべきか。出過ぎた真似は己を滅ぼすと、分からぬのか」


 だが、まあ、良い。許す。


「受けて立とう。そして、正面から叩き潰すだけだ」


 そう。この男は、いつだってそうしてきた。歯向かう者、立ち塞がる者、挑み掛かる者、その悉くを打倒し、滅ぼしてきた。そうして国を治めるようになってからは、そういった者らはいなくなり、障害となるのはこちらの四方に位置する四カ国のみとなった。もっとも、その四カ国は滅多な事がなければ攻め入って来る事が無かったが。

 だが、その四カ国が今はこうして結託し、こちらを全力で滅ぼそうと向かって来ている。


「まったく、面白い男だ。番野護、だったか。楽しみにしておこう」


 《英雄》は笑う。己を満たすに足る男との闘争を前にして、彼は小さく笑った。


 ○ ○ ○


 そして、各陣営の開戦の準備が整った。両者共、敗北は許されない。この戦に,文字通り全てが懸かっているからだ。


「魔力結界の消去、いつでも行けます!」


 それから一〇分余り。後方から夏目の完了報告が響いた。


「よし。よくやった沙月。あとは、俺の指示があるまで待機だ」

「はい」

「っ……」


 そのやり取りを横で聞いていた番野は、ゴクリと唾を呑んだ。すると、その様子に気付いた八瀬が番野に声を掛けた。


「どうした。緊張し過ぎだぜ、番野。確かにお前は今回の戦争の鍵を握る人間だがなに、そんなに気負う必要はねえさ。お前はお前のやるべき事をやりゃいいんだ。そうすりゃそれが直接俺らの勝ちに繋がるんだからよ」

「ああ。それは、わかってる。だけどな、少し不安なんだ」

「不安? 何が不安なんだ?」

「前、俺があそこに美咲を助けに行った時、俺は実際に例の《英雄》と対面した。その時な、俺はまだ戦ってもないっていうのにアイツにビビッた。感じたんだ。アイツの強さを。しかも、今度もまたあの魔法使いとも戦わないといけない。そう考えると正直、不安で不安で仕方がないんだ……」


 そう、ただでさえあの時、魔法使いにすら手が届かなかった。手を出す暇も無く、圧倒的に敗北した。《英雄》に指一本すら触れることもできず。だから、今の番野の中には迷いとも言うべき感情が同時に渦巻いていた。


(俺は本当に役目を果たせるのか。俺は本当に《英雄》を倒せるのか。俺は本当に、美咲を救え……)


 その時。パアン、と番野の頬から乾いた音がした。


「え……?」


 ヒリヒリと痛む頬を押さえながら、番野は手を振り抜いた様子の八瀬を見た。


「お前しか、いねえだろうが……」

「な、にを……」

「お前しか、いねえだろうが!」


 八瀬は、激昂した勢いのまま番野の襟を掴んで言った。


「いつまで迷ってやがる! あの娘を、美咲を救えるのはお前しかいねえんだろうが! だから、俺ら全員が、お前に賭けてんだろうが! シュヴェルトも、ファレスのジジイも、ヤングも、アルゼレイも、皆がお前に託してるんだよ! それを知らねえお前じゃないだろ!?」

「ああ、確かにそうだよ。知ってるさ! だけどな、だけど……お前には、わかんないだろうな……。アイツの強さも、何もかも」

「そうさ、お前の言う通り俺には奴の強さなんかわからねえ。だがよ、奴の強さと人間性を正面から見てきたお前だからこそ、わかる事もあるんじゃねえのか……?」

「俺、だから……わかること……」


 そうだ、と八瀬は力強く頷いた。しかし、番野にはそれがまったくわからないようで、混乱した瞳を八瀬に向ける。

 八瀬は襟を掴んでいた手を番野の肩に置き、諭すような口調で言った。


「もしも奴が本格的に動き出したらどうなると思う? いや、そんな事はお前にとっちゃ些細な事かもしれねえ。だが、奴に捕らえられてる美咲はどうするつもりだ? お前は、誓ったんじゃなかったのか? 必ず助け出すと。美咲がどんな思いで奴に捕らえられてるか。《英雄》の奴がどんな人間なのか見てきたお前には、美咲の気持ちがわかるんじゃねえのか?」

「美咲の、思い……」

「そうだよ。美咲がどんな思いをお前に託したのか、直接会いに行ったお前になら。いや、お前にしかわからねえ筈だ!」

「…………」


『ごめん、ね』


 番野は、思い出した。あの時には既に感情のほとんどを削ぎ落とされて、再会を喜ぶこともできなかった美咲が。《英雄》の無慈悲な命令にも逆らえなかった美咲が、唯一番野に向けることができた感情。

 そして、脳裏に焼き付いて離れない、美咲がそのとき流した涙。


「ッッ……」


 ようやく、繋がった。ようやく、番野の中で全ての要素が繋がって、それらが意味を成したのだ。


「ッ、……ぉぉぉおおおおおおお!!」


 叫んだ。己の中で大爆発した感情を、そのまま吐き出した。そうしないと、壊れてしまいそうだった。

 それは、ようやく美咲の真意を理解できたことへの歓喜ではない。これまで、これほど簡単な事も分からなかった自分と、美咲をそんな状態にした《英雄》への怒りだ。

 八瀬は突然大声で叫んだ番野に驚きの表情を見せたが、すぐに笑った。八瀬は、発破をかけたのだ。


(しっかし、こんなに上手くいくとは……。ちょっと予想外だが、終わりよければ全て良し。終わりが最高なら万々歳だ!)


 馬を返し、八瀬は今一度兵士達に顔を向けた。


「さあお前ら! もう間もなく開戦の刻だ。俺達はこれまで、奴らの強大な力に毎日を安心して過ごすことを許されなかった。常に、悪夢の微睡みにあった。だが、それも今日までだ! 俺達は今日、他の三国と力を結集し、かの《英雄》を討ち果たす! 覚悟を決めろ! 俺達の、目覚めの刻だ!!」

『うおおおおおおおおおおおおおおおお!!』


 全員の覚悟が、力が、ここに結集した。

 そして、東の方角から光が漏れ出した。

 刻が、来た。


「沙月、魔力結界の消去だ!」

「はい!」


 次の瞬間。まるでガラスを叩き割った時のような快音が、皇国の全土に響き渡った。


「おおおおおおおおおおお!!」


 それを合図にして、番野が馬に命令を出した。番野の騎馬は、初めての騎乗者であるにも関わらず番野の意図を完璧に理解し、全速で駆け出した。

 すると、それを見た八瀬がここぞとばかりに後続に指示を飛ばす。


「おらお前ら! あの馬鹿に遅れるなよ!!」

『うおおおおおおおおおお!!』


 一段と闘志に満ちた雄叫びと共に、兵士達は八瀬に続いて動き出す。

 大戦が、幕を開けた。

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