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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第七章 リュミエール皇国
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第117話 丁半博打

 現在、陽が昇るその数時間前。しかし既に、アウセッツ王国から派遣される討伐軍、総勢一万人は王都外壁前に集合していた。皆、瞳と胸に闘志を抱き、祖国と待ち人を護る決意を固めてここに集った勇士達だ。


「はっはー。こりゃ壮観だなぁ」


 軍勢から少し前に出た位置。そこにいる五人の人影の中から声が上がった。その声の主は山の上から景色を眺めるように額に手を当てて感心していた。

 すると、そんな子供のような挙動をする人物に横から叱咤が入る。


「団長。そう身を乗り出すものじゃない。私達憲兵団の品位が疑われるし、不自然な態勢を支え続ける馬が可哀想だ」

「そう言うなよシュヴェルト。お前らがみんなガチガチなんだから、一人ぐらい緩い方がバランスが良いし、格好が付くだろ?」

「余計な考えだ、それは。だがまあ、それが貴方の良さなのだろう」


『団長』と呼ばれた人物は、「だろ?」と言って笑う。

 そのやり取りに続いて、慣れない馬に若干の戸惑いを隠せない様子の番野がその人物に話しかける。


「ところでよ、八瀬。ここからはどうやって行くんだ? たしか、馬を飛ばして一日かかるかからないかってぐらいなんだろ?」

「ああそうだ。だから、近くまで“跳ぶ”。沙月の空間転移魔法でな」

「空間転移魔法……。たしかにそれならある程度のところまでは行けるな。だけど、この人数だぞ? 夏目一人の力で行けるのか?」

「大丈夫だ。ウチにも優秀な魔法使い達がいるからな」


 そう言って、八瀬は後ろを顎で示した。

 そこには、数にして一〇〇人程の杖を持ったローブ姿があった。そして、その誰もが王国の抱える一流の宮廷魔法使いであることは言うまでもない。


「あいつらの力も借りる。だから、自ずと転移の安定性は倍以上に増すだろうぜ。安心して任せな」

「ああ……」


 八瀬が空間転移魔法の安全性を提唱するが、番野はなおも心配する素振りを見せる。


「どうした。まだ不安でもあるってのか?」

「……ああ。俺は一度行ったことがあるから覚えてるんだが、リュミエール皇国の国土の周辺にはあの女魔法使いの対魔力の結界が張り巡らされてるんだ。そんな場所に空間転移なんてできるのか? ましてや、向こうも相当な使い手だ。こんな大規模な魔法に気付かない訳がないだろ」

「まあ、まず気付かれるのは間違いないな」

「うんうん、そうだよな。向こうに気付かれないようにする策ぐらいお前なら……って、ハ!?」

「なーにをそんな驚いたんだお前はよ。丁寧に家のドアノックしに行くんだから、そりゃバレるのが当たり前だろうが」

「いやいや、じゃあどうしてこんな朝早くの朝日も昇り始めてない時間帯に召集かけたんだ!? 奇襲するつもりじゃなかったのか!?」


 八瀬は、番野の責め立てるような口調に対して「馬ッ鹿野郎。誰が奇襲なんかかけるかよ」と一蹴した。そして、まるで小さな子供が自身の夢を語る時のような顔で言った。


「そりゃお前、朝日が昇るのと同時に雄叫びを上げて敵陣に切り込むのとか、最高にカッコいいじゃねえかよ」

「は、はあ……。そんな理由で……」


 予想の斜め上の、そのさらに遥か上空を行くような答えに番野はあっけらかんとする。そのまま、ギギギギ、という音のしそうな動きで首を動かしてシュヴェルトを見た。


「すまない。私にもこれっぽちも理解できなかった」

「あ、そうですか……」


 ならば仕方ないかと、番野は大きな溜息を吐いた。


(いろいろ言いたいことはあるが、俺達のリーダーのこいつが言うんだから仕方ない。あとはこいつの指示に従うだけだ)


 そうして番野が自身の内で不満を割り切っていると、後方の隊列から一人、軽装備の若い男が出て来て八瀬の横で止まった。

 その男はテキパキとした動きで敬礼をし、報告を始めた。


「報告します! 四方四カ国同盟、他三カ国の出兵準備が整ったとの連絡がありました! 直ちに出撃可能との事です!」

「よおし、来たかあ! そんじゃ沙月、空間転移魔法の展開を始めろ!」

「わかりました、師匠!」


 と、八瀬の指示を受けた夏目が目を瞑って両手を前に突き出し、意識を集中させる。すると、軍勢の中心から幾何学模様の描かれた魔法陣が広がり始め、さらに軍勢の中から続々と何かを呟くような声も聞こえ始めた。

 八瀬は自身の馬を翻し、体を軍勢の方に向けた。そして、力強く拳を握って言葉を投げかける。


「お前ら、あと数分で空間転移魔法の準備が完了する。そうしたら『英雄』のとこまで転移して、もう後戻りはできねえ。そうして戦いが始まれば、ここにいる奴らの誰かは確実に死ぬ。それはお前かもしれねえし、お前かもしれねえ。戦場に立った時点で、ここにいる全員に死の機会が平等に与えられる。だからって気を竦ませるような奴は、ここで帰れ。そんな奴は、この戦いで死神になり兼ねないからな」


 厳しい言葉だ。選別とも取れる、非常に厳しい言葉だ。しかし、正論だ。その言葉は全て、正論でしかないのだ。


「…………」


 実際、選別のつもりだったのだろう。先程の言葉を発した後、八瀬の唇は緊張で小刻みに震えていた。

 ところが、誰一人として踵を返す者はいなかった。誰一人として恐怖に震える者はいなかった。

 皆、八瀬を決意の篭った瞳で見上げ、その次の言葉を待っていた。


(なんて奴らだよ……。ああ……いいや、覚悟なんか、とうの昔に決まってるか)


 そうだ。覚悟は、二年も前に決めていた。


(今はあの時じゃ考えられねえくらい頼もしい仲間が何人もいる。やってやれねえことなんか、無えだろう……!!)


 体全体に力が戻る。八瀬は今一度拳を握り直し、仲間達に力強く呼びかけた。


「……よし! お前らの覚悟、しっかり受け取ったッ! 勝ちに行くぞ、お前らああああああ!!」

『おおおおおおおお!!』


 ビリビリと空気が震える。それはその場にいる全ての人間の身を芯から振動させ、さらなる勇気を奮い立たせた。


「師匠。準備、整いました」

「了解した!」

「はい。それでは、転移を始めます!」


 夏目の号令と共に、戦士達を囲うようにして巨大な魔法陣が展開される。

 ゴクリと、番野は唾を呑んだ。

 いよいよ始まる運命の決戦を前にして、怒涛の緊張と高揚が番野の精神を支配していた。

 (生きる)(死ぬ)かの丁半博打(最終決戦)。その開幕は、すぐそこまで迫る。

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